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今年観た映画ベスト【2021年】

 今年はそんなに映画を観なかった気がする。
 以下は、今年観た映画ベストです。順位とかはない。

私は、ダニエル・ブレイク

 I, Daniel Blake(2016)
 公開当時はそんなに注目していなかった。タイトルは知っていたけれど、どんな映画か全然知らなかった。結局映画館には観に行かなかった。こんなに素晴らしい映画だとは思わなかった。
 シングルマザーの主人公が役所に遅れたために給付金がもらえなくて、途方に暮れているところに、同じく役所の形式的な対応のせいで苦しんでいるダニエル・ブレイクと出会う。お互いに助け合いながら絆が生まれる。それに対して役所の形式的な感情のない対応に憤慨する。人間味のない冷たい対応に対する怒りを描いている。そしてそれが現実であるということを視聴者に訴えている。いい加減な男に引っかかってシングルマザーをやっているのは自分のせいじゃないかと世間は冷たい目を向ける。役所の人間は真面目に学校も出て働いて今の地位や財産を手に入れたのだ。そんな努力もしてこなかったやつに救いの手なんて差し伸べないぜという学歴マウントみたいなものをとってくる。確かに、それも一理あるというかわかる。でもあまりにも対応が冷たすぎる。相手の話を聞こうともしない。貧富の差というか資本主義の闇みたいなのが描かれている。
 一つ一つのエピソードがつらすぎたり、その反動で余計にダニエルの優しさを感じられたりして苦しい。子どもたちに食べさせるために自分はほとんど食事を採れない主人公が、フードバンクの配給品をもらいに行くシーンで、その場で無意識のうちに食べてしまって周りから白い目で見られるところは何より苦しい。主人公は泣きながらそんな自分はなんてみじめなんだと言うけれど、それは自分のせいだけじゃない。主人公は生理用品が買えなくて盗んでしまう。あまりにも悲しい。それに同情してか、店のオーナーも盗みを見逃してくれて、しかも働き口を紹介してくれるという。といっても売春なんだけど、それでもいい、そうしないと生活ができない。助けてくれるはずの役所は、規則ですからと規則に則った対応しかしない。
 貧困は映画の舞台になっているイギリスだけじゃなくて世界中で問題になっているはずで、それを助けるための社会保障制度が彼女たちを苦しめている。自分はたまたま恵まれた家庭に生まれて、恵まれた時代に生まれた、恵まれた環境で育っただけかもしれない。自分が主人公側にならなかったという人生の保証はない。社会情勢によっては急に失業者になることだってあるかもしれない。自分が同じ対応をされたらどうだろうか。ぬくぬくと暮らしているやつらにはそんなことはわからない、ということを言いたい映画なのだろう。
 この映画の良い点は単に世間の冷たさを描くんじゃなくて、身近な人々の優しさあたたかさを描いたことで対比を見せつけた点だった。貧困で苦しんでも人間の尊厳を失わなかったダニエル・ブレイクの存在を忘れてはならない。

