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  • 【短編小説集】論理と語りの実験劇場

    きのこのようにニョキニョキと生えてきた物語たちの保管庫。木の成分を養分にしてはいるが木とは成り立ちがちがうので、取り扱い注意。

  • Re:1Q84

    マザは作者で、ドウタは登場人物? パシヴァも登場人物で、レシヴァはあなた? それで空気さなぎが作者の紡ぐ物語!? 多くの読者に読まれながらも、様々な謎に包まれたまま今にいたる『1Q84』を、「羽化する物語」として読み解く意欲作です。 村上春樹の小説は好きだけど、『1Q84』はわかりにくかった、とくにBOOK3は長いだけで盛り上がりに欠けたよね、という方も是非読んでみてください。

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『1Q84』から読み解く『スプートニクの恋人』

序論1.捨てられた鍵の合い鍵を拾う ”「あなたがこれから足を踏み入れようとしているのは、いうなれば聖域のようなところなのです」  「聖域?」  「大げさに聞こえるかもしれませんが、決して誇張ではありません。これからあなたが目になさるものは、そして手に触れることになるものは、神聖なものなのです。ほかにふさわしい表現はありません」”(1Q84 BOOK2)  これは『1Q84』の中盤、青豆が「さきがけ」のリーダーにストレッチを施行しにいく直前に、護衛の坊主頭と言葉を交わすシ

    • 【短編小説3000字】ハシゴから飛ぶ夜の結末

      ひとりの男が肩にハシゴをかついで夜道を歩く。 たたんだ状態で男の身長の四、五倍はあろうかという錆色のハシゴ。 男の歩調にあわせて、ガシャガシャという金属音がうるさく響く。 男は白のタキシードに白のシルクハット、胸にはお決まりの赤い薔薇をさして、愛する女(なんとボスの一人娘)をロマンティックにかどわかしに行くところ。 男は女が住むマンションの前まで来ると、彼女の寝室の窓にハシゴを伸ばして、いそいそと登りはじめる。 それがその男に考えられるかぎりの情熱的なアプローチ。 でも

      • 【短編小説4000字】 伝言屋たちの夜

        夜の住宅街を、一人の男が歩いている。 黒の中折れ帽に黒のサングラス。 黒のスーツに黒の革靴。 男は自分の姿がカメレオンのように夜に溶けこむことを期待しながら、硬い靴音をぎこちなく響かせる。 内ポケットにはメモ用紙が一枚。 三十五の文字列が二つ折りに収められている。 『ある寒い年の寒い月の寒い日の寒い朝に、  月色の目と  色の翼を持つ雛鳥を』 男にはその暗号らしき言葉の意味はわからない。 彼の役目はその言葉を然るべき受取人に届けること。 それ以上は知る由もない。 しかし、そ

        • Re:1Q84 BOOK3

          1. 序論  Re:1Q84 BOOK3を書くにあたって、前回分をRe:BOOK1,2、今回の文章をRe:BOOK3と呼ぶことにする。  先に私は、1Q84 BOOK1,2をひとつの完結した物語とみなして、Re:BOOK1,2を書いた。  ではBOOK1,2とBOOK3が別の物語なのかというと、そうではない。  1984年と1Q84年が別の世界であったのと同じように、BOOK1,2とBOOK1,2,3が別の物語なのだ。  『1Q84』の文脈に即して言えば、〈BOOK2

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        『1Q84』から読み解く『スプートニクの恋人』

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        • 【短編小説集】論理と語りの実験劇場
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        • Re:1Q84
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        • 帰納と驚き
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          Re:1Q84 BOOK1,2

          1. もうどこにも存在しない物語  『1Q84』は今でこそBOOK1,2,3で一揃いの物語として認識されているが、刊行当初は決してそれが当たり前ではなかった。  そこには、まずBOOK1,2の二巻が同時に出版されて、続編の有無については何の言及もない、という時期がおよそ半年ほどあったのだ。    そのごく短い期間だけ、人々は『1Q84』を(読み終わったあとにどのような感想を抱くかは別として)とりあえずは二巻完結の物語として手に取ることができた。  別の言い方をすれば、そのご

          Re:1Q84 BOOK1,2

          帰納と驚き 第7章 私と他者

           本稿ではこれまで、客観的世界が主観的世界を経て意識世界へ還元され、意識世界が物語構造を経て原世界へと還元されるさまを概観してきた。 本章ではまず、この還元の流れに沿って各世界における「私」という言葉が意味する対象および指示する範囲の変遷を俯瞰し、次いで、原世界から客観的世界へとその流れを逆にたどりながら、これら一連の世界を貫いて現れる「私」とは何かを明らかにする。  私たちはこの客観的世界と原世界の往復の前後で、「私」の指す対象が大きく変容するさまを目にすることになるだろ

