東大入試生物 2022 第一問 解説

今回のトピックは特段専門というわけではないですが、神経科学の初学者として、今回のはかなりいい題材だなあと思ったので背景も含めてまとめてみようと思いました。間違いの指摘などコメントでお願いします。問題内容は代ゼミのサイト(https://sokuho.yozemi.ac.jp/sokuho/k_mondaitokaitou/1/1337814_5340.html)をもとにしています。

問題Aに関して
杆体において、光刺激が受容されると問題文にあるようにrhodopsin(opsin+retinal)のretinalが遊離してrhodopsinの構造が変化することにより、G-proteinであるtransducinを活性化しますと、そのsubunitがPhospho-diesteraseを活性化してcGMPを分解します。元々、暗い時はcGMP-gatedなNa channelが開口していることによるdark currentがありますが、cGMPがなくなることでこれが閉じ、hyperpolarizationの状態になります。これは1 photonのシグナルを、PDE, cGMP、Na currentというようにamplifyすることを可能にしており、人の目のphotonに対するsensitivityが高いことに寄与しています。
一方、ChR(Channelrhodopsin)は青色光を受け取ることで構造変化が惹起され、nonselective-cation currentを惹起します。cationはNa,K,Caなどを含みますが、メインで通すのがNaであること、そしてNaのreversal potentialがおおよそ55mVであることから、このcurrentはdepolarizing agentであるといえ(ChRのreversal potentialはそれが透過するイオンの割合と、それらのイオンのreversal potentialから求めることができます)、実際に光刺激により特定のニューロンを興奮させるのに使われます。このような手法をoptogeneticsといい、ChR以外に、HR=Halorhodopsin(Cl currentを惹起するので普通はhyperpolarizing)、BR=Bacteriorhodopsin(H+ currentを作りこれもhyperpolarizing)といったものもよく使われますね。刺激/抑制したいタイミングで神経細胞を制御できるのはとてもありがたいですね。BRだとpHはどうなるの?と気になりはしますがこれはそこまで大きな寄与はないようです(細胞内のbufferingなど)。光のタイプをうまく選んであげれば上で述べたような実験ができますが、光刺激をするときに温度の上昇が多少あり、それが求める機能のハイライトを邪魔する可能性があるので、実験ではよく他の波長の光を使って刺激するのがコントロールで用いられます。


問題Bに関して
channelは結局"Pore"なので、ionの受動輸送を行う、つまり、channelのcurrentはionの細胞内外の濃度勾配および電位差に規定されます。とはいっても、イオンをただ流すというのではなく、水和したイオンがporeを通る際にchannel内部の部位に一時的に接触し水和水を失い、そこからまた反対側へ行くといった類なので、片方のイオン濃度を莫大に大きなものにすると結局は飽和してしまうということ、そしてチャネルのactivationやinactivationがイオン濃度や膜電位の関数であること、そしてチャネルのイオンを流すという性質が、(細胞内外のイオン濃度や膜電位を考慮する際)Ohmicなものでは厳密ではなくGHK式で記述されるようなnonlinearなものであるということなどからchannelのionic currentはやや複雑なのですが、、、
ただ、受動輸送という性質は重要で、ただchannelの開け閉めを自由気ままにさせているだけではいずれイオン濃度勾配は無くなってしまいなすね。これは由々しき問題(神経の発火特性が変化することや、特にCaとかだと通常は細胞内の濃度は低く保たれなければいけませんがVDCCがずっと空いてると結局Caが溜まりすぎて、Caの上昇は往々にして細胞毒(諸々の病理的な話に寄与している))です。なので、Na-K ATPaseやCa-ATPaseなどが動くことでイオン濃度の変化を抑えていのですね。かなりこれはエネルギーを消費していて、Na-K ATPaseとかはATP産生量の40%ほどを使うこともあるようです。ATP量はある程度一定になるようにregulateされているようですが(ただし睡眠覚醒だとATPのセットポイントが変わる可能性があり、REMだとATP levelが減ることは分かっています)、Burstingのような発火パターンだと一時的に生産と消費のバランスが崩れるだろうなと想像されます。

問題Cに関して
Aでの解説で大体カバーできていると思います。depolarizingな刺激が入り、それが閾値以上だとAction Potentialが生成されますね。刺激が閾値以下、例えば青色光が弱すぎると、少し電位が上がっても刺激が閾値未満だと、leak currentなどによりbasalの膜電位に引き戻されますね。閾値(All or none property)はvoltage-gated Na channelが担っています。Naのactivationにkineticsは基本的にVが増えると値も大きくなるという単調増加の性質を持っています。inactivationや、voltage-gated K currentのactivationに関してはtimescaleがそこまで速くないのでここでは気にする必要はありません。Naのactivationの性質から、刺激により少し膜電位が上がるとactivationの値も上がりNa currentはupregulateされます。これはdepolarizingなのでさらに膜電位を上げるというpositive feedbackループを形成していて、positive feedback loopは往々にしてsigmoidal、もしくはall-or-none propertyを表現できることが知られていますので、action potentialのall or none propertyもこれで説明がつくことが容易にわかります。

問題Dに関して
Classical conditioningもしくはPavlovian conditioningと言われるものですね。
「強化」というのは、あるactionが後続する結果により、それが別の機会に惹起されやすくなるという現象です。使う刺激はUS(Unconditional stimulus)とCS(Conditional stimulus)があります。Pavlovのclassicなモデルで言うと、肉を見せるのがUS、ベルを鳴らすのがCSですね。今回の恐怖学習の例でいくと、場所Aに連れて行かれるのがCS、電気刺激がUSということになります。

問題Eに関して
今回