見出し画像

リクエストは油断ならない

「アコーディオンの音色は人を幸せにする」安西はぢめです。長年飲食店などで演奏する機会をたくさん頂いて来た私ですが、時々頂くリクエストと、それをそのまま受け取って演奏することについて、あまり賛同できないので、そのことを記しておこうと思います。確かにケースバイケースで「余白」がある問題ではありますが、皆さんはどう思われますか?

「ねぇ、この人の○○の曲何か弾いてよ」

皆さんはこの○○の中にどんな言葉が入ると思いますか?正解は「くに」です。例えば、貴方のお連れ様がアメリカ人だったとしましょう、接待の最中に「彼のためになんかアメリカの曲弾いてよ」とリクエストする確率は何パーセントくらいありますか?もし、このようなリクエストをされたら私の中では状況を判断して「弾くべきか」「弾かないべきか」、脳内で素早い分析対応が始まります。長く住んでいる人なのか、旅行で初めて来た人なのか、お連れ様(日本人)がどのくらい酔っているのか、大真面目な主張なのかちょっと冗談交じりなのか、ゲストの方の反応は…などです。そして私自身も日本に来ている「ホンモノ」を前にして、その方の国のどんな曲を弾けるのか、また弾くべきかどうか…「どうせ弾くならちょっと唸らせる曲を弾いてみたいな」などと芸人としての「勝負」が始まって頭フル回転です。

それはさておき、このリクエストに対して個人的な見解として、基本的に答えは「No」です。その理由は世界各地の様々な歴史上のいざこざ(もちろん進行中の案件もありますし、国として承認されていない地域からいらしている人の場合もありますし「政治と宗教は社交の場ではNG」という原則を思い出すとなかなかスリリングなチョイスを迫られるということもあります。それ以外に、実はもっと具体的な理由もあります。自身の海外経験からお話ししましょう。遡って二十数年前、上海の名門老舗ホテル和平飯店の上のレストランに行った時のこと。揚琴、二胡、笛子(洞簫)と言う3人編成の民族楽器のトリオが入っていました。その時は上海音楽院の関係者たちとの会食で、伝説の笛の巨匠陳重先生もいらっしゃいました(なぜ私が中国音楽との接点があるのかは他の記事に譲るため、今回詳細は割愛します)上海には江南絲竹楽(こうなんしちくがく)という優美流麗な音楽があります。上海や浙江省一帯で行われている地方音楽の一種なのですが、先ずは有名な演奏家による伝統的な演奏をお聴きください。

私はこのジャンルの中国音楽が大好きで若い頃は随分没頭していました。さて、その本場で、国家最高級のホテルの最上階レストランにおり、折しも時間が早く客は我々1組のみの貸切状態。音楽の生ける伝説と同じ卓で美味しい中華料理に舌鼓を打つ。背後には生演奏の江南絲竹楽が流れている、夢のような時間でした。が、突然「は〜るを愛するひぃとおは〜」という耳慣れた「四季の歌」のメロディが耳に飛び込んで来たのです。何事かと振り返ると楽団の面々がにこやかに「日本の皆さまようこそ!」という表情で演奏してくれているではありませんか。先方のご好意に、こちらとしてもにこやかに会釈拍手して細やかながら日中友好のエールを交換するのがエチケットというものです。日中笑顔の交換会が終わって卓に向き直り、陳先生のお話しに耳を傾けたりあれこれ質問したりしていたところ、今度は「しぃらかば〜〜〜 あおぞぉら」という歌い出しが印象的な「北国の春」が始まったでは無いですか。振り返ると「あなた方もご存知の曲ですよね?」とにこやかな笑顔。こちらもにこやかに会釈で対応。これらの曲は72年の国交回復前後に中国語訳されたものが何か集まりがある度に日中両語で良く歌われたので、我々以上の世代を中心に中国でも多くの方々に「日本の歌」として知られているのでした。その頃中国の歌として和訳されて紹介されていた曲に「草原情歌」などがあります。さて、ちょっとずっこけつつも楽団に背を向けて会話に戻って程なく一曲終わると、これまた聴き慣れたイントロが…「そーらーをこーえてー ラララ ほーしーのかーなたー」「鉄腕アトム」の主題歌が始まったではないですか!もう椅子から転がり落ちそうになりました。「頼む!もう良い、友好精神は伝わったから、さっきみたいに本場の中国民間音楽を聴かせておくれ!!」という私の願いも虚しく谷村新司さんの「昴」や演奏者によるオリジナル編曲の揚琴独奏「さくら変奏曲」(曲のサイズがどうもよく分かってなかったみたいで、何度もグルグルしちゃってなかなか終われずにハラハラさせられました)などが続き、すっかりグッタリ脱力してしまったのでした。