グラン・プリ

 Grand Prix(1966)
 F1を題材にした映画になんて興味がなかった。F1はかれこれ15年以上見続けているけど、その魅力を映画で伝えるのは難しいと思っていた。しかも66年の映画だ。その時代のF1の映像はテレビ中継の荒っぽいものしか見たことがなかったしその時代には実際のその時代のヒーローたちがいたのだ。現実を超えられるはずはない。そんなふうに思っていた。それなりに評価はされているようでそれなりな映画だろうと思って観た。それがこんなに名作だとは想像もできなかった。
 60年代の荒々しいマシンたち、それが走っている。きれいなフィルムで。記録で見る荒っぽい映像じゃなくて映画のフィルムで。それだけで興奮した。あの当時はまだまだ危険で今のマシンがいかに安全かがわかる。それが相当なスピードで走っている。しかも実際のサーキットを。モナコのレイアウトは今とほとんど変わらない。でも看板や景色はもちろん違うのでそれもおもしろい。当時はガードレールも今ほどしっかりしていないことがわかる。もちろんタイヤバリアなんてない。モナコで海に落ちるドライバーがいて、昔アスカリが落ちたことがあったことを彷彿とさせるシーン。そのアスカリの事故も文字でしか知らないから、実際にはどんな感じかわからなかった。当時のモナコがそうなってたんだ、それなら落ちることもあるわなって理解ができる。
 映像も想像以上の迫力で、それもこの映画の魅力だった。マシンのクラッシュシーンが結構派手だった。そしてなにより車載カメラ。実際のF1にオンボードカメラが載ったのは80年代後半だったと思うけれど、映像はぶれぶれでしかもカメラも重たかった。それに対してこの映画の映像がいかにクリアなことか。当時の技術でどうやって撮ったのか謎すぎる。すごすぎる。車載映像用にカメラ台をNASAと共同開発したらしい。とにかくその迫力に驚く。60年代だと思えない。車にカメラを載せてカーチェイスシーンを初めて撮ったと言われるフレンチ・コネクションの5年前だ。車のシーンは60年代なんてまだまだスタジオで撮るのが主流だったと思う(たぶん)。その時代にあの映像は感動しかない。駅馬車やベン・ハー以来の感動だ。
 この映画の魅力はまだある。何よりストーリーだ。主役の4人がそれぞれ個性的で、その4人がシーズン通してチャンピオンを争うのが熱すぎる。そんなシーズンは実際にはありえない。そういう映画だからこそのありえないシナリオが魅力。最後までわからない。一体誰がチャンピオンになるんだって。ベテランのフェラーリのエースか、新進気鋭のフェラーリの若手か、亡き兄の影を追うBRMの若手か、日本のヤムラ(三船敏郎)のチームに移籍した主人公か。そしてそれぞれを取り囲む人間模様。恋人、妻、愛人、兄との関係、チームとの関係等、レース外のシーンがよりレースを面白くさせる。現実のF1と同じに。映画の中には実際のレーサーたちが端役で出ていて、グラハムが動いている! って感動もあるけれど、そんな現役のドライバーたちはあくまで端役でレースでは名前しか出てこない。それはそれでよかった。役者じゃないのに、主役を食っては微妙な映画になってしまうかもしれない。映画の中のヒーローと現実のヒーローは違うのだ。
 そして最終戦の劇的な結末。なんとなくそうなるんだろうなって予測はできるけど、劇的な結末なのだ。それも含めてF1なのだ。スピードに魂を売った男たちの命がけのたたかいなのだ。
 なんで今まで観なかったんだって後悔した映画。名作すぎた。

セント・オブ・ウーマン 夢の香り

 Scent of a Woman(1992)
 史上最高のアル・パチーノだった。
 若い頃の絶対人殺しているだろってアル・パチーノ。歳とってからのひねくれ爺さんみたいなアル・パチーノ。ではないその中間地点のめんどくさいひねくれ中年を演じていた時代のアル・パチーノだった。盲目の退役軍人で家族からは厄介者扱いされている。俺はこんなに偉かったんだぞと過去の栄光にすがりついて威厳を振りまくめんどくさいおっちゃんだった。でも盲目の演技うますぎるし、めんどくさいおやじの演技がうますぎる。迫力がすごい。そんなフランク(アル・パチーノ)の身の回りの世話をアルバイトですることになった主人公の高校生チャーリー(クリス・オドネル)との絆の物語。二人のやり取りがとても面白い。だんだん仲良くなっていくのが微笑ましい。基本的に誰からも嫌われているこのおやじに対して主人公の心優しい青年だけは味方でいようとする。おっちゃん側としてもとても心強いと思う。自殺するつもりのフランクを必死に止めようとするチャーリーという胸を打つシーン。アル・パチーノの迫力に対して堂々たる演技のクリス・オドネルもよかった。
 終盤、フランクがスピーチするシーンがやはりこの映画は印象的で、かっこよくて映画の中でも大喝采。あのシーンは感動的なんだけれど、それはそれまでの二人の絆が描かれてきたから余計に感動を生む。今度は味方がいなかったのはチャーリーの方で、彼の味方として現れる。その関係性。現実的ではないから感動するのかもしれない。
 アル・パチーノの代表作といえばもっと血なまぐさいものが挙げられると思うが、この作品はもっと知名度が高くてもいいと思った。もちろんアカデミー主演男優賞とっているから代表作なんだろうけれど、第一に名が挙がる作品ではないことは確かだ。名作をありがとう。

