まもうさ小説『恋人ですが、何か?』

学校からの帰り道、最近よく偶然遭遇するお団子頭にまた出会った。
今までは彼女1人、ないしは額に変な傷を持つ黒猫を連れている事が多かったが、今回は男2人。
彼女もまた学校帰りのようで制服を着ていた。しかし、相手の男は2人共私服。ーー大学生くらいか?
知り合いなら邪魔してはいけないと思い話しかけずに横切ろうと考えながら近づいていた。

「止めて、……ださい」

何やら様子がおかしいことに気付いた。
いつも会う彼女はとても異性が良くて元気いっぱいと言うイメージだったが、今日は何やら違っていた。ーー知り合いでは無いのか?

「いいじゃん!お兄さん達とお茶してくれるだけでいいんだって。なあ?」
「そ!きみかわウィーから色々知りたいし、お近づきになりたいだけなんだよ?奢るから、ね?」
「い、や……」

2人に両手を掴まれ、身動きが取れないうさぎは恐怖で上手く声が出なくなっていた。
助けを求めたくても叫ぶことすら出来ないでいる。
正義の戦士も生身の人間には流石に手は出せない。しかし、出す暇も無く隙をつかれてロックされてしまった。

その様子を近づきながら一部始終見ていた衛は、怯えている彼女に漬け込んで強引に連れて行こうとしている男2人に怒りが湧き上がってきた。
同時に隙だらけでガードの緩すぎるうさぎに対してもイライラが募っていた。
どうしてこんなにイライラするのかは分からなかったが、兎に角面白くなかった。

ドサッ!!!

考えるよりも先に衛は動いていた。
持っていた鞄をその内の1人に思いっきり投げ付けた。
投げた鞄は見事に男の頭に命中した。

「いってぇ……てっめぇ、何しやがる?」

衝撃とあまりにも突然の出来事過ぎて受け身などとる暇もなかった男は倒れながら怒鳴りつける。
痛くて当たり前だった。鞄の中には分厚い教科書や参考書にノートと重いものしか入っていない。
当たると相当痛いだろうと思ったからありったけの力を込めて投げつけたのだから。
不意をつかれ、重い鞄が当たった男はその場に倒れならも誰にやられたのか、飛んできた方向を見ながら叫んだ。
起き上がろうとしたが、クリティカルヒットしたため、軽く失神状態で身動きが取れないでいた。
もうひとりが状況を瞬時に読み、相方の仇を取ろうとうさぎを離し、衛に襲いかかろうとしてきた。

しかし、それより先に動いたのはやはり衛の方だった。
男が繰り出した右ストレートの手を掴み、その勢いでその場に体ごと捻り返して地面に叩き付けた。
そして素早くうさぎを自分の胸の中に抱き寄せた。

その一連の流れを怖い思いをしながらも見ていたうさぎは、突然の衛の登場と助けてくれていることにとても驚いていた。
自分がピンチの時にどこからともなく助けてくれる行動と、素早い身のこなしにいつも助けてくれる憧れて止まないタキシード仮面を重ね、ドキドキしていた。
でも会えば喧嘩ばかりの彼が何故自分なんかを助けてくれるのか、とても不思議だった。

「大丈夫か?」

抱き寄せられた胸の中、彼の心音が心地よく耳に響いてきて落ち着きを取り戻しつつあったうさぎに衛がうさぎだけに聞こえる小さな声で問いかけてきた。
腕の中でうさぎは衛に分かる様にこくりと頷く。
それに答えるようにか衛のうさぎを抱きしめる手がより一層キツくキュッと抱きしめてきた。
不思議と嫌じゃなかったうさぎは暫くこのままでいたいと言う気持ちが芽生え始めた。

「てめぇ、その子の何なんだ!」

倒したうちの一人が悔し紛れで大声で問いかけると、衛はニコリとも笑うこと無く、超絶対零度の顔で睨みつけ、短く一言言い放った。

「恋人ですけど、なにか?」

衛の黒い顔とまさかの言葉に戦意喪失した男2人は観念して逃げる様に「覚えてろよ!」と言う定番の一言を残して立ち去って言った。

“恋人”と言うフレーズが出てくると思わなかった為、うさぎは益々ドキドキが止まらなくなった。
どういう事なのだろうか?
この場を収めるため?それとも本当に自分の事が……?
考えれば考える程に衛の真意が分からず混乱する。

