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笑顔に救われた話

今さらだけど
「#はたらいて笑顔になれた瞬間」のお題で書いてみようと思う。

何だかんだ言って、昔からどんな仕事だろうと私は常に笑顔を絶やさない
タイプの人間だとは思う。
というか、職歴の大半が接客業だからそうなって当然なんだけど。

だけど「笑顔…笑顔…笑顔でいなきゃ…」を必死に心がけていたかというと
そうでもない。
仕事云々抜きにして、そもそも私はいわゆる愛想は良い方で。
その上、のっけからホステスという究極の接客業…いわゆる「夜の世界」に
足を踏み入れてしまったもんだから、そりゃ「笑顔」とは切っても切れない
仲になってしまうのも当然っちゃ当然なわけだ。

夜の世界だろうと昼の世界だろうと、接客業で自分が笑顔でいる事で
お客さんの笑顔にも接する事が、私にとっては醍醐味であり、喜びでも
あるから、厳密に言うと「瞬間」どころか常に見た目は笑顔だ。
なので、「心」が笑顔になった瞬間、お客さんの笑顔で救われた時の事を
書きたいと思う。


その頃の私は、マタニティ用品から新生児用品、子供服、玩具に至るまで
子どもに関する物なら何でも揃える事が出来るそんなお店に勤めていた。
新規オープンする店舗のオープニングスタッフとして採用されて
関西初出店なので、他府県で一週間ほど出張研修にも参加した。
当時、母子家庭だわ、小学生の息子もいるわで、出張と言われましても…
な状況だったけれど「出張ってなんかカッコいいやん!」と私に似てお気楽
な息子に励まされ?祖母の助けも借りて、研修を無事終えてオープンの日を
迎えた。

スタッフの中で、店長と私とパートの女性、この3人だけが子持ちで育児
経験者。店長は男性なので、出産経験者は私とパートの女性のみ。
なので、必然的に私とこのパートの女性が、マタニティ用品と新生児用品の
売り場を担当する事になった。

出産経験者とは言え、2人共既に我が子は小学生。
自分達の頃には無かった便利グッズもいっぱいあれば、マタニティウェアや
下着だって、やたらおしゃれなのだ。
「私らの時、こんなん無かったよねぇ???」と経験者なのに何故か全てが
新鮮に思えた。
と、同時に全てが可愛い。全てが小さくて可愛い。ひよこさんやらうさぎ
さんだらけで、とにかく可愛い。自分の持ち場であるコーナーをうろついて
るだけで、ぐふっと変な笑いがこみあげて来るほどに。
そして、持ち場が持ち場だけに、来る人、来る人、みんな幸せそうに商品を
選ぶ姿を見てるだけで、自分まで幸せな気持ちになれる。

だけど、こっちも商売なんで。
初孫フィーバーで「今はこんなのも必要なのね?」と何もかも買う気満々の
「スポンサー」な両親同伴のお客さんには、個人的に「こんなん絶対いらん
やろ…」な商品でも笑顔で「すごく便利ですぅ」とお勧めし売り上げ貢献。
けど、若いご夫婦が雑誌や産院でもらった「出産用品リスト」を手にして
「これもいるのかな?無いとあかんのかなぁ?」などと悩んでる時は、本当
に必要な物とそうでない物、既にお家にある何かで代用出来る物もある事を
アドバイスする様にもしてた。

「これはここで買わずに100均で買いましょ♪お金勿体ない、勿体ない」も
普通に言ってたので、お客さんに「お店の人なのにそんな事言っていいん
ですか!?」と心配されたり、笑われる事も多かったけど。
それが功を奏して、生まれた赤ちゃんを見せに来てくれたり、同じ様に出産
を控えたお友達を連れて来てくれたりで、「損して得取れ方式」接客は
なかなかにやりがいがあった。

そんな感じで、可愛い手のひらサイズの靴下を見て癒されながらいつもの様
に持ち場をうろついてた金曜の午後、1人の女性がやって来て、メモを手に
して商品を選び始めた。