          帰納と驚き 第7章 私と他者

          帰納と驚き 第6章 変化

           私たちは第3章で、客観的世界を構成する時間と空間が意識世界およびその斉一的変化を前提としていることを明らかにした。 続く第4章ではその意識世界の前提として、帰納の始点である原世界が要請されることが明かされた。    では客観的世界のもう一つの前提として要請されていた「斉一的変化」はどうなったのだろう? 意識に映る世界はひとときも留まることなく変化しつづけている。 この意識世界の変化があるためには、どのような前提が要請されるのだろうか?  本章では、この「斉一的変化」を構成

          帰納と驚き 第6章 変化

          帰納と驚き 第5章 間違い

           前章では、私が無自覚に世界を予測していて、その予測と実際の世界の邂逅する場が意識であることが明らかになった。  しかし、その章末でも触れたとおり、この説明には明白な問題がある。 前章の結論は、意識の前提として「予測」と「世界」とを要請していたが、私たちが一般的に言う「予測」とは意識のうえでなされるものだ。 意識のうえでなされるのではなく、その前提としてある「予測」とは何だろう?  また「世界」に関しても同様の問題がある。 前章までの考察によれば客観的世界は目の前の状況を

          帰納と驚き 第5章 間違い

          帰納と驚き 第4章 意識

           第1章では、私たちの知識および認識が、この世界を前提とした帰納によって得られることを確認した。 第3章では、「この世界」という言葉で私たちが素朴に思い浮かべる客観的世界が、意識に映る世界から帰納推論を経て獲得される概念であることが明らかになった。 つまり、知識と認識はこの客観的世界から帰納され、この客観的世界は意識に映る世界から帰納されているのだ。  では、第3章で前提として扱った「意識に映る世界」とはいったい何なのだろう? この問いかけに素朴に答えるなら、「視覚、触覚な

          帰納と驚き 第4章 意識

          帰納と驚き 第3章 自然の斉一性原理と時間と空間

           第1章と第2章では、経験した出来事から未知の出来事をおしはかる帰納推論がどのような情報処理なのかを論じ、その本質が情報量の減少にあることを明らかにした。  本章では少し視点を変えて、「なぜ経験した出来事から未知の出来事をおしはかることができるのか?」という問からはじめて、自然の斉一性原理と時間、空間の関係を紐解いていく。 自然の斉一性原理の概要 昨日の雨と明日の雨、この湖とどこか遠くの湖、今日の星と百年前の星。 経験した出来事と未知の出来事は、時間的空間的に乖離した別々

          帰納と驚き 第3章 自然の斉一性原理と時間と空間

          帰納と驚き 第2章 グルーのパラドクス

           私たちは前章で、すべての知識が前提からの帰納によって獲得されることを確認した。 続く本章では、帰納推論の抱える欠点とされてきた「グルーのパラドクス」を例に「知識は、その対象を前提とした帰納によって得られるものでなければならない」ことを確認しよう。  そのうえで、本稿において帰納に次いで重要な意味合いを持つ「物語」という概念にほんのさわりだけではあるが触れておく。 グルーのパラドクスの概要 グルーのパラドクスは、1900年代のアメリカの哲学者ネルソン・グッドマンによって提

          帰納と驚き 第2章 グルーのパラドクス

          帰納と驚き 第1章 帰納

           私たちは日々さまざまな推論に基づいて生活している。 空がどんよりと曇れば雨降りを心配してカサを求め、 青信号が点滅すれば赤に変わることを予期して足を速め、 舞い落ちる紅葉にやがて訪れる冬を予感する。 それらの推論のすべてが帰納推論と呼ばれるものだ。  帰納推論は過去の個別事例(たとえばA、B、Cなど)を前提として同様の全事例(たとえばA、B、C、D…、Z)にあてはまる一般法則を導く推論方法であり、ご覧のとおり前提(A、B、C)よりも帰結(A、B、C、D…、Z)のほうが情報

          帰納と驚き 第1章 帰納

          帰納と驚き 序章

           本稿はいくつかの哲学の難問を足掛かりとして、私と世界の構造を粗描することを目的としている。 そのための主な道具はオッカムの剃刀だ。 世界が今このようにあるためにはどのような前提が要請されるのか? 私たちはこれから、不要な先入観を排して、可能な限り簡潔に、この要請される前提を追っていくことになる。 世界の前提を、その前提の前提を、そのまた前提を追う過程は、私の成り立ちを遡行する道程でもある。 その道の果てで私たちがたどり着くのは、すべての知識の、認識の、意識の前提となる世界の

          帰納と驚き 序章