宛先のない手紙を書くように どこにも吐き出せない言葉 生まれ落ちたときに見たあの光 それを探すように生きている 生命ある竜巻に吹き飛ばされた 大切な何かをいつも集めて ピースの隙間から世界を見ている 君のパズルは果てなく難しい 完成したとき 君は歩きだすのかな 心無い言葉がはびこる街で 悪魔が宿る言葉に連れ去られないように ピースはひとつでも無くしたら 心に空洞を抱えてしまうから 大きく腕を広げ君を迎え入れたい 広げた腕は小さい世界かもしれない 君が安心して眠れるなら
冷蔵庫の中を見て思う 私は何者であるか そこに生活の全てが集約されているから 冷凍された肉や小分けにされた食材 野菜の種類やくたびれていく人参 マヨネーズとケチャップの消費量 奥の方に隠されたチョコレート この有り様が何かを表している それは私のメタファーだ 目に見えるそれぞれは ただのそれぞれではない 私の腎臓でもあり心臓でもある その食べたものが細胞となり 私と冷蔵庫を繋ぐ 血肉そのものが叫んでいる 同一化したことを自覚しろと 自分の中身そのものは 目には見えない
突然に放りだされた 張りつめていた糸が切れて 知らない場所で尻餅をついた 目の前には高く聳え立つ周壁 僕は壁際に沿って歩く 手のひらで壁の感触を窺う 冷んやりと突き離された気がする まるで冷たい心と 手を繋いでいるみたいだった 壁と隣り合って密生する樹木たち 茂った草や蔓で溢れている 見上げれば半円形の空が浮かんでいる 枝葉や蔓草の隙間がその形を示した 蔓のように伸びる触手が 僕を壁に押さえつけて 縛りあげようとしている 歓迎されていないことが分かる こめかみが痛み始
遠くで踏切の音が聞こえる 雷の音がだんだん近づくように その音は僕を呑み込もうとする 比喩が言葉の意味を そのときどきで変えるように 音は何かに変わっていく 僕は耳を澄まして正体を探る もし時間を止められたら 比喩も変わらず止まるのか あの日を脳裏に焼き戻す しがらみに手足を縛られた君がいる 僕の言葉はその鎖を千切れない 踏切音は暴力的に比喩を作りだす 妖怪か化け物に見えたかもしれない 君は呑み込まれるように消えていった 喩えは弱さに入り込む 音は近づいてくるのでは
少女はお花畑に行っては くるくると踊り回り 赤い花の中に白い花を入れ 白い花の中に黄色い花を入れる お気に入りの白いドレスで 背の高い花に囲まれ踊ってる 地面に伸びた影も踊ってる バレエを習ってるわけじゃないけど 踊るのが心の底から大好き くるくる回るのが特に大好き 踊りに踊って踊り疲れて お花畑で大の字になる お腹が減ってきたから お弁当のイチゴが食べたくなった 少女は白いドレスのまま イチゴを両手で食べてたら ドレスが赤くまだらに染まって それに気づいた少女は お腹
アスファルトに石で絵を描いた記憶 あの子は知らないのかな そんな寂しい顔をして 風が火を消せば好奇心が湧いてくる 自分と似た誰かを探してる 綺麗な石を見つけるように 魔法を胸に唱えて 雨の日も泥沼で汚れて遊んだ記憶 あの子は注意ばかりなのかな そんな満たされない顔をして 好きが過ぎて災いは起こるばかり 自分と違う誰かを探してる 色違いの星を見つけるように 不協和音を奏でて あの子の見知らぬ星から まばゆい光が届いている 足もとからは闇が 這い上がってきているのに 最
泣きべその秋が終わり 冬が始まろうとしていた そんな揺れる感情の隙間に 突然訪れた夢のような心音 どこか懐かしくて 自然と緊張がほぐれるような どこか優しくて 傷ついた過去を癒すような 貴方は涙が凍らないように 全身を熱く抱きしめて 涙の理由を乾かしてくれる 優しさをキスに変えて 舌を絡めあえば いつでも心は溶けて 悲しい涙の雫は雪に変わる 雪はひらひらと舞う 冬の空を見上げれば 知らなかった本当の私が 淡く光りながら降りてきた 私は瞳から過去を流し捨てて そっと私
何年前のことだったかな もう二十年も前のことだ 君は学校の屋上から飛び降りて 自殺したね しっかりと遺書に 僕の名前が書いてあったからさ その呪縛にずっと 取り憑かれていたよ 実は僕はその瞬間を見ていない そしていまだに 飛び降りるシーンを想像していない リアルに考えようとすると 身体がガタガタ震えてしまうから いつも呼ばれている気がしてた あの世から 地面から這いでる君の白い手が足首を掴む そんな夢ばかり見てた これって悪夢って言うの? いや 悪夢じゃない 不確かとは
