偽物の僕。

僕は人前で笑わない。
僕は偽物だからだ。

僕は僕が4歳の時に死んだ父親によく似ている。
顔も、大人になって低くなった声も、背丈も。
「あの子が生きているみたい」
中3の時、久しぶりに会ったばあちゃんがそう言って、僕の前で泣いた。

その姿を母さんは睨みつけるように見ていた。

どうやら母さんは僕のことが嫌いらしい。
父さんが死んだ時、僕は母さんを元気づけようとできる限り笑って過ごしていた。

「偽物なんだから笑わないでよ、悲しくなる。」

そのときから、僕は笑うことを、やめた。


高校を卒業したら就職してひとり暮らしを始める。
その日をまだかまだかと待ちわびている。
こんな町もあんな家も早く自分の世界から消して、記憶の中に誰も連れて行かずに新しい自分を生きたい。それまであと2ヶ月の辛抱だ。

そんなある日の放課後。帰ろうとする僕に、話したことのない女子が話しかけてきた。

「ねえねえ、君笑ったことある?」
「知らない」
「君が知らないなら誰も知らないね」
「そうだね」

会話と言うにはほど遠いやりとりは学校前にある横断歩道まで続いた。

「私、君の笑顔が見てみたいんだけど」
「なんで」
「きっと素敵だから。でもいい。卒業式までの目標にすることにした」

初めて喋るのに馴れ馴れしい。それに、なんのために?と思ったが、無視して帰った。

それから次の日もその次の日も、毎日放課後の会話にならないやりとりは続いた。

「今日の担任、髪の分け目逆だったね」
「ふーん」
「君は髪の毛にこだわりある?」
「知らない」
「私は前髪を眉毛と目の間の長さに保つようにしてるの」
「ふーん」

ついに1ヶ月経った時、耐えきれず聞いてみた。

「ねえ、なんなの?つまらなくないの?」
「うん、つまんない。でもおもしろい!」
「どっち?」
「君の答えはつまらない。でも君と一緒に帰るのはおもしろい」
「なんで」
「君のことがだんだんわかってきたから」
「は?」
「リュックの紐は右がやや下がってて、歩く時は右手だけポッケに入れる。あとね、首の後ろに少し大きい黒子があるよね。それと…別れた後、背中から元気がなくなる。帰るの嫌なの?」
「別に」
「わかった、家にお化けいるんでしょ。怖いよねお化け」
「お化けはいないよ。」
「あ!今お化けが家にいないってこともわかった!」

なんか馬鹿らしくなって、少し笑った。

「やだ!目標達成じゃん!」
「知らないよ」
「お祝いしよ!」

そう言って彼女は僕の手を掴んで自販機の前まで行くと、私のお祝いだからと僕にナタデココドリンクを要求した。
なぜかわからないけど僕がナタデココドリンクとブラックコーヒーを購入して、2人で乾杯をした。

「せっかくだし、今日はもう少し話そうよ。私のお祝いだからね」
「ひとりでやりなよ」
「だめー。笑った君が悪いんだから」
「やっぱり笑っちゃだめだったな」

「なんで?笑ったほうが君は素敵だよ」

生まれて初めて言われたその言葉に、僕は自分でも驚くほど自然に涙が溢れた。

「笑ってって言ったのになんで泣いてんの」
「人前で笑ったの初めてだから」
「ふーん」
「なんだよ」
「なんで君は笑ったかわかる?」
「なんで?」
「私のこと好きになったからだよ」

彼女の言い分だと、人を好きになると笑うようになるらしい。違うよと思ったが、僕は反論はしなかった。人前で笑えたことが少しだけ嬉しかったから。

「少しだけ付き合ってあげてもいいよ」
「当たり前でしょ!私のお祝いなんだから!」
「お祝いはもういいよ」
「なんでー!!」

今度はさっきより大きく、笑った。

彼女が言うように、僕が彼女のことを好きなのかはわからない。だけど、彼女の前で僕は笑ってる。

新しい自分の世界に、彼女だけは連れていきたい。

かもしれない。

そんなことを考えながら僕はまた、少し笑った。

「うわ、気持ち悪っ!」
「君が笑えって言ったんだろ」
「うん、君の笑顔は素敵だからね」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?