私は自分が買い物してる時は、お店の人にあれこれ話しかけられるのが
苦手なタイプなので、この時もすぐにお声掛けはせずにしばらく見守る事
にした。
けれど、このお店で働く中で何度も見てきた「どれを買えばいいか分からな
い」空気が漂って来たので「よろしければお手伝いしましょうか?」と声を
かけた。
女性は「あぁ…助かります…お願いします」と私のお声掛けを嫌がる事無く
事情を話し始めた。

女性は妊娠中期で見た目も少しお腹が目立ち始めたかな?な頃。
この日、病院の定期健診に行ったところ、急遽翌日から入院する事に
なり、慌てて入院に必要な物を揃えに来たと…
ご主人は出張中で夜にならないと帰って来れないし、お産はまだまだ先だと
思ってたから、入院準備もほぼ何もしてなくて…と教えてくれた。

これは…私自身は経験は無いけど、切迫流産の危険性があるという事では
ないのか?と思い、女性には売り場内のソファに座ってもらい、取りあえず
翌日からの入院に必要そうな物をカゴに大急ぎでピックアップして女性の元
に運び、簡単に説明しながら、サイズや色を女性に選んでもらったり
「それはもう少し多めに…」な物をまた取りに走ったりで、一通り必要な
物を用意する事が出来た。
そして、お会計もそのままソファで座ったまま待って頂いてお買い物を
無事に終える事が出来た。

本当なら、大きな紙袋ひとつに入る量のお買い物だったけれど、この女性が
自分で持って帰る事を考えると、二つに分けた方がバランス良く持てるなと
思ったので、荷物が嵩張ってしまう事をお詫びした。
このお店は、郊外の幹線道路沿いにあるお店でお客さんの大半は車で来る。
女性に確認したら、この女性も自分の車で来たと言う。
本来、このお店はお買い上げ頂いた商品を駐車場までお持ちしますなんて
サービスはしていない。だけど、この女性にここで「ありがとうございまし
たー」と、商品を渡して見送るなんて事は私には出来なかった。
なので、レジを打ってる間に店長に事情を話して「運んであげて。降りる時
に楽な体勢で出し入れ出来る様なとこに置いてあげて」と頼んだ。

基本的に愛想の良い私でも、この不安そうな女性を前にすると笑顔は消えて
真顔になってしまいそうになるのが自分でも分かった。
だけど、女性に接する時だけは必死に笑顔を見せた。
「赤ちゃん生まれたら会わせて下さいね!入院、頑張って下さいね!」
私が笑顔でそう言うと、女性も初めて笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます!頑張ります!」
とてもきれいな笑顔だった。


このお店は郊外にある大きなお店なので、土日はすごく混む。
駐車場は無料で、玩具の見本も置いて自由に遊べるし、お菓子やソフト
クリームなんかも売ってるので、さほど売り上げに繋がらないお客さんの
様な人達も大勢来るので混む。
笑顔で「いらっしゃいませ~」と言いつつも、走り回る子ども達を注意
しようともせず買い物に夢中な人達や、妊婦さんの為に置いてあるソファに座り居眠りをする男性達にイラッとしたりするのが土日の私。

そんな日曜の午後、朝からそれなりにご夫婦連れやご家族総出で出産用品
を買いに来られた方の接客も一段落して、ふと見渡すと新生児コーナーで
1人の男性があれこれ手に取っては、棚に戻し…を繰り返していた。
カゴは持ってるので、何かを買いに来てるのは間違い無いと思ったので
「良かったらお探ししましょうか?」とお声掛けしてみた。

すると男性に「50より小さいサイズってありませんか?」と聞かれた。
サイズ50でも生まれたての赤ちゃんには大きいから、そう思うのも
無理ないよねと思いつつ、50が一番小さいサイズである事を伝えた。
私は「そうなんですねー」という答えが返って来て、後は必要な物を
一緒に見て選んで…な、いつもの接客が始まる事しか考えてなかった。
けど、男性は「そっか…」と50の短肌着を手にしたまま黙り込んだ。

男性の表情は決して明るくはなくて。とても悲しそうな表情だった。
それまで、この売り場でそんな表情を浮かべるお客さんは見た事が無い。
その表情を見て私は何故だかその場から動けなくなり、男性が手にした
肌着を一緒に見つめる事しか出来なかった。

