劉慈欣『三体II 暗黒森林』

テレパシー目と目で通じ合えたなら 思うだけのただの2人 時には君を知りすぎたつもりなのに 瞳の奥に何もかもわからなくて--ミツメ「エスパー」

ミツメの「エスパー」はNetflixのドラマStranger Thingsのことを歌っているのだが、『三体Ⅱ 暗黒森林』にも通ずる部分があるような気がして、頭の中で流れ続けていた。三体人について、一作目では明かされていなかった事実が冒頭であっさり語られる。三体人は自分の思考をそのまま相手へコミュニケートすることができる。そのため、三体人の間では、だましたり、嘘をつくことはできない。三体世界の過酷な環境で生き延びるには、嘘は重要ではなく、生存することが何より重要だからなんだろう。

三体人が地球に向かっている間、智子(低次元展開された陽子)によって、基礎物理の実験に干渉し、人類の科学の発展を阻害している。確実に地球を征服するために。しかも智子によって、人類の会話やPC上でのデータのやり取りは監視されている。もう絶体絶命!というところに前作では仄かな希望が語られて終わっていた。仄かな希望とは、イナゴの大群の話のことで、三体人は人間のことを虫けら扱いするが、三体人と人間以上に技術や知能に差が開いているイナゴを人類はいまだに滅ぼせていないし、イナゴの数もそれほど減っていない。僕はこのエピソードの部分で『スター・ウォーズ ローグワン』のラストの絶望の中でも名もなき人々が希望をつないでいったあのシーンを思い起こさずにはいられず、高揚したのを覚えている。

三体人は普段思考をそのまま相手にコミュニケートすることを逆手に取り、人類は面壁計画を考える。ネタバレにはあまりならないだろうから、簡単に書くが、面壁計画とは、ひとりの頭の中だけで作戦を計画し、指揮することにある。

みずからが立案した作戦計画の遂行を指揮する過程で、面壁者が外界に見せる思考や行動は、全くの偽りであり、入念に練られた偽装とミスディレクションと欺瞞のミックスです。面壁者が欺く対象は、敵も味方も含めた全世界です。最終的に、何が真実かわからない巨大な偽りの迷宮をつくりあげ、敵の判断力を奪い、こちらの真の戦略的意図が悟られる瞬間を可能な限り先延ばしにすることが目標です。

本作は頭脳戦の様相を呈し始めるのだが、三体人との圧倒的戦力差に直面した社会はどのように変容していくのか、という劉慈欣の卓越した想像力を味わえるのも本作の魅力だと思う。

語るべきことは多いんだろうが、僕は上巻での羅輯(ルオ・ジー)の享楽主義っぷりが大好きだ。面壁者に指名されたのに早々に辞退を申し入れ(しかし面壁計画の一部なのだと誤解されるが)、大自然に囲まれ、理想の女性を連れて来させ一緒に生活する。惑星防衛理事会のケントから訝しがられると、これは面壁計画の一部なんだ、理由は聞かないでくれと平気で嘘をつく。これだけ書くと随分自分本位な奴だな、と思うが、4人いる面壁者の中でいちばん人間臭くて好きだ。元々この理想の女性というのは、羅輯が当時付き合っていた彼女にプレゼントしようとした小説の中の登場人物で、登場人物のバックボーンや好み、外見を考え続けた結果、現れてしまった空想の彼女なのだ。空想の彼女とそっくりな女性が現れたらそれはもう深く愛してしまうだろう。三部作も読まないとなんとも言えないが、愛、というのはこの宇宙規模の物語でとびきり重要な役割を占めることになるんだろう、という予感を感じさせながら、本作は終わる。早く続きが読みてえ!

今回、いちばん印象に残った文章は下巻に登場する、ある一般人のこんなセリフだ。

実際は、終末はすばらしい時間です。歴史上もっともすばらしい時間だとさえ言える。だって、心配や義務をぜんぶ捨てて、人間が一〇〇パーセント自分自身になれる、歴史上はじめての時間なんだから。

僕は、ゾンビ映画やデスゲームものが好きだ。それは、非常事態に利己的になる人間の弱さや愚かさを見て、社会的な立場とかどうでもいいんだ、ってスカッとなるという部分もあるんだけれど、そういう利己的な人間が大半を占める状況下で、人は助け合えるんだ、と主人公が立ち上がるのが好きだ。本作でも圧倒的絶望を人類は味わうのだけれど、愛とかそういうものが地球を救うんじゃないかと思ってしまう。

一部作目のラスト、太陽が沈む描写で終わる。それは、血で染まったような真っ赤な太陽で、人類の終わりを想起させていた。本作のラストで描かれる太陽の描写はどうか。これから読む人は注目してほしい。

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