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noteをはじめて1ヶ月〜優しい街noteに住み始めて、今思うこと〜

noteをはじめて1ヶ月。今noteは自分の心の拠り所になりつつある。
気分が落ち込んだ時でも、自分にはあの優しい街noteがあるではないか、と思えるようになった。

僕から見たnoteの印象は、角がなくて丸みを帯びていて、優しく包み込んでくれるような、そんな場所だ。
得てして、「創作したい」「表現したい」という人は、自分も含め一癖ある人や尖っている人が多いと思う。
だからこそ、noteのような全てをまあるく包み込んでくれる優しいプラットフォームがフィットするのだろう。

noteの中で「これいいな」と思うところは沢山あるが、一番素敵だと思うのはそのコンセプト。
「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」というミッションに基づき、開かれた街づくりをしているということ。
単に「プラットフォーム」と捉えるのと、発想を転換して「街」と考えるのでは、運営側もユーザー側も心持ちが異なってくる。

街は運営する人たちだけでは成り立たない。
街はみんなで作るものだ。
例えば、街の治安は街の人々の民度によって左右される。
そういう意味では、治安がとても良く、ポジティブな感情が渦巻いているのがnoteだ。
noteには、一歩踏み出した人を応援する優しく暖かい空気が流れている。
この空気感は、運営側が仕組みを作りクリエイター側がそれを活用し盛り上げることで生まれたもの、つまり運営側とクリエイター側で一緒に作り上げてきたものだと思う。
これまでの街づくりに貢献してきた人たち全員に心からの敬意を表したい。

さて、noteを始めて1ヶ月。
これまで20記事を上げてきたが、自分自身楽しく続けられている。

noteは、その優れたコンセプトに基づき、創作をはじめた人が続けやすいように、クリエイターたちのことをとことん考え抜いた設計になっている。
他の人に読まれたりスキをもらう度に心が躍るし、他の人の創作物を読むのも飽きない。
苦もなく継続できているのは、紛れもなくnoteという優しい街のお陰である。

ところで、一つ自分で驚いていることがある。
noteを始める前は小説を中心とした創作を投稿しようと思っていたのだが、気がつけばランキングやあるある、しりとり企画等も含め、雑多なテーマを書くようになっていた。
今や自分がどこに向かっているのか、自分でわからなくなっている。

でも一方で、「これでいいのだ」とも思う。
自分の記事を見る読者は面白いのかな?と不安になることもあるけれど、自分自身が楽しく書き物を続けられているのだから、今はこれでいいのだ。

今後どういうことを書いていくのか、自分でよくわかっていない。
noteという街における自分の家は、発展途上のヘンテコな家だ。
たいした設計図もないままに見切り発車で建ててみたけども、和の造りなのか洋の造りなのか、外装や内装は何色のペンキで塗られているのか、何もかもよく定まっていない、変な家。
「柱から建て直そう」となるかもしれないし、「このままヘンテコな家として大きくしていこう」となるかもしれない。
先のことはわからないが、どんな家になっても、noteという街なら受け入れてくれるだろうという確信がある。

街を徘徊しながら、自分に合った家造りを進めていこうと思う。


おわり

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