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美しいから良しとします

私は街の外れにあるモールの、だだっ広い駐車場の中を男の人と一緒に歩いている。敷地の真ん中を低くて白い塀がまっすぐ走っていて、視線をその先に向けると観覧車のようなものが見えた。
「ような」と思ったのは、クリームがかったトーンのピンクや黄色、緑のゴンドラを認めたからだが、通常円形であるはずのホイール部分は大きく歪んで斜めに傾いでいるのだった。ところが私はそれを別に不思議と思うわけではなく、一つの風景として処理したまま黙々と歩いているのだ。
しばらくすると、敷地の反対側を丸みを帯びた3両の赤い電車が通った。それで私はあちら側には線路が敷かれているのだなと分かった。

空の色具合で時刻は夕暮れ時と思われた。モールにある建物全てには明かりが灯されているが、私たち以外に人の気配がない。そもそも今歩いている目的も、一緒にいる人は誰なのかという疑問すらない。電車が行ってしまったあとは再び辺りは静まりかえり、自分たちの足音が一定のリズムを刻んでいるだけである。何げなく自分の足元を追っていた視線をふと上にあげると、眼前に天体が浮かんでいた。
それで私は、その薄紫色の空に大きくまん丸で浮かんでいるものを、月と思った。

はあー…と感嘆の声が思わず漏れた。そしてその規格外に大きな月を見上げていると、次第に周囲の明るさが下がり、月が赤銅色に染まっていく。「月食?」そこからは全てがあっという間だった。一緒に歩いていた人もいつの間にか私の横で立ち止まって見上げている。そこで初めてこの人誰だっけなと思い、その人を表す名称?が出てきそうで出てこない。うーんと考えていると、月の表面を上から下に赤い筋が走った。溶岩のような強い赤色が幾筋も川のように表面を落ちていく。私は驚かずにその現象を見ている。
美しい。そう思ったところで、目覚めた。

これは夢だったのだ。
時々なんの設定でしょうという夢を見るが、起きてしばらくすると薄れて忘れてしまう。今回もその部類ではあるけれど、さっきまでの迫力のある画面が瞼に転写されたまま居座っている。
月食、それも皆既月食を見るなんて何かあるんじゃないかしら。
すぐに枕もとに置いてある携帯で「夢 皆既月食」と検索すると、、不吉な前触れだの運気の低下という言葉が並んでいる。むむぅっ。

私は携帯を閉じ、無意識に胸のあたりにこぶしを当てた。犬が私に撫でられるために頭をこすりつけてくる。ひと撫でしてから起き上がり、勢いよくカーテンを開いた。前の家の窓ガラスに映った太陽の光が部屋に飛び込んでくる。

幻想的で綺麗だったのにね。
優美でドラマチックな天体ショーだったのにね。

美しいから良しとして、新しい1日を始めましょう。


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