あの子は私の特別だった

自分が女の子を好きになるとはまだ気づいていなかった頃のこと。
あのときは恋と呼んでもらえなかった、決して淡くはない想いのはなし。


中学校に入ってとても仲良くなった子がいた。
その子のことが私は好きだった。
初めての女の子への恋だった。

他の子となんら変わらないただの友達だったはずなのに、いつのまにかあの子を特別に思うようになっていった。

今思い返せばとても好みだったのだろう。ふんわりとした柔らかい雰囲気と垂れ目の笑顔が可愛いことや、本人は狙っていないのに面白いところに、いつも癒されていた。

あの子が話していたことだけ、異様にたくさん覚えている。会話の量なんて他の子と変わらないし、意識して覚えようとしたわけでもないのに。
隣で言葉を交わす中で、好きなものや苦手なもの、小さい頃の話を教えてくれた。どれも些細なエピソードだったけれど、今も鮮明に思い出すことができる。

卒業までの3年間、あの子と毎日一緒に下校した。花粉を恨んだ春も、日影を探して歩いた夏も、寒い寒いと言いながらなかなか手袋を出さない秋も、凍った道で転ばないようにそろそろ歩いた冬も、ぜんぶきっかり3回ずつ。
少し背の低いあの子と肩を並べて歩いた通学路には思い出が溢れていて、今でもその道を通るたびに思い出す。
隣からの眺めも、その愛おしさも、忘れてなんかいない。

一度、あの子とキスをしたいと思ったことがあった。
あの日は2人きりで帰っていて、色褪せたカーブミラーの下でいつものように長々と立ち話をしていた。
あの子が話している間、私の瞳はその唇をぼんやりと捉えていた。2人だけの世界へ行きたい、ひとときでいいからあの子を私だけのものにしたいなんて考えた。
すぐに、自分は友達相手に何を考えているんだろうと我に返った。はらはらと降る雪の中、あの子に抱いた気持ちは初めからなかったみたいに流された。
こんなにわかりやすい出来事があってもなお、私の中であの子は「友達」だった。

私が鈍感だっただけで、恋心の現れは日常の中にいくつも転がっていた。
クラスにも部活にも美人な子はたくさんいたけれど、私にとってはあの子だけが飛び抜けて可愛かった。
どんなに人が多い場所に居たって、あの子を無意識のうちに探していた。
他の人といるのを見れば、ほんの少し嫉妬をした。
ふわふわの白い頬や温かい小さな手に触れたいと思っていた。
恋だと気づいていい瞬間は十分すぎるくらいあったのに、一度だってそうは思わなかった。その頃の私には、同性を好きになる発想がなかった。
もし気づいていたら、どうなっていたのだろう。

あの子とは高校が別れて、滅多に会うことがなくなった。
この前久しぶりに遊んだあの子は、以前とは雰囲気が変わっていた。変わらないところもあるけれど、もう私が恋をしたあの子ではなかった。
今はきっと双方がただの友達だと認識している。それでいい。そうでなきゃ困る。あのときは気づいていなかったからよかったけれど、恋心を認めながら友達の顔をし続けるような器用さが私にはない。

一緒に行ったカラオケで、前より大人びたあの子の横顔を、私は改めて眺めていた。恋と認めた上で会ったのは、実は初めてだった。
私はこの子に恋をしていたんだよなあと思うと、なんだか不思議な感覚に包まれた。
こうして正真正銘ただの友達になったとしても、私が恋をしていた事実は変わらない。そういう意味で、あの子は私の中で特別であり続けるんだと思う。

今更だけれど認めよう。あの子がずっと特別だった。
そして今も、きっとこれからも、特別。

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