見出し画像

【全文無料公開中】雨の定番曲・シャンソン「小雨降る径」余話

ずーっと以前から、雨が降る日にお会いしたお客様や友人には、何度も「『雨』と聞いて思い浮かべる曲は何ですか?」という質問をして来ました。私が身の回りでお聞きしたところでは、童謡「あめふり」や八代亜紀さん「雨の慕情」辺りが良く出て来ます(「雨の慕情」は1980年の曲ですからもう41年前!昭和は遠くなりにけりですね)さすがに昨今「雨のオランダ坂」や「雨のブルース」は人の口に上りませんが、タイトルに「雨」がつく曲なら太田裕美さん「九月の雨」なんて素敵な曲もありますし、私のカラオケ十八番徳永英明さん「レイニーブルー」というヒットもあります(余談・「レイニーブルー」は香港の歌手・張学友氏のカバー「藍雨」として中華圏でもとても有名です。学生時代広東語の歌詞を丸暗記した青春の思い出)タイトルに特に「雨」が入っていない曲でも、稲垣潤一さんの「バチェラーガール」は「雨は壊れたピアノさ」というサビ始まりが印象的な曲でご記憶の方も多いのではないでしょうか。私は雨の中を歩いていると、朝丘雪路さん「雨がやんだら」三善英史さん「雨」なんてのも良く口をついて出て来ます。雨には人を虜にする、心惹かれるなんとも言えない魅力がありますね。普段よりちょっとだけ優しくなれるような気がして、私は雨の日が大好きです。

一方、スタンダードでは「雨に唄えば」「シェルブールの雨傘」なんてのは今でも大変に人気があります。普遍性がある曲はいつまでも長く愛されますね。そんな数ある「雨の曲」の中、梅雨時・秋雨時、季節を問わず雨の日のシャンソニエでは毎晩必ず誰かが歌うと言っても過言ではないほど「雨の定番曲」の一つなのがこのタンゴ「小雨降る径」(こさめふるみち)です。

1930年代に世に出たHenri Himmelの曲にフランス語の詞が乗ったタンゴ調の作品。いわゆるコンチネンタルタンゴ、ヨーロッパタンゴ(どちらも和製英語)の有名曲の一つです。タンゴの爆発的な流行と共に、世界中各国で様々に作られた「ご当地タンゴ」は数多く日本にも、古くは服部良一先生の「黒いパイプ」や「夜のプラットホーム」を始め、そう言った楽曲がたくさんありますね。この「小雨降る径」以外に日本でも良く歌われるタンゴ調のシャンソンには「恋心」"L'amour C'est Pour Rien"「目を閉じて」"Fermer Les Yeux" などがすぐに思い浮かびます。それぞれの曲についても書ける、書きたい事がたくさんありますが、紙面の都合がありますので他の回に預けます。

さてさて、この佳曲をより詳しく知りたくて、「小雨降る径」の作者の事を少し調べてみたのですが、姓がドイツ語であることを手掛かりに「アタリ」をつけてみても詳細は分からずじまいでした。