プレイス・イン・ザ・ハート

 Places in the Heart(1984)
 たまっている録画を消化しようと、全然何も期待しないで観たら名作だった。観終わってから調べたら監督はあの『白いカラス』の監督だった。僕が世界で一番好きな映画と言っても過言ではない『白いカラス』の。代表作はたぶん『クレイマー・クレイマー』だけど。
 アメリカの田舎町の話である。それだけで興奮する。今でもアメリカの田舎町はあんな感じなのかしら。途中、ハリケーンが来て、街を破壊していくけど、そんなにもろくて大丈夫かと心配になった。ハリケーンが来ることを想定してもっと頑丈な家を作ったほうがいいんじゃないかと思った。それだけハリケーンが驚異的だっただけか。
 物語としては、父親が事故で亡くなってしまい、母親が一人で子供育てないといけないどうしようと奮闘する話。それまで働いたことなんてない。住むところは必要だ。子供たちも育てないといけない。家のローンも払わないといけない。いじわるな銀行員が訪ねてくる。ちょっと待ってもらっていいですかどうしようどうしよう。ある日やってきた流れの黒人男性をかばったおかげで、彼がお宅の畑で綿花が栽培できるからそれで生計を立てればいいと言う助言に従い奮闘する。その年一番最初に収穫したものは賞金がもらえる。それでなんとか家を売らずに済む。綿花の栽培なんてしたことないしと不安で悪戦苦闘する。やってみるしかない。これしかない。たくましい主人公がかっこいい。そしてみんなの絆が生まれて賞金を手にしてハッピーエンド。ハッピーエンドか? 旦那死んでるんやぞ(そんなこと言ったら物語がはじまらないけど)。
 この映画は、たくましく生きる(生きざるをえない)主人公の姿を描いていてそれは主題のひとつではあるけれど、単にそれだけじゃない。大きなテーマとして黒人に対する感情が描かれている。
 映画の舞台は1930年代。保安官である旦那は、ある日、銃を持ったまま酔っ払った黒人男性がいるからと出かけていく。黒人男性は顔見知りでよく知っているのでなだめようとする。向こうにそんなつもりはなかったけれど、はずみで銃弾は発射され、旦那は亡き者になる。主人公の家に盗みに入った流れの黒人男性を保安官が捕まえて家につれてくるが、主人公は、彼は家で雇った人ですと男をかばう。その男の助言で家を売らなくて済んだのだ。黒人に旦那を殺されたのに、流れの黒人男性に対する主人公の優しさ。でもその認識が本当は間違っていて、黒人であるとかそういうことは関係がないのだ。もちろんそんな時代背景じゃないから主人公は立派、てなる。映画の終盤、主人公が賞金を得たことが気に入らない人たちがKKKの扮装をして主人公の恩人に暴力を振るう。私はここにはいられないと別れを告げる。心無い人々との対比がより主人公の心の暖かさを際立たせる。
 そしてこの映画では、黒人だけでなく、ほかにも社会的弱者に対する優しさが描かれる。取り立てに来る銀行員が、戦争で失明した義理の弟を住まわせてその家賃収入を得てはどうかと一見優しさと思える提案をする。もちろん厄介事を押し付けようとしているという魂胆。それで少しでも返済ができるならwin-winでしょうと。主人公に選択肢はないようなものだ。それを受け入れて、居候が増える。もちろんその人のための食事やらなにやらが増えるはずである。しかも物静かで何考えているかわからない。子供たちも心配。心労は増える。そんな彼にだって主人公は優しいし、みんなで一致団結して綿を収穫して絆が生まれる。
 主人公だってシングルマザーになってしまって、大変だしそれに付け入ろうとする銀行員がいたりで社会的弱者であろうが、強く生きていくのだ。そんな主人公をよそに親戚や同じ街の付き合いのある同年代の人々は不倫をしたり、家族で都会に引っ越すことにしたりと、ここでも対比が描かれる。あんたはえらい、って人々が褒めてくるわけもない。そんなことを望んでいるわけでもない。世間は憐憫の目を向けるだけだ。
 主演のサリー・フィールドは本作で2度目のアカデミー主演女優賞を受賞。他のキャストとしては、エド・ハリスやジョン・マルコヴィッチという僕の好きな役者が出ている。『白いカラス』にもエド・ハリスは出ている。
 そして僕は、こういう苦しんでいる人が立ち上がっていく、戦っていく作品が好きなんだと気づく。『私は、ダニエル・ブレイク』もそうだった。『セント・オブ・ウーマン』もアル・パチーノは盲目だった。そういうハンデを背負いながら、逆境に立ち向かっていく様はかっこいい。僕は打ちひしがれてしまうから立ち向かえるのは羨ましいのかもしれない。なにくそと思ってもなにもできないで朽ち果てるのが大半の人生だから惹かれるのだろう。

