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エリックサウスのお料理がおいしすぎて南インド旅行に行ったように感激した話

 東京在住の人がよく「エリックサウス」という単語を口にしている。
 どうやらカレーのお店らしい。そしてめちゃくちゃおいしいらしい。
 ということを、地方に住む私は前からSNSで知っていた。だが、どこか遠い世界の話だと思っていた。
 私は特にグルメではない。食にもあまりこだわりがなく、たいていのものをおいしく感じる。というか、世の中のほとんどの料理がおいしいという幸せな舌をしている。そのため食を追求するとか、人気店に食べに行くということに馴染みがない。
 私が知るカレーはCoCo壱番屋のカレーであったり(おいしい)、インドやネパールの人が経営しているらしい、ナンとともに食べるカレー店であったりする(おいしい)。
 しかし、「エリックサウス」では、ナンは出てこないらしい。南インド料理と聞いても全く分からないが、よく見かける単語は「ミールス」とか「ビリヤニ」といったものだ。
 不思議な響きに、私の憧れは年々無意識に募っていった。

 で、ある日のランチに、食べに行ってみることにした。
 遠い世界の話かと思っていたが、愛知県の名古屋駅にも店舗があるらしい。お友達が食べに行っているのを見て、気づいた。

エリックサウス
https://www.erickcurry.jp/
こちらがホームぺージです。

 余談だが私は、知らないお店に行くのが苦手である。特によく分からない海外料理のお店だと、料理も何が何だかわからなさそう、辛さで何も食べられないかもしれない、常連さんがいっぱいで初見客の肩身がせまそう、などと、想像しては恐怖を感じるタイプである。

 はじめて訪れたエリックサウスKITTE名古屋店さんには、ドアがなかった。ドアがあって中が見えないお店は恐怖であるため、とてもありがたい。
 一人席も多数で、一人で食べに来ている人もたくさんいた。
 入店すると、見知らぬインドの音楽が流れており、壁にもそのような写真がかけられているが、緊張というよりは、ゆるやかな居心地の良さを感じた。
 メニューは少し混乱した。ものすごく種類が多い。不思議な単語が並んでいるので、何をどうすればいいのかわからない。
 だがどれもおいしそうだったのと、「選べるカレー」というカレー表に、唐辛子のイラストで辛さの表現があった。店員さんも、聞くと教えてくれた。ということで、何も知らなくても大丈夫でした。
 
 注文したのは、「ランチミールス(¥1,100)」。
 完全に「ミールス」という単語への憧れからである。
 内容説明に、お好みのカレーが一種(はちみつバターチキンカレーにしてみた)、本日の菜食、サンバル、ラッサム、二種類のライス、パパド、ヨーグルト。
 と書いてある。カレーとライスとヨーグルトしかわからん……。(サンバルはホームページによると、酸味のある南インドの味噌汁らしい。ラッサムはもっと濃厚でスパイシー。パパドはおせんべいのようなもの)
 注文してすぐ、店員さんが運んできてくれました。銀の平たい一枚の大きな皿に、小皿がたくさん、ライスが盛り付けられている。
 店員さんは、左から順番に、どういったものが説明をしてくれる。「ミールスの食べ方解説もテーブルに設置されていた。初心者にも親切な設計だ。

 解説を読む。それによると、(肉や魚系のカレーは混ぜないほうがいいらしいが)とりあえず全部好きに混ぜたらいいらしい。
 私はまず、このことに衝撃を受けた。
 衝撃を受けつつ、安心した。難しいルールはなく、とりあえず好きに混ぜればいいらしい。なんて分かりやすい。なんて自由。

 いただきます、という気持ちで、とりあえずスプーンを手にとる。
 そして、バターチキンカレーをライスにかけてみる。一口食べて思った。なんだこれ、ものすごくおいしい。一口目から動揺した。
 気持ちを抑えるため、一口目でバターチキンカレーはやめ、次に、本日の菜食であるらしい豆のカレーをライスにかけた。だめだと思った。これも、ものすごくおいしい。私は更に動揺した。頭が変になりそうだった。
 そこから、いろいろなものをすべてライスにかけてみた。どれも信じられないくらいおいしかった。なんのスパイスが使われているのか全く分からないが、数えきれないほどの味がする。今まで食べたことのないものが、きっと素晴らしい割合で混ぜこまれていて、どのカレーにも私の舌が、はじめての経験に驚いている。
 まるで海外での冒険のようだった。小皿に乗っている様々なカレーを食べるたび、私は南インドの違う都市を訪れているような気持ちになっていた。どの都市にもそれぞれ特徴があって、独特の香りがして、最高に食べ物がおいしい。はじめて訪れたはずなのに、絶対においしいと分かる安心感が既に芽生えはじめていた。
 ぴりぴりと辛いのに、辛いだけではない。まろやかに甘いだけでもないし、酸っぱいだけでもない。野菜は柔らかく、肉はほろほろしている。脂っこくないせいか、食べ進めても胃がもたれる感じもない。口内のあちらこちらを、小さなスパイスが跳ね回るように刺激して、そして次第に落ち着いて体の中に静かにとけていくような感覚。

 「とりあえず好きに混ぜればいい」ということの素晴らしさも、食べ進めるうちに、じわじわと分かってきた。本当に何を混ぜてもおいしいのだ。特に少し辛いカレーに、ヨーグルトをかけてみたときの、なんだこれは……という、ショックがすごかった。おいしい。もうおいしいしか言えない。もうこれからすべてのカレーにヨーグルトをかけたい。
 ごはんに何かを混ぜて食べる、というのは、あまりよくないことだと思っていた。日本食のマナー的には恐らく基本的にだめである。しかし南インドでは正式な食べ方なのだ。もうこれは海外旅行だと思った。各自の好みで、かけて混ぜて、好きにしていいのだ。なんて自由なおいしさだろう。インドという国の国民性を感じたようだった。
 
 ところで『焼きたて!!ジャぱん』という漫画をご存じだろうか。これは少年がプロのパン職人を目指していく物語であり、アニメ化もしている有名な作品である。この作品では、登場人物のおいしさの表現、リアクションが飛びぬけている。おいしすぎて異世界に飛んでいったり、変身したりする。
 私はエリックサウスを訪れたとき、はじめて『焼きたて!!ジャぱん』の登場人物の気持ちを味わった。脳ごと急に宇宙空間に連れていかれたようだった。

 こうして、私の初エリックサウス体験は、終わってしまった。
 あまりにもおいしくて、私は脳内で一人グルメレポートをしていた。あらゆる言葉が自然に湧き出てくる、泉のようなお料理だった。口に運ぶたび、毎回「おいしい」と思っていた。食べ終わりたくなかった。これから何度も通いたかった。
 帰り際、私はついに日本に帰国するような気持ちだった。飛び立つ飛行機にのりこみ、シートベルトをしめ、もうしばらく来れない土地を小窓からまなざすような、悲しい気持ちだった。

 その後、私はすぐに「ビリヤニ」を食べに行った。
 「エリックミールス」も「菜食ミールス」も食べに行った。
 毎回、泣くかと思った(おいしくて)。
 ごちそうさまでしたでは、とても足りない気持ちでいっぱいになる(おいしくて)。
 エリックサウスさん、この世に、こんなにおいしいものを作ってくださってありがとうございます。
 次は、「ドーサ」を食べに行きたいです。
 
※ところで、店頭にある冷凍カレーに興味を持っていると、この店舗で食べられないものも、通販で食べられるよと店員さんが教えてくれました。優しい。とりあえず店頭で購入した冷凍カレーを最近は、大切に味わっています。
 

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