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大自然のちからから学ぶ 〜わたしの日々つれづれ〜

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#横浜

美しいものは光っている

蓮の花を観たい、なんて、 これまでの人生でそこまで熱く思ったことはなかった。 けれども。 蓮の花を観に行ったという話を立て続けに見聞きして、 わたしも観てみたい!!と、 久しぶりに、むくむくむくと、 何とも言えない感情がわたしの中から沸き起こった。 いま我が家にいるお蚕さんのおかげか、 自然へのアンテナが、いつもよりも広がっている状態なのかもしれない。 そうしたら、いつもは乗らない路線の中刷り広告で、 蓮の池へ蓮の花を観に行くツアーの案内が出ていた。 ツアーには参加し

神秘のはなし

美しいものを見た。 外での仕事を終えて帰宅した夕方。 もうすぐ娘の帰ってくる時間。 ごはんの支度やあれやこれや気持ちは焦るものの、 優先順位がつけられない。 そうだ、お蚕さん、葉っぱまだあるかな? と思い、そばに寄って見てみると、 食べ尽くして、残っているのは乾燥した葉脈ばかり。 みんな元気かな〜と、なんとなく全体を見てみる。 すると、見慣れない様子が目に飛び込んできた。 ひとりのコ。 普通ならば、葉っぱをいっぱい食べて体の外見こそ白いけれども、 うっすら感じる中身

違いと変えることと変わることのはなし

海外に住む友人から、 「お願いしたいことがあるから話したい」と 深刻そうな連絡がきた。 すぐに日時を合わせて、スカイプ通話をした。 半年ぶりの会話。 最初の1時間ほどは、 お互いの近況報告。 社会の様子や、子どもを取り巻く環境のことや、 この状況下での生活の変化などをあれこれ話した。 そして本題。 それは、とても重たい内容だった。 あまりに、わたし自身と彼女の価値観が異なる、 感情の話だった。 彼女の焦りや恐れが、手に取るように見えた。 それは何かをとても狭く苦しく

美しき天の使い

実は… いま我が家には、 お蚕(かいこ)さんが、40頭いる!!! お蚕さんは「一匹、二匹」ではなく、 「一頭、二頭」と数えるそうだ。 小さな体なのに、「一頭、二頭」とは、 なんとも秘めた大きさなのか。 お蚕さんは、 天の神がこの世にもたらした特別な生き物とも言われている。 そして、なぜ40頭もいるのかと言うと… 昨年、娘のクラス(当時小学3年)では、 暮らしと生活の学びのひとつとして、 教室でお蚕さんを飼っていた。 みんなで育て、繭になり、蛾になった。 その繭から

カリンバの音が届けてくれたもの

夫が出張帰りに、カリンバを買ってきた。 カリンバとは、アフリカ・ジンバブエの楽器で、 手の中に収まるくらいの小さな木箱(もしくは木の板)に、 ピアノの鍵盤の代わりになるようなピンが付いていて、 それを指で弾くようにならすと、 とても素朴で、 透明感のある小さな音がする。 (夫はジンバブエに出張に行ったわけではない..  前日、静岡に行くと言っていたと思う…) 早速、娘が組み立てて(そう!自分で組み立てるキットだった)、 鳴らしはじめた。 小さな音は、なんだか懐かしく響き

すごいめがねと目に映るもののはなし

15才のときに、コンタクト生活をはじめた。 それから25年、ソフトレンズ→ハードレンズと、 コンタクトレンズありきの、 あたりまえの生活をしてきた。 朝起きると、まずコンタクト入れ、 夜お風呂に入る前にコンタクトを外す。 その日々の繰り返し。 それが、あるときから、 光やその反射が眩しくて眩しくて、 どうにも困った状況になった。 目の疲労も、頭痛もひどかった。 それでも、めがねという選択肢は浮かばなかった。 でも40才を迎えたとき、 ふいに、 もっと自分のこと・からだ

伝わるように伝えることのはなし

大切なともだちの元だんなさんが治療家さんで、 元、と言うのは、別れたのではなく、 ともだちがかなり早くにスピリットワールドに 戻ってしまったからなのだけれども。 その元だんなさんが、スーパーに行って買い物をするときには、 店頭に並んでいる産地の違う野菜のどちらが自分に合うか、 のエネルギーを見てから買う、 という話を、もうかれこれ9年くらい前に聞いてから、 「わたしもそうなりたーい!!」と、 そのやり方を模索してきた。 でも正直、 乳飲み子を抱えていた当時、 毎日1時間、

射手座満月の夜に大いなるものを思う

昨日は、射手座の満月。 夜の雷。大雨。 すべてを、ざばーんっと洗い流してくれるような、 そんな大雨だった。 激しさ、というよりは、 包まれるもの、守られるものを感じた。 Mother Earth への、 Father Sky からの力強い抱擁のような。 そんな雨だった。 何もかも洗い流そうとするような、 そんな感覚を、眠れない布団の中で感じていた。 射手座は、 直感、希望、冒険、自然とのつながり、 高次の学びなどのキーワードがある。 そんな射手座満月の夜に、 何かが満ち

へちまのすすめ②

昨日のへちまのすすめのつづきから。 一晩寝て、思い出した。 そういえば、2年くらい前までは、 わたしの朝の習慣といえば、真夏も真冬も、 乾布摩擦だった! わたしがずっと学んでいるマクロビオティックの先生、 奥津典子さんの勧めもあり、 朝起きて、 水でばしゃばしゃと顔を洗い、 そのままの流れで、ざっくりした織りの木綿タオルで、 ごしごしからだをこすっていた。 (本来はしゅろのたわしの勧めだったが...) すると、からだがぽかぽかしてきて、 気分も体調も、朝から軽やかだ

へちまのすすめ

今日、お風呂でへちまデビューした。 そのへちまは、 昨年の秋、家族で群馬に行ったとき、 道の駅で出合った。 道の駅が大好きだ。 市場のような雑多で、ちょっと混沌としていて、 暮らしているひとのにおいがするかんじにわくわくしてしまう。 わたしは、夫と娘をよそに、 わたしのペースで、じっくりわくわく店内を見てまわった。 そのとき、目にとまり、迷わず手にしたのが「へちま」。 じつは何ヶ月もへちまを探していたから、 ここで出合った!とばかりに嬉しくなった。 いちばん状態が良

信じることが目に映ること

久しぶりのともだちに会いに、久しぶりの場所を訪れた。 久しぶりの場所は、数年前まで毎週一回、 暑い日も、紅葉の季節も、極寒の日も通っていたところで、 小高いお山の上にあり、木が美しく茂り、緑豊かで、風がよく通り、 晴れた日は、穏やかできらきらした空気に包まれている。 もう、顔を見るだけで、心が緩むその仲間たちは、 笑ってしまうほどに、それぞれ、お互い、あるがままで、 芯があって、まっすぐで、愛に溢れて、 一生懸命に生きる姿は、ただただ美しい。 わたしは、ただ満ち足りてそ