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君が魅せてくれた景色♯5最終回

先輩の引退試合の日が来た。
その日は、とても良い天気で絶好のコンディションだった。
駅で待ち合わせをして、藍川と会場へ向かう。藍川は終始ご機嫌で、いつものようにたわいも無い話を休むことなく喋り続けていた。
先輩の出番がやって来る。
短距離走の選手のため、チャンスは一瞬だ。
俺は、馴れない''人物の撮影''というモノに挑んだ。
走る瞬間を撮影するというのは、結構難しい。
先輩は、ダントツで1位を走り抜け、俺の目から見ても、かっこよく映った。
感動してしまった。
良いな、青春って。
''隠し撮り''という事もあってカメラを意識していない被写体は、自然体な姿で、とても生き生きとしており、なかなか良い写真が撮れたのでは無いかと思う。
俺にとっては、収穫だった。動く被写体の撮影というモノにも、関心を持てた。
肝心の藍川は、先輩の活躍にとても感動をしている様子だった。
閉会式を迎え、そろそろ解散かと言う時に事件(?)が起こってしまった。

先輩の元に近づく、ひとりの女子生徒。
先輩に寄り添い、何かを告げる。
女子生徒は、涙を浮かべ感動している様子だった。
先輩は、その女子生徒に暖かな視線を向けて、頭をポンポンと撫で、軽く肩を抱き寄せた。
その瞬間、俺は全身を冷ややかな物が伝う感覚を覚えた。凍りついた、と、表現するべきか。
フェンス越しにその様子を見ていた藍川の後ろ姿を見守る。
表情は、見えない。

あんなに天気が良かったのに、空はいつの間にか、厚い雲で覆われていて、ポツリポツリと、雨の雫が落ちて来ていた。
帰り道、駅までの道を二人で無言で歩いた。

俺は、昔の記憶を思い出していた。
母が、俺を置いて行った日。
あの日も、ちょうどこんな空で、ポツリポツリと雨が降っていた。
泣きわめいて、暴れる俺を、祖母は優しく抱きしめ、無言でただただ側に居てくれた。
俺が泣き止むその瞬間までまで、ただそっと寄り添い、静かに見守りながら側に居てくれた。
俺にもあったんじゃないか?誰かを恋しく思う気持ちが、誰かを求める感情が、ただ忘れていただけで、押し殺していただけで。

雨は強くなっていた。
駅のホームのベンチで、何本の電車を見送っただろう。
沈黙を守っていた藍川が俯きながら口を開く
「大瀬はいつまで居るつもり?せっかく感傷に浸っていたのに」
俺は無言で藍川を見た。
俯いたままの彼女の表情は見えない。
そして、何かを振り切ったかのように立ち上がると俺の方を振り返り
「嘘、ごめん、ありがとう。側にいてくれて」
「本当は知っていたの。先輩に彼女がいる事」
「先輩が、彼女を見る瞳が優しくて羨ましくていつの間にか、好きになってしまっていたんだ、、、」
藍川は、涙を必死でこらえ、頑張って顔を上げ、笑顔を取り繕いながら震える声で言った。
てっきり、泣いて喚いて、取り乱すかと思っていた。
藍川の様な、ストレートに感情を表情するような人間が、自分の感情を抑え、好きだと今まで伝えられなかった。それって、どんな気持ちなんだろう。
きっと辛かっただろうな。
素直にそう思えた。
そして、必死で笑顔を取り繕う彼女の表情が、とても美しいと思った。
その瞬間、俺はカメラを構えてシャッターを押していた。
「ちょっと、何?大瀬!?」
「今度は俺があんたを撮るよ。笑った顔も泣き顔も、俺の瞳(レンズ)が、もっと映したいって言ってる」
「ぷはぁーー」
そう言った俺に対して、藍川は大声で笑いだした。
「大瀬、今のセリフキザだよー」
自分が放ったセリフを思い出し、見る見る全身が熱くなっているのを感じた。
きっと真っ赤な顔をしているだろう。
思わず、カメラを持っていない方の腕で自分の顔を隠した。
その様子を見て、藍川が優しく微笑む。

誰かを想う感情を、心のどこかで馬鹿にしていた。でも、それも悪くないかも知れない。
今の俺なら、親父の事も許せるかも知れない。俺の成長を待ってくれていた事に感謝したい。

いつの間にか、雨は上がっていて雲間からは陽射しが降り注いでいた。
もうすぐ、夏がやって来る。
残して置きたい、思い出を。
たくさん写真を撮ろう。
海も。
山も。
青空も。
君も。

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