【依存】と【相互依存】の違い そして風の時代の在り方 ~コラム⑤~
今日は、星読みの本筋から少し離れて、でも関係性はあるかなと思えることで、最近遭遇したエピソードから、書いてみたいことがあり、記事にしてみることにしました。
最近、私が従事している資格の、リーダー研修的な研修が、東京都の研修として、都下から選抜された数十人の人間相手に、数日間繰り広げられまして(^^ゞ
ある講義をしてくれた講師が、いくつか、私的にひっかかる発言をされていたのですが、その中でも特に引っかかった言葉がありました。
それは何かというと、
「人は一人では生きれない。なので他者に「依存」して生きましょう!」
「自立とは、多くの依存先を持つことです!」
というフレーズ。
オンラインの講義形式だったので、他の受講生の反応は分かりませんでしたが(その場で質問もできず)、私の頭の中では、
「え? なんで? どういうこと? 言葉の意味分かって使ってるのかしら?」(遠慮して表現してます 笑)
って、はてなマークが飛びまくりまして・・・
いやー、【言葉】って、その使い方により、ほんとに凶器になりうるなーと実感。使い方を間違えると、間違ったメッセージを発信してしまうし、その発信された言葉を、受け取った人が適切なフィルターをかけないで、そのまま咀嚼せず飲み込んでしまうと、あら不思議。
乱暴に【言葉】を扱う人間製造機になってしまう。。。
しかも、都レベルで人を育てるリーダーを育成するための研修だってのに、なんでこんなに、発信する言葉が雑なんだろうと、一人でもやもやしてしまっていました。
【依存】とは、「他のモノを頼りにして存在すること・生きること」
「依属」にも通じるところがありますが、つまりは、
【自分自身の存在や性質を自分で決められず、他のモノによって決められる、規定されること】なのですよ。
他者に依存して生きようとする人の周りには、必ず依存される(されてしまう)人がいて、当人たちが気づいてようと気づいてなかろうと、【共依存】関係になっていて、あまりよろしくないエネルギーを放っていることが多々あります。
特に、私が仕事している業界では、他者を「ケア」することや「支援」することを仕事としているわけですが、その「ケア」や「支援」を、無意識に「依存」することにすり替えてしまう人がホントに多い(-_-;)
だから、境界線を引く(コラム②参照)作業がほんとに大事。
もちろん、人間として生きる上で、完全に自分だけで生きれる人はいませんし、自然なり動物なり他人なりの力を、多かれ少なかれ、借りているのは現実です。
でも、それは【依存】ではなく【共存】に近いものだと思うのです。
そして、「依存」という言葉をもし利用したいのであれば、【相互依存】が近いかなと思うのですが、
「相互依存」は、前提として、それぞれが【自立】していることが必要です。自立しているからこそ、お互い役割が違うことで、補完し合えるのだと認識しています。
そして、それぞれが持つ役割は一つではなく、視点を変えれば、逆もまた然りである。ということかなと思います。
でも、私の感覚でいうと、この「依存」という言葉自体、実は、『土の時代』の産物だなーと、改めて今回感じました。
『風の時代』では、皆がどんどん身軽になっていくので、他者に「依存」しないと生きていけない人は、今まで以上に生き辛さを感じる世の中になってしまうかもしれません。
一方、【言葉】は『風の時代』に必須の能力であり、『風』のエレメントの代表格である【知性】から、カタチを取らない【価値観・精神性】に発展し、カタチとして【言葉】に成るものであると認識しています。
【言葉】は『音』として扱うことだけでなく、『文字』や『身振り手振り』等で扱うことも含みます。
なので、今私たちが立っているこの『風の時代』では、自分が意図していることを、如何に適切に、自分の【言葉】として語るか。
が大事になってきているのだと改めて感じました。
昨日アップした、乙女座満月の記事や、その前の魚座新月の記事でも書きましたが、魂の願いの実現に向けて、「自分ならではの能力」として、『言葉の使い方のセンスや知性・価値観』が大事だということを書かせていただきました。
そして、21日の春分から始まる1年スパンの流れでも、2ハウス(自分が生まれ持った才能・本能的な力・収入能力)と、3ハウス(知性・コミュニケーション・環境に打ち出す力・適応能力)に星々が集まっているので、
やはり、【言葉】の使い方・センスというものにフォーカスされていく流れになっていくのだと思います。
改めて、ご自分の【言葉】の使い方・センスを大事にしてみると、風の時代で、輝ける自分にランクアップしていけそうな気配が強まってきたこの頃です(^^)
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