20230510 時間は右に向かって流れる?

放課後、生徒に「なぜ未来は右なのか」と聞かれ、何の話かさっぱりわからなかったのだが、話を聞くに、時間の"前後"を矢印などを使って黒板上で表現するとき、未来のことは右側に書かれるのだという。そうか? と国語の教員の私は思うのだが、たぶん、社会や英語の先生が黒板上で左から右に書いていく流れでは、時間も左から右に流れ、国語のように縦書きなら、上から下、右から左に流れることもあるのではなかろうか。

などと答えつつ「わからないから、考え続けよ」と言い捨てて、その"後"、帰り道に思い出したのが「時間のあとさき問題」である。私の造語だが、問題自体は古くから論じられている問題で、どのような問題かといえば、時間は「先」(=「前」?)に進むイメージ、未来は「先」にあり過去は「後ろ」にあるイメージ(「この先のことはわからない」)を持ちながら、「この後何が起きるのかわからない」「先ほど田中さんとお会いしました」「さっき(さきの変化した語である)・この前、鈴木さんと会ったよ」というように、「後」が未来、「先」「前」が過去を表すこともある不思議、だ。

いろいろと論じられてはいるのだが、特に以"前"に時間に関して何かを読んだりした経験があるわけでもない私の思いつきの仮説を述べれば、「後」が未来、「先」が過去になるのは、物語る文脈においてなのではないか。つまり、書くにせよ話すにせよ、おそらく人間一般は、一般に、過去に起きたことをまっ先に語る。その語りにおいて、「先(に語った、語るべきこと)」と「後」なのではないか。

これは"先"ほどの生徒の疑問の、左から右に書くときに、時の流れを表す矢印が右向きになるのと同じ論理と言えはしまいか。つまり、黒板に書かれる語りは左から右に進むのであり、過去に対して未来のことは、右側に書かれる、のではなかろうか。

自分でも書いていてよくわからなくなり、無駄に問題を難しくしているようにも感じる。外国語のことがわからないし、そもそも漢語の「前」/「後」や、和語の「まえ」「さき」/「あと」の意味合いは一致しているのか、という問題もある気がする……というか「まえ」と「さき」の意味合いが違うことは、明白である気がする。一方で、「前」という字を「まえ」とも「さき」とも訓読みできるわけで、漢語の「前」は、「まえ」と「さき」の両方を兼ねている……ということか?

しかしまあ、こういう風にも考えられそうだし、もっと良さそうな思いつきもありえそうだし、頭の体操と思っていろいろと考えてみてほしいものだ。

横書きの『詳説 日本史研究』は左から右に時間が流れる。
縦書きの『漢文必携』は右から左に時間が流れる。

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