「赤ちゃん…ダメになっちゃって…すごく小さくて…これでも大きくて…
でも…見送らないといけないし…可愛くしてやりたいのに…」
男性は50の短肌着を手にして、それを見つめたままそう言った。
私の口からは「あ…」だったか「え…」だったのか、言葉とは言えない
単なる音しか出なかった。
私が絶句したせいで「なんかすみません…」と男性に謝られてしまった。

男性の雰囲気、そして年齢の感じで私は察してしまった。
金曜の…あの女性の旦那さんだ…と。

「こちらこそ申し訳ございません…」と私が謝ると
男性は「いや、そんな…」と、そこから話し始めてくれた。

安定期に入ってから、あれこれ準備しようと思ってたのに奥さんが急遽
入院してしまい、結局ダメだったと。
だから、赤ちゃんのお洋服も用意出来てない、奥さんもまだ入院中なので
自分が買い物に来るしかなかったと。
可愛い姿で見送りたかったけど、ここに来て実際に新生児用の肌着を
見ると、これでもまだ自分の子には大き過ぎる事を知ってしまい、どうして
いいか分からない…奥さんに、ここのお店に行けば全部揃うからと言われた
けど、どれもこれも大き過ぎて…あの子に合うサイズが無くて、可哀想すぎ
てどうしたらいいのか…と。

一言、一言、振り絞る様に話してくれてる男性を前に私は耐えた。
ひたすらに耐えた。ここで私が泣いてしまうと、この男性はもっと悲しく
なると思ったから、耐えに耐えた。私はプロだから。接客のプロだから。
ここで泣くわけにはいかないから耐えた。
私がこの男性に、このご夫婦に出来る事はただ一つ。
とびきり可愛い姿で赤ちゃんに旅立ってもらう事だけだと思った。

男性を安心させる為に、いくら新生児用でも、サイズが50でもどの赤ちゃん
にも大きい事を必死に伝えた。これで何がどう安心に繋がるのかは自分でも
よく分からなかったけど、何故か必死にそう説明してしまった。

そして、その後は普通にいつもの様に肌着とお洋服の違い、お宮参りにも
使えるドレスを退院の時に着せる人もいるし、ちょっとしたよそ行きの時に
着れる様なドレスを選ぶ人もいる事。
そんな事を説明して、赤ちゃんに似合うドレスを一緒に選ぶ事にした。
そうやって、あれこれ商品を一緒に見てる内に、男性が「可愛いなぁ」と
笑顔を見せてくれる様になった。自分で商品を手にして積極的にあれこれ
聞いてくれるようになった。

「あ…でも…この帽子じゃ大き過ぎるか…」と、悲しそうな表情になった時は
違うタイプの商品を持って来て「おねんねしてるから、ここをこう折って…
こうしてこうすれば、大丈夫です!」と着こなしテクニックを披露した。
すると、男性はまた「おぉ!そういう事か!」と笑顔になってくれた。
「これも可愛いけど、こっちも可愛いなぁ…あぁ…どうしよう」と笑顔で
悩む男性は、きっと、他の人から見ると不慣れながらも普通に新生児用の
お買い物をしてる新米お父さんしか見えなかったと思う。
私も事情を聞いたにもかかわらず、そうとしか見えなかった。
それぐらい、私と男性は和やかに選ぶ事が出来た。


最終的に男性は真っ白でとても可愛いデザインのドレスを選んだ。
お帽子も付いてるし、スタイも付いている。これで何の問題も無い。
赤ちゃんは間違いなく可愛くお空に旅立てる。
だけど…一瞬迷ったけれど、男性に聞いてみた。
「靴下とか…お靴は大丈夫ですか?」
別に売り上げが欲しいわけじゃない。そういうつもりは全く無い。
ただ…笑顔でお買い物をしてる男性を見てると、赤ちゃんがお空に行く前に
「よく似合ってるね」をもっと味わって欲しいと思ってしまったのだ。
「これ気に入ってくれるかなぁ」「似合うだろうなぁ」ではなくて。
ご夫婦で「似合ってるね」をもっともっと味わって欲しかった…
赤ちゃんがお空に行く前に「よく似合ってるよ、可愛いよ」をいっぱい
言って欲しいと思ったのだ…
このご夫婦にとって、それはもう今日のお買い物しかない。

迷いながら口にした私の言葉に男性は笑顔で「そうだ!いりますよね!」と
靴下とお靴も笑顔で選んでくれた。もう、サイズの事は気にしていない。
結局、その後は可愛いタオル地のおもちゃや赤ちゃん用のおやつも選ぶ事に
なった。
全てカゴに入れてレジに向かう時、男性は笑顔で言ってくれた。
「来た時はどうしようかと思ったけど…こんな可愛いのばっかりいっぱいで
見送る事が出来るなんて…ありがとうございます。あぁ…良かった…」
すごく穏やかで優しそうな笑顔でそう言ってくれた。

この日は日曜なのでレジはバイトの子達がやっている。
どんなお店にもありがちな事で、レジでは必ずポイントカードを作る様に
お客さんに言う様に教育されている。
だけど、この男性には…しばらくの間は必要無い。
バイトの子には小声でそっとポイントカードの事は言わなくていい事を
伝え、レジを任せ、私は商品の袋詰めをした。

本当なら…たとえほんの少しでも割引したいぐらいの気持ちだったけど
それが逆に失礼に当たる気もしたから、そんな指示も出さなかった。
ただ、私の気持ちが伝わればいいなと買って頂いたおもちゃだけは
ギフト包装して、レジの側にある別のお菓子をおまけに渡す事にした。
「これもお口の中ですぐ溶けて食べやすいから持たせてあげて下さいね」と
言うと、男性はとても喜んでくれた。


男性が選んだドレスや靴下を紙袋に入れる時、また涙が出そうになった。
毎日、毎日、あんなに可愛い、可愛いと癒されてた新生児用のドレスや
靴下…私だけじゃない、他のスタッフも、来るお客さん全てがあの売り場で
癒される。「えー?こんなに小さい!!可愛い~」と皆癒されてるのに。
それを見て「こんなに大きい」と悲しくなってしまう人がいるという事に
この日初めて気づいた自分のバカさ加減も情けなかった。
そして、「頑張ります」と言ったあの女性の美しい笑顔も思い浮かんで
心の中が色んな感情でいっぱいになって泣きそうになった。

そんな感情のまま男性に商品を渡し、奥様へのお見舞いや赤ちゃんへの言葉
を告げて、最後に「ありがとうございました」と心からのお礼を口にすると
男性は「こちらこそ、本当にありがとうございました。何の心配もなく送り
出す事が出来ます」と、とても良い笑顔で答えてくれた。

その笑顔を見た瞬間、私は救われた。
最初に売り場で見かけた時のあの悲しい表情は男性から消えていた。
私の心の中の色んな感情が「良かった…」という安堵一つにまとまった。
まとまったけど、エスカレーターに乗った男性の姿が見えなくなった時に
私の目から涙がこぼれ落ちた。


慌てて、その場を離れてバックヤードの控室に行くと店長が怪訝な顔で
「どうしたの?さっきの男性のお客さん?大丈夫?」と聞いてきた。
あの男性は、金曜に車まで商品を持って行ってもらった女性の旦那さんで
残念な事になった事、自分のお財布取りに行ってる場合じゃなかったから
気持ちで渡したお菓子の清算は今からする事を伝えた。
「さらさん…僕には厳しいのに、そういうとこ優しいよね…いいよ。
お菓子のお金は清算しなくていいよ。そんなのいいよ…ありがとう」と
何となく一言多い店長の言葉で私の涙はすっかり止まった。
私の涙はすっかり止まったというのに、今度は店長が涙ぐんでいた…

このご夫婦が笑顔でまたお買い物に来てくれると良いな…
その時は私も笑顔でお買い物のお手伝いをしたいなと思ったけれど
ご夫婦に会える事は無かった。
結局、お店はオープンして1年経つか経たないかで閉店したからだ。


最初にも書いたけど、私は仕事をしている時は基本は常に笑顔だ。
なので、ある意味「#はたらいて笑顔になれた瞬間」しかないとも言える。
だけど、心が笑顔になれた瞬間、特に心に残る程のそんな瞬間は数える程
しかない。このお店が閉店した後、私は「販売」としての接客業に就く事は
無くなり、違う形での接客の仕事ばかりになったけど、このご夫婦の事は
20年経った今でも忘れられない。


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