無言の貴方から音を聴こうとする 沈黙が妙な緊張感を醸しだしては 呼吸音だけが敏感に響く その吐息にずっと耳を澄ませている 閑散としたビルの一室 エアコンの音だけが聞こえてくる 風量は少なく控えめ 押しつけがましい雰囲気はない 貴方は溜め息混じりの長い脚で 足音をこつこつと鳴らす 貴方は雪の上を歩く白鶴のよう 凛とした透明感のある美しさには おのずと純粋さが宿る 清廉かつ堂々とした振る舞い その裏には人見知りゆえの 恥ずかしさがあるのかもしれない その距離感には不可解が
夕凪にて 憂いの静けさに煽られて 醜い顔が浮きあがってくる 時間はいっとき止まり 陽射しは精神に黒い影をおとす 思いあぐねている 変えられぬ性分について <殺したはずの自分が蘇ってくる> 朧月にて こんなに人がいるのに皆無言 ひとりぼっちの呼吸が潜むように 卑屈な胸に木霊する 湧き出る感情をしらみ潰していく 劣等感が膨れ上がり心身ともに縮こまる 環境に適応していくということは こういうことか そうやって殺してきた感情が 半殺しの状態で呻き続け <ゾンビとして現れて
『詩と思想』2023年7月号の読者投稿作品に、詩が掲載されました! 「タイヤ泥棒」河上 蒼 noteでの報告、遅れました。いま発売中です。 この詩は小説要素が強い詩です。 僕はもともと小説を書いていたので、こういう詩が入選することは、自分の中では得るものがありました。 僕は書くとどうしても物語調になってしまうので、詩のかたちに仕上げるにはどうしたらいいか常に考えているからです。 選評では褒めの言葉と同時に、厳しいアドバイスもあり参考になりました。その際、老婆心ながらとも
僕は君を見るとき 君の向こう側を見る 子供の頃の風景が見えたよ 草や木や小川が見えた 風の匂いだってね フェンスの裏には 誰かが作った落とし穴が 口を大きく開けていた 君が怯えている姿が見えたよ 君の胸のその傷は 記憶がつけた傷 だから君は 僕にたくさん 嘘をついたんだよね 分かってるよ 僕を試してるんでしょ 君は透明な涙を流している それがどこから湧いてくるのか 君は知らない でも僕には見えるよ 君が過去に浮かべた はにかんだ笑顔も 声をあげず流した涙も 勘違い
君は森が大好きなんだけど 極度の方向音痴で 森の木々に会いに行っては いつも迷ってる 右も左も分からないまま それでも君が心を開けば 行きたい場所へと導かれていく 森の呼吸を感じている まるで会話をするように 頷いては微笑んで ひとつひとつの木々に 慈しむように手のひらを当てる 君は木を成長させたり 花を咲かすことはできない 君の涙は聖水ではない 見返りを求めてなんていない ただ好きな気持ちで溢れている そんな君にみんな惚れ込んでいる 疲れて眠る君を 木々は葉を重ね
「虹を壊したかった」 画用紙に色が広がる 水彩絵具が美しく滲む あなたの無垢な心を表すように みずみずしい虹が架かった それは美しすぎて わたしの空を華やかに色づけ そんな夢のような比喩が似合う ある季節の終わりでした ふと気づけば あなたが空に架けた虹を わたしは壊してしまいました 七色の輝きが重くのし掛かったから わたしの心が弾けてしまいました あなたのキレイと わたしのキタナイが 混ざり合って まるで花火のように わたしの闇に上がったのです それからあなた
ハリネズミの背中で 生活する生き物がいた 彼の名前はリトルハウエル 針のむしろに立って歌っている どうやらそういうのが好きらしい 夜は針の隙間で眠りにつく 感情を吐き出していないと やってられない生き物なのさ 針ってまるで感情 攻撃するための針もあるが 守るための針もある そんな生き物どうしが出会ったら たちまち血だらけになってしまうよ こんなふたりだから 誤解しあうこともある 思い込みが激しくて 感情のままに行動してしまう リトルハウエルは針の上に立ち 風に吹かれ
『詩と思想』に掲載された「眼差しと海の底」という詩を、ロコさんが朗読してくれました。ぜひ皆さんに聴いて欲しいです。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