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【全文無料公開中】名曲「エーデルワイス」にまつわるあれこれ

「アコーディオンの音色は人を幸せにする」東京在住のアコーディオン奏者安西はぢめです。皆さん、ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」の劇中歌の「エーデルワイス」という曲をきっとご存知だろうと思います。私が言うまでもなく、主役のジュリー・アンドリュースの歌声が数々のドラマを生み出して行く、激動のオーストリア近代史を背景にザルツブルクの街並みやアルプスの山々が美しい、映画史にその名を刻む名作です。その中で何度か出てくるこの曲。「エーデルワイス」。私も音楽の教科書に載っていたので子供の頃に歌って以来よく覚えています(歌詞には何種類も異同がありますので、ここでは触れません。どれも「正解」ですからお互いどんな歌詞で習ったか話してみると面白いと思います。合唱する時だけどれか一つに合わせる事をお忘れなく!」

【エーデルワイス】作曲リチャード・ロジャース

この「エーデルワイス」とは可憐な白い花を咲かせる高山植物です。和名は「セイヨウウスユキソウ」というそうです。ちなみにスロヴェニア語ではplanika(プラニーカ)といい、私のスロヴェニア音楽ユニットには「アンサンブル・プラニーカ」という名前をつけました。スロヴェニアの伝説によると、最初のエーデルワイスが生まれたのはスロヴェニアで、そこからヨーロッパ中に広がっていったというのがあります。それはまたいずれ他の機会に。

写真で見るとなるほど可愛い花ですが、実物を見るとなんとも小さくて地味な花(個人の感想です)やはり2000メートル以上の高山に自生する植物だけに、草丈も短く過酷な環境に負けないようになっているのですね。以前私も頂き物の鉢植えを所有していましたが、暑過ぎて東京の夏を越すことができませんでした。やはり植生が違い過ぎたのでしょうね。

【我が家のエーデルワイスたち。ネクタイ、サスペンダー、バッヂ数個。ジャケットの背中に加賀紋の様に刺繍が縫い取ってあったり。果てはアルプスの民俗楽器「シュタイリッシュハーモニカ」の装飾にまで!まさにシンボルフラワーの面目躍如です(全て安西はぢめ蔵)】

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さてこのミュージカル曲「エーデルワイス」、ラスト近くにトラップ大佐がアンシュルス(1938年3月に成立したナチスドイツによるオーストリア併合・末尾参照)で崩壊して行く祖国オーストリアへ万感の思いを込めて歌い始めると、聴衆も合唱で続くという場面があります。歌詞も"Edelweiss, edelweiss, bless my homeland forever! " と締めくくってあり「エーデルワイスよ、祖国を永遠に祝福しておくれ」といったところでしょうか。思い入れたっぷりの大合唱で劇場が包まれる感動のシーンですから、それを記憶に留めている方が多いのも無理はありません。

が、しかし!忘れてはいけないのは、これがアメリカ映画だということです。ジュリー・アンドリュースはイギリス人。クリストファー・プラマーもオーストリア人ではありません。作曲のリチャード・ロジャースも作詞のオスカー・ハマースタイン2世もアメリカ人!そして歌詞もセリフも全部英語!!

いくら実話がベースとはいえ、オーストリア人にはピンと来ないという事が何となくお分かりいただけますでしょうか(良い作品だとは思いますが)

そんな事をキチンと考えるどころか、その背景を深く知らなかった十数年前、オーストリア関連の集まりで軽率にも弾いてしまったことがあります。いやー、赤面。冷汗三斗。今だったらそんな事する自分を後ろから羽交い締めにして楽屋へ連れ戻しに行きたい気持ちです。皆さん大人だったので、大事に至らず、何度かそんな「過ち」を繰り返しました。場合により、特に文化歴史については知らないということでお相手を不快にさせたり傷付けたりする事もありますから、それ自体が恥ずべきことだと思いました(この件に関しては、オーストリアが舞台の映画なのは間違いのない事実ですし、とても有名な曲ですから敢えてプログラムに入れる事を全否定はしませんが、ここに書いたような事象をキチンと知らず、無自覚に演ってしまっていたことが宜しくないという意味で当時の自分に飛び蹴りを喰らわせたいという、この気持ちが伝わりますでしょうか。もうそれはそれはたっぷり助走つけて飛び蹴りしたいです。「もっとしっかり勉強しろ!」と)

