キッシンジャー『外交(上)』第2章 アメリカ外交政策の軸――ルーズベルトかウィルソンか

二人の大統領


この章には二人の米国大統領が登場します。

第26代米国大統領のセオドア・ルーズベルト(在任期間1901―1909年)と第28代米国大統領のウッドロウ・ウィルソン(在任期間1913―1921年)です。いずれもノーベル平和賞受賞者。ルーズベルトはアメリカ人初のノーベル賞受賞者です。

キッシンジャーは言います。国際政治への関与を避けてきたアメリカが、国際政治に巻き込まれようとするその時に、この二人の大統領はいずれも、アメリカが積極的に国際的役割を担うことを主張したと。ただし、二人の主張の背景となった思想は対照的でした。

ウィルソンは、アメリカが、民主主義や自由という同国の原則を広げるため、世界の救世主たるべきと考えていました。それに対し、ルーズベルトは、地球全体の力の均衡(バランス・オブ・パワー)を達成するために、アメリカが関与する必要がある、というものでした。


ウッドロウ・ウィルソン(第28代米国大統領)

ウィルソン


ウィルソンは言います。「我々は、人々を自由にするためにこの国をつくった。そして我々は、我々の考えと目的をアメリカだけに制限しなかった。そして今、我々は人類を自由にしようとしているのである。もしも我々がそれを行わなければ、アメリカの名声はすべて失われ、アメリカの力は消え去るであろう」と。

セオドア・ルーズベルト(第26代米国大統領)

ルーズベルト


他方、ルーズベルトにとって、アメリカとは、正義の原則ではなく、巨大な力であり、潜在的な世界最大の力でした(1885年頃には、アメリカは製造業の生産高で、それまでの世界の工場と見なされていたイギリスを超えています)。ルーズベルトは言います。「力の裏付けのない気のぬけた正義に酔っていることは、正義という口実を捨てた力以上に害悪を及ぼすのである」と。

ルーズベルトは、それまでのヨーロッパにおける外交の伝統、すなわち、バランス・オブ・パワーの観点から、アメリカの国益を認識していました。それに対し、ウィルソンは、バランス・オブ・パワーを拒否し、アメリカ国内の道徳的な信念から世界における役割を定義していました。

キッシンジャーの評価

バランス・オブ・パワーの信奉者であるキッシンジャーは、政治・外交に関する確立されたあらゆる理論から見れば、ルーズベルトの方がウィルソンより卓越している評価します。一方で、ウィルソンの歴史的業績は、アメリカは道徳的な信念によって正当化されなければ大きな国際的責務を維持・継続出来ないということを認識していたこと、と評価するとのです。

キッシンジャーは、アメリカは、新しい世界秩序をつくる仕事に直面した時はいつでも、ウィルソンの考え方に戻ってくると、ウィルソンの思想がアメリカの対外政策にいかに深く根付いているかを指摘しています。同時に、ウィルソンの思想が(それは、アメリカ人が当然のものと見なした原則や価値なのですが、)、アメリカ以外の世界にとっていかに革命的で、かつ不安定をもたらすものであるかを、アメリカ自身が認識していないという問題点を指摘するのです。

次章以降、ヨーロッパにおける外交が伝統的にどのように展開されてきたのか、稀代の外交家キッシンジャーが鋭く切り込んでいくことになります。

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