本末転倒
――ここにおられる皆様の中にも一度か二度、愛玩動物、すなわちペットを飼ったことがある方がいらっしゃるかと思います。」
流行り病の安定期に辛うじて開催することの出来たロボット・シンポジウムは、今しがた始まった木野教授の講演をもってして佳境を迎えていた。これまでの講演もとい”発表”は学生によるものがほとんどで、プログラムを見ても木野先生のご講演が目玉であることは明らかだった。
『静電気を利用した自己発電型愛玩ロボットの開発』というタイトルからも容易にわかるその内容は、やはり聴講者の興味を惹きつけたようで会場の席は見渡す限り埋まっていた。
「例えば冬場なんかに、寒さをしのぐために膝の上にやってきた猫を撫でることがあるかと思います。そんなひと時に彼奴らはビリッとやってくるわけです。ここで起きる静電気というものに我々は着目いたしました。ペットを撫でる、その摩擦によって溜まる静電気をここに示す機構でエネルギーにすることで――」
ご高齢の教授で場数を踏んでいるということもあるが、緊張感を持って臨んだであろう学生たちの発表とはさすがに雰囲気が異なり、和やかな講演が続いた。
静電気をエネルギーとして変換する機構については、木野教授を指導教授に持つ学生が先ほど行なった発表で示したものとほぼ同様に示され、これを自身の先行研究であるペット型ロボットに導入したというのが主な内容であった。
ロボットを愛玩用途として利用することの目的や重要性に関しては昨年度の研究発表でさんざんっぱら聞いたので、ここは聞き流しても良いなと思い私はふとプログラムに目を落とした。
このシンポジウムは学生をメインとしていることもあり、集まった聴講者の数とは裏腹にプログラムに載せられた木野教授の欄は小さく、そのせいもあって肝心の愛玩ロボットがどのような姿をしているかは載せられていなかった。
大きなロボットであれば、見せないどころか隠す方が難しいので大抵会場内に展示されているのだが、木野先生のロボットは愛玩目的ということもあり小さいものだったはずだ。根本となる構造はほぼ同じはずなので今回もそんなに大きくはなく、展示されていなかったのだろう。そういった場合、発表の際に実物を示すことがほとんどだ。
「形状や内部構造については以前も発表させていただいたロボットとほぼ変えずに発電機構にだけ手を加えたのですが、”撫でる”という行為がこのロボットのエネルギーにつながることもあり、その表面にあしらう素材はなで心地の良いもので作ることを目指しました。試作したものがこちらでして――」
いよいよか――と思い顔を上げた私は、取り出されたそれを見て啞然としてしまった。会場からもどよめきが聞こえ、私と同じ反応をする者もいれば苦笑いをする者、不敵な笑みを浮かべながら帰る者もいた。
会場のどよめきを制するように、あるいは不意に帰り始めた聴講者を引き止めるようにしてまくし立てた彼の手に乗っているのは、それはそれは撫で心地が良さそうでつるつるとした木目の覗く愛玩ロボットだった。
サポートしてくださる方が実在するとはにわかには信じ難いのですが、実在するならば感謝してもしきれません。