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9才のわたしが出逢った「いま」につながること


そして、9才のときのわたし。

1月生まれのわたしは、
4年生の大半を9才で過ごした。

2年生のときに、クラスに転入生がやってきて、
その子の影響で、
ガールスカウト活動を知った。

何度か体験に参加して、
3年生から実際に仲間に入りたかったのだけれども、
親が説明会のようなものに参加できずに、
もう一年先送りになった。

そして迎えた4年生。
家庭でもなく、学校でもない「組織」のひとりとして、
「わたし」という個人がそこにいる、ということが、
わたしを満たした。

とにかく、やることなすことが楽しくて、
初めての野外活動、キャンプ訓練、クラフト、
茶道、調理、公園清掃すら誇らしかった。

そんな活動の中で、
生まれて初めて出逢ったことがある。

小学4年。親元を離れて、初めてのキャンプ。
3泊4日の3日間、雨が降った。
重たい布のテント。
竹でテーブルやイスを作り、
水汲みをして、
かまどに火をおこす。
厳しい規律の中で、
生きるちからを養った。
それでも、うんと楽しかった。

雨があがった、最終日の朝。
いつもよりも早い起床の笛。
その朝は起きてから、一言も話してはならず、
静かに身支度を整えて、外へ出る。

まだ薄青く、靄がかかり、水分をたくさん含んだ空気の中、
テントサイトから少し離れた場所まで歩き、輪になる。

スカウツオウン(Scouts’ Own)と呼ばれる、
ほんの短い、静かな時間。
自分の中にある何か(テーマ)と向き合い、
言葉を紡ぎ、声に出す。

評価されることも、判断されることもなく、
自分の心の内を、そっと出す。
それぞれの言葉に、ただ耳を傾ける。

あの場、あの空間には、何かが満ちていた。
日が高く昇る前の、朝靄の中、まだ青い時間。
あの、静かで、神聖で、静謐な時間。


その静かな時間が好きだった。
小さな儀式のような時間だった。
祈りのような、時間だった。


それが、わたしの9才。
わたしのはじまりのときだったのかもしれない。


大いなる何かに触れ、包まれ、
そして祈ることを知ったとき。



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