2/8 『心は孤独な狩人』を読む日々、『エヴァ新劇場版:序』を見る。

最近『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』を見た。記憶にあるアニメ本編と内容はほとんど重なっているように思ったが、使徒ラミエルは描写が変わっており、それは夢に出てきそうなかっこよさであった。最近は『心は孤独な狩人』を読んでいるのだが、『ヱヴァンゲリヲン』を観て、あまりに世界観が違い、その日から二日ほど小説に戻れなかった。

高校生のときにアニメ本編を見たと思うが、その頃どう思ったのかはあまり思い出せず、今となっては少年の他者の再発見の物語とでもいうような手垢にまみれた言葉でしかその全体を捉えることができない。しかし改めて映画を見ると、やはり力のある映像で、そしていまやシンジよりもミサトやゲンドウに感情移入してしまい、驚いた。大人たちの心理描写もブラッシュアップされているのか、私が歳を重ねたためか、あるいはその両方か、後者が一番大きいのではないかという気もするが。大人たちの気持ちがよくわかる。

しかし同時に、少年少女のアニメでもある。むしろ、はじめの印象はそれだった。これも、私がまだ少年だった頃にアニメ本編を見たものだから余計にそういう印象が強くなるような気はするのだが、多感な時期の少年や少女は、とにかく傷つくし、傷つけるし、大人は矛盾して見えたし、世の中は理不尽でしかし従うほかないもので、しかし体力もあり……そんな、記憶かイメージかはわからないが、少年少女のアニメだ、といった印象を、大人たちに感情移入し始める前にまずは抱いた。

早く次が見たくなっているが、なかなか時間が取れない。かつてはアニメ本編を、一晩か二晩で見てしまったものだったが……。

※しかし『心は孤独な狩人』も少年少女的な部分がおおいにあり、本文の言葉を用いれば、「胸で新たに膨らみ始めている柔らかな乳首」のような小説だ。この一文は大変印象的だが、まだすべて読み終えていないものの、小説全体を象徴するような表現、なのではないだろうか。

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