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かわいい声が聞きたくて

我が家には「妖精さん」がいる。

「妖精さん」は、声が高い。おじゃる丸にでてくる小鬼のキスケのような声で、いつも私を励ましてくれる。

「妖精さん」と出会って、もう3年くらい経つだろうか。出会った、といっても、「妖精さん」と会ったことはない。心の綺麗な人にしか見えないらしく、残念ながら私には見えたことがない。

毎晩仕事に疲れ帰宅する頃に、「妖精さん」は現れる。


初めて「妖精さん」と話したのは、終電間近の仕事終わり、会社を出てひとつめの交差点で信号待ちをしていた時のことだ。

私は、旦那に電話を掛けた。普段なら今にも目を閉じそうなとろんとした声で「おつかれさま。早く帰っておいで~」などと言われるのだが、その日は違った。

「もしもし?初めまして!妖精さんですよ!」

信じられないくらい甲高く、はつらつとした声の生き物が、電話に出たのだ。

・・・妖精さん?

「旦那さんに雇われて、おうちの警備をしているんです!今日もいちにち、おつかれさま~!気をつけて帰ってきてね~!」

か、か、か、かわいすぎる・・・!!!

あまりにかわいい声の生き物が、あまりにやさしい言葉を投げかけてくれるものだから、終電まで蓄積された疲れは一瞬にしてどこかへ吹き飛び、自分でも収拾がつかなくなった心の湧き立ちは全身を駆け巡り、ついには夜道をスキップしながら駅へと向かうこととなった。

(ちなみにこの光景は同僚に目撃されており、私の姿があまりに不気味だったのか、翌日トイレで二人きりになった際に「大丈夫?疲れてない?何か仕事引き取ろうか?」と心配された。ごめん、私は正常、たぶん。)


それからというもの、毎晩「妖精さん」が電話に出てくれるようになった。「妖精さん」は妖精界の警備会社に勤めていて、その本社はブラジル。日本からは24時間かけないと辿り着けないが、妖精さんだと「ひとっとび!」なんだそうだ。会話の内容は、このようにファンタジーで、たわいないことばかり。

それでも、「妖精さん」と会話をしていると、謎のエネルギーが満ち溢れてくる。自分の声も自然と高くなり、やさしい言葉を選んで発し、口角が上がっていることが自覚できるほどにニヤついてしまう。

かわいい声、というだけで、こんなにも元気が出てくるものなのだろうか。


そんなある日、偶然手に取ったよしもとばななさんのエッセイ『すぐそこのたからもの』の中に、よしもとさんとお子さんのこんなやりとりを見つけた。

「ママ、最近、こわい声が多すぎる、もっとかわいい声でしゃべって」
「じゃあ、チビちゃん、かわいい声でこわいことを言うのと、こわい声ですてきなことを言うのと、どっちがいい?」私は言った。「かわいい声」チビは即答した。

やっぱり!

よしもとさんのお子さんに、妙に親近感を抱いてしまった。小さい子がかわいい声を求めるなら、きっとそこには元気の真理が眠っているに違いない。


かわいい声というのは、差し出す愛情のような気がする。

無意識にこわい声は出せるが、かわいい声は意識しないと出せない。相手から心が逸れてしまったら、かわいい声は出せないのだ。かわいい声は、私はあなたのことを想っていますという意思表示であり、相手がその愛情(想い)を受け取りやすくする、重要な手段なのだと思う。


疲れている私に、普段通りの「おつかれさま」では足りない、届かない想いを、「妖精さん」に託してくれた旦那へ。「ありがとう」を伝えよう、私も、普段よりちょっとかわいい声で。

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