もう聡明な皆さんはお分かりですね。「外国に来たのに、わざわざ自分の国の曲を聴く必要はない」のではないかと思う次第なのです。オーストリアへ行った時や、アメリカへ行った時なども似た出来事に遭遇し愛想笑いと苦笑いをして来ました。少しの想像力があれば、それで解決する話しではあると思います。

「思い出の曲だから」とか何か必然性があればもちろん構わないと思いますが、経験上あまり良い結果を残せた事がありません。私の演奏力の問題だけとは思えない出来事の数々を目撃して来たナマの声です。

頼まれても(酒席で)国歌を弾かないワケ

「国歌を弾いてくれ」も時々あるリクエストです。けれども、これこそ相手とその国をリスペクトしているようで国歌の厳格な扱いが念頭にない人が悪気なくして来る「油断ならないリクエスト」の横綱です。仮にも国歌を弾き始めると、世界的には、子供の頃から起立直立不動や敬礼が習慣になっている人が多くて、食べかけだろうが飲みかけだろうが真顔になって最優先で立ち上がりますし、朗々と歌い始めることも多いのでその場の空気(他のテーブルを含めたお店全体の雰囲気)が完全に変わってしまいますし、終わってワラワラと着席する時のなんとも言えないシラけたムードは取り返すのがなかなか難しいです。強いて国歌をということならば思いつきではなく「貸切の会場で」「宴席の冒頭」「酒類の提供前」など、先方に礼を尽くした方が間違いないと思います。もし私が外国で招かれた宴会の初めに「君が代斉唱。ご起立ください」と言われたら「この後、お酒飲んで大丈夫かな?」と思いそうなので極力国歌は避けますね。

ある時、酔っぱらった日本の方からゲスト方の国の国歌(世界的に有名な曲ではあります)がリクエストされた時に、主賓であるその国の方から「この曲は内容的に賛否が分かれる曲で、しかもこの場に相応しくないから弾かないで欲しい」と止められるという出来事がありました。外国の国歌には想定している敵国があったり、歴史上有名な戦いがモチーフになっている生々しい歌詞を伴うものも数多くあるので、とにかくシンプルに「国歌は色々と難しいんだな」とだけ覚えていていただければ間違いないと思います。

おまけ・例外

因みにスロヴェニア共和国の国歌は「Zdravljica(祝杯)」というタイトルで、国民詩人France Prešeren(フランツェ プレシェレン)の8連からなる詩”Zdravljica”(祝盃)の第7連から取られました。「光溢れる、世の平和に尽力する善き者は、神の栄光に預かり、全ての人々が自由に解き放たれた時、隣人は皆佳き朋となるであろう」的な平和な内容です(意訳)。そして真夜中にベロンベロンに酔っ払いながら高らかに国歌を歌って乾杯したりもします。なので「スロヴェニア国歌弾いてくれ!」と頼まれたら安心して喜んで弾かせて頂きます!!

スロヴェニア共和国国歌「祝杯」

宜しかったら私のYouTubeチャンネルもどうぞご登録よろしくお願いします!

https://www.youtube.com/channel/UCRkcUuvh0_7kLY7ZLjzD4hA?view_as=subscriber

ハッピーアコーディオン安西はぢめ

画像1







いつも温かいサポートをどうもありがとうございます。お陰様で音楽活動を続けられます!