そんなある時期、私はオーストリア西部、チロル州の州都インスブルック出身の方にドイツ語を学び始めました。普段とても優しい方なのですが、ある時私が例の「エーデルワイス」について触れてしまった途端「あれはアメリカじゃないですか」と一刀の元に切り捨てられて、ちょっと気まずくなってしまいました。先生あの時はごめんなさい。トンチンカンな設定の、日本が舞台のハリウッド映画の話を引き合いに出したようなもんですよね。私もああいうツッコミどころだらけの「はい〜」とお辞儀ばかりして、畳の上を下駄で歩くような作品が大の苦手なのに。本当にごめんなさい。

【スロヴェニアは最初のエーデルワイスが生まれたという伝説がある国。オーストリアとは隣同士で歴史的にも所縁が深く、民芸品にもプラニーカ(エーデルワイス)のモチーフは良く使われます。Jožko Rutar作 “Srce” (ハート)安西はぢめ蔵】

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後に、この映画はオーストリアの国民感情を分断するような生々しいトピックを扱っていて、賛否が別れてザルツブルクで観光客向けの上映しかされていなかったという話しを伝え聞くに及んで余計複雑な気持ちになります。なるほど、当時は飛ぶ鳥を落とす勢いのナチスに祖国復興を託して積極的に協力を惜しまなかった人たちも少なからずいたと聞くに考え込んでしまいます。しかも原作、つまりは実在の人物像とかけ離れていて、トラップ家の皆さんも大変驚いたという話しです(実際はマリアが癇癪持ちで、トラップ大佐が器の大きい優しい人物だったらしいです。これを聞いた時にはさすがに驚きましたねぇ!)

そんな訳で挿入曲「エーデルワイス」自体は間違いなく名曲、良い曲、心に残る曲ですが、オーストリアの人々にそれほど響いていない曲である場合が多いという事を、私の失敗から頭のどこかにしまっておいていただけたらと思う次第です。

最後になりましたが、私が断然お勧めしたいのは1956年、西ドイツの映画 "Die Trapp-Famille"(邦題「菩提樹」)です。これは同じ原作本を下敷きにしつつも、ミュージカル版・映画版両方の「サウンド・オブ・ミュージック」に先行する作品で、舞台も言葉も仕草・振る舞いも衣装も音楽も、全てが「ちゃんとヨーロッパ」しています。邦題でいまいちピンと来ないかと思いますが、同じストーリーなのでぜひ一度ご覧になって「ハマって」もらえたら「してやったり」という感じで嬉しいです。笑

そうはいうものの、その後様々なオーストリア音楽のお勉強をさせてもらって、レパートリーを増やして来た身から改めて聴いたり弾いてみると、音楽を担当した作曲のリチャード・ロジャース(ロシア系ユダヤ人にルーツを持つ米国人)が確かにすごいなと思うのは、曲調をことさら民謡などに寄せている訳ではないのですが、ちゃんと「それらしく」聴こえていているものがあって、それがキチンと観衆に受け入れられているということでしょうか。それは劇中にトラップ大佐邸内で行われるダンスパーティーのシーンで流れるレントラー(三拍子の舞曲・メロディは時々「ひとりぼっちの羊飼い」のモチーフが見え隠れするのでオリジナルと思われる)の出来栄えを聴くと、とても良く分かります。何の先入観もなく見たら「オーストリアのフォークダンスの曲」だと、多くの人はきっと何の疑問もなく自然と受け入れていることから分かります(それにしても、リチャード・ロジャースが担当した「アメリカ以外が舞台」のミュージカル作品「王様と私」もタイ王国では不敬罪のため上演・上映できない作品なので、商業作品ってのはもしかしたら、あちこち伸ばしたりカットしたりで、きっと物語の舞台以外で人気が出るように出来てるんだよなぁという考えが頭の中をチラッと通っていきました)

ともかくも、名曲「エーデルワイス」はそんな職人芸の賜物だった訳ですね。こんな与太話と共にレパートリーに加えたり、久しぶりに思い出した方は聴いてみるのはいかがでしょうか。大人になってヨーロッパに少し関わるようになってからの目で改めて見ると確かにあちこちおかしいけれども、間違いなく良い作品だと思います。それはホント、心から思います。

ボタンアコーディオン安西はぢめ

考【独墺合邦・アンシュルス】

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