一方衛の方も何故“恋人”と言ってしまったのか分からず驚いていた。
自分自身の先程の行動にも戸惑っていた。
何故助けたのだろうか?
放っておけば良かったのにムキになってしまい、つい本気になってしまった。
それは怖がる彼女が、初めて会った時のセーラームーンと重なる部分が多々あり、彼女を助けたいと咄嗟に行動に移していた。
怖がり、怯えている彼女を無視出来ずに、タキシード仮面と同等の力を一般人に出してしまった。
喧嘩など今まで敵との戦い以外ではした事が無かったのもあり、加減が分からず無我夢中で戦っていた。
しかし、一般人相手に全力を出してしまったことに後悔は微塵もしていなかった。
怯える彼女を助けられたのだから。


段々冷静になってきた衛は腕の中でうさぎが震えている事に気付いた。


「家まで送ってやるよ」

「そんな、悪いよ!そこまでして貰う義理ないもん……」


内心は嬉しかったが、そこまでして貰うのは流石に甘えすぎだと思い慌てて断る。

そして勢いで衛の腕を離れ、体を離してしまった。


「バカ!震えてるだろ!そんな怯えている奴、放っておけるほど人でなしじゃねぇよ」

「な、バ、バカって!でも……」

「また違う奴に絡まれる可能性も無いとは言いきれないだろ?黙って送らせろ」

「わ、分かったわ。お言葉に甘えさせて頂きます」


送って貰う道中は沈黙が続き、先程のこともあり、気まづい時間だった。

しかし、同時にまるでデートみたいだと浮かれていた。

チラチラ衛の横顔を見てはかっこいいとトキメキが止まらなくなり、油断すると好きになりそうになる。

しかし、タキシード仮面の事を思い出し、それはギリギリの所で思いとどまっていた。


“うさぎ、しっかりするのよ!この人はタキシード仮面とは別人よ!重なって見えたからって、うっかり好きになっちゃダメよ!後戻り出来なくなるわ!彼は地場衛であって、タキシード仮面では無いわ!”


心の中で恋に落ちそうになる自分に天使と悪魔が戦っていた。なけなしの理性が恋に落ちそうな自分を律していた。


一方の衛もまた自分の数々の行動に驚き、一体どうしたのかと思案していた。

助けるだけならまだしも、送って行く事にまでなるとは思ってもいなかった。

今までの自分では考えられない行動の数々に他でもない、衛自身がとても戸惑っていた。

成り行きで送る事になったものの、送る道中でその答えが出ればと思っていた。


「あ、あの……あ、りが、と」

「あ、嗚呼、当然の事をしただけだ。気にするな」

「でも、して貰ってばかりで申し訳なくて……。何かお礼……」

「そんなつもりで助けたんじゃないから、気持ちだけ貰っておくよ」

「でも……」

「お前が無事ならそれで十分だ」


うさぎにお礼を言われ、衛は驚いてしまった。

普段、失礼な事しか言わない彼女から感謝の言葉とお返しがしたいと、そんな単語が聞けるとは思わなかったから。

しかし、これで少し自分が何故彼女にこれ程突き動かされ、今日の数々の行動が分かった気がした。

彼女はとても礼儀正しくいい子なのかもしれない。


「じゃあ、うち、ここだから……」

「嗚呼、じゃあお大事にな」

「あの、今日は本当に助けてくれてありがとう」

「いや、何も無くてよかったよ」


見つめ合い、しばしの沈黙が流れ、お互い何か言いたそうになる。


「あの……それじゃ、また!」

「あ、ああ……」


そう言って駆け足に家に入っていくうさぎを呆気にとられながら目で追いかけて見守った。

家の中に入ったうさぎは、うっかり“好き”だと言ってしまいそうになるのを必死に抑えていた。

“恋人”なんて言われたからって自惚れてうっかり告白なんてしそうになるなんてどうかしてる。

頭が良くてかっこいいんだから恋人がいるかもしれない。

馬鹿な私を相手にするほど暇じゃないと必死で思いとどまった。


衛の方もまた、“好きだ”と言ってしまいそうになっていたが、うさぎがあまりにも突然駆け出してしまったので拍子抜けしてしまった。

まだ出会ってそんなに時間が経っていない。

そんな中で告白しても玉砕するだけだ。と命拾いする。


そう、彼女とは出会ったばかり。

ゆっくりと彼女を知り、関係性を築き上げればいい。

そんな事を考えながら衛は、うさぎが部屋に入ったのを呆然といつまでも見つめていた。





おわり



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?