そもそも姓の「ヒンメル」は「空」「天国」などを指す一般名詞でもありますし、欧州の常で、姓の豊富さに比して「名」のバリエーションの少なさからHeinrich, Heinz, Henryと、想定できる同一名に入れ替えて検索してもこの曲の作者としてクレジットされている以外に、調べた範囲では全く詳細が見当たらなかったのです。「ドイツの作曲家」と断言している解説がありますので、そこにはなにかしら根拠はあるのでしょうが「ヒンメルだからドイツ人」だとしたなら、個人的にはちょっとモヤモヤが残ります。そもそも作曲の時は筆名を使っていて本名とは限りません。例えば先ほど名前を出した「恋心」はよくイタリアンタンゴと分類されていますが、作曲したEnrico Maciasはイタリア人ではなく、本名Gaston Ghrenassiaという旧仏領アルジェリア生まれのユダヤ系の家庭で(父はスペイン系、母はフランス系)、アルジェリア独立戦争を逃れてフランスに渡った後、芸名エンリコ・マシアスを名乗っています。なので、イタリア風の名前ではありますが、特に所縁がある訳ではないということはお分かりでしょう。この方の例をご覧の通り、名前だけで判断するのはちょっと乱暴なのです。ドイツ語を使う地域は広範囲に渡っていますからオーストリア人やリヒテンシュタインの人の可能性もゼロじゃありませんし、どこかへ移民した「○○系○○人」の可能性もあります。例えばオーストラリアやアルゼンチン、ブラジル、アメリカテキサス州にもドイツ移民の大きなコミュニティがあります。もしかしたらフランスに帰化しているかもしれないし、あるいはフランスへの移民だった場合フランス以外の「○○人」と記すること、これはご本人のアイデンティティーに関わることなので、こうして文字に記そうとする以上は責任を持ちたいと思う私のささやかな礼儀と責任であります。という訳で、何か手がかりをご存知の方はぜひご教示ください。一説に生没年が1900-1970という記述を見かけましたが、年代は曲の制作年に近いものの名前とこの数字だけでとてもご本人の存在を裏付けるほどではなかったことを申し添えます。とはいうものの、一応この先の記事は通説に従って「ドイツ人」?と言いますか、フランスの方ではないという前提でお話を進めます。いずれ真相が分かったら補足・訂正を入れる日が来るかもしれません。

さてこの曲、私は遠い昔淡谷のり子さんの歌唱を一番最初に耳にしましたが、やはりTino Rossiの甘いテナーにトドメを刺されます。日本語の歌詞には幾つかバージョンがあり、藤田嗣司さんの「雨は降る 心はみだる 今のあなたの足音が」というのも素敵ですが、「静かな雨 並木の雨 あなたを待つ 胸に降る」という歌い出しの、坂口淳さんの詞を多く耳にするのではないかと思います。どちらもしとしと雨の光景と切ない恋模様が目に浮かんでしみじみと良い曲だと改めて思います。同じく雨をテーマにしたシャンソンに、ジョルジュ・ブラッサンスの「雨傘」"La Parapluie" というのがありますが、これは全く反対方向のアプローチで、ちょっと可愛いコミカルな曲ですので、機会があれば聴いてみてください。

日本でいわゆる「シャンソン」と一括りにされている「フランス語で歌唱される流行歌」の中にはフランス以外の曲のカバーがヒットしたものが定着する事も多くあり、その辺りの境界は緩くてかなり柔軟と言えるでしょう。多くの人々が往来する国ならではの器の大きさなのかもしれません。よく知られているものとしては「ラストダンスは私に」(アメリカのコーラスグループ「ドリフターズ」のカバー・原題 "Save the last dance for me")、「すみれの花咲く頃」(1928年ベルリンで上演されたレビューの挿入歌。原題 "Wenn der weiße Flieder wieder blüht")なんかがありますね。最も有名なシャンソンの一つ「枯葉」もブダペスト生まれのハンガリー系作曲家ジョゼフ・コズマによるものです。

この「小雨降る径」も、アルゼンチン生まれの音楽の様式にインスピレーションを受けたフランス人ではない作曲家が作った曲を、コルシカ島生まれのテナー歌手が歌唱してフランスでヒットするのですから、考えるとすごいことだなぁと思います。そして、フランスどころか遠く離れた日本で、今日も愛唱されているという事実こそが、本当に凄いチカラを持った曲の何よりの証明だと思います。皆さんはどうお感じになりますか?

もしもこの記事で、大好きな「小雨降る径」が貴方の「お気に入りの雨の一曲」に加わったら嬉しいワタクシです。

以前書いたタンゴ関連記事です。ご一読くださったら嬉しいです↓

フォローやイイね!そしていつもサポートをしてくださる全ての皆さんに、心から感謝しています。嬉しいです!励みになります!!

ここから先は

0字

¥ 700

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

いつも温かいサポートをどうもありがとうございます。お陰様で音楽活動を続けられます!