127時間

 127 Hours(2010)
『28日後…』の監督の作品だから名作に決まっているのに、全然この映画の存在を知らなかった。今年観た映画の中でもダントツでよかった。
 まず、主人公がスパイダーマンのライバルの名前が出てこないあの人……つまり、ジェームズ・フランコなんだけど、メインキャストは以上である。というすでに異常な映画。ほぼ一人芝居。一応他にも人間は出てくるけれど少ししか出てこない。映画の8割ぐらいは一人での芝居。観終わったあとの体感では95%ぐらい。僕はキャストの少ない映画はわりと好きで、『28日後…』も大半は主人公たち4人で物語が進む(ゾンビはともかく)。後半はいっぱい出てくるけど、前半の心細い感じがあらわれているし、ウイルスの脅威も感じられるし、なにより登場人物が少ないと、ひとりひとりにより注目して観ることができる。役者の演技もそうだけど、その登場人物のキャラクターを深く掘り下げることができる。『28日後…』以外だと、『エターナル・サンシャイン』とか『エクス・マキナ』とか。あとは、登場人物はもう少し多いけれど閉じられた空間で展開する『11人の怒れる男』とか『アイデンティティ』とかも好き。
『127時間』の話に戻るけど、主人公は岩の間を冒険する青年だった。ググるとキャニオニングというらしいが、グランドキャニオンみたいなああいう渓谷を降りていく競技らしい。ともかく主人公はいつものように岩と岩の間を降りていこうとした。ところが、滑って落ちてしまう。彼は助かったけれど、一緒に落ちた岩と壁の間に右手を挟まれてしまっていた。そこから127時間。という映画。
 なんとか腕を引き抜こうとするけれど岩はびくともしない。叫んでも声は届かない。かばんからナイフを取り出して岩を削ろうとするけれど全然削れない。食事も水分も限られている。その水分は、手を滑らせて水筒の中の水をこぼしてしまった。ハハハハって乾いた笑いを漏らすけど、その後すごくショックを受けた顔になって、どうしようと不安になる。そういうときに笑いをこぼすのは凄くリアルだった。でもまだ、マジかよって思う体力や気力が残っているからそうなるのだ。はじめはまともでいられたけれど、だんだん体力も消耗してくるし幻覚も見えてくるし、絶望を感じ始める。映画の冒頭の楽しそうな表情と絶望の表情の2つの顔をジェームズ・フランコは見せてくれて、その表情の変化こそ人間の持つものだよなぁとどこか僕は感心した。楽しかった数時間前に戻りたいと思っても戻ることはできない。水分はこぼしてしまったから、自分のおしっこを飲むしかない。それしか生きられない。腕を切り落とすしかないけれど、ナイフは切れ味が悪い。そしてビデオにメッセージを残してあきらめ始めた。でもまだ生きている。次に目が覚めたときに、腕を切ろうにも骨があることに気づく。なので、皮膚と筋肉をある程度傷つけて、骨は無理やり折るしかない。そうやって無理やり引きちぎる以外にはもう死しかなかった。そしてこのシーンが、とても痛い。視覚的に。音的に。にくい演出をしてくる。劇場では失神する人もいたらしい。それほど衝撃的な映像だった。すごい。グロい戦争映画やホラー映画よりショッキングな映像だと思う。一見の価値あり。
 ジェームズ・フランコもとてもよかったし、これが実話をもとにしているという衝撃もこの映画を魅力的にしている。そして出かけるときはどこに行くか誰かに伝えるようにとメッセージを添えて映画は終わる。あまりにもすごい映画だったので、思わす立ち上がって拍手した。死ぬまでに観るべき21世紀の映画ベスト10(?)に入る映画だと思った。

 来年は127本ぐらい映画が観たい。

もっと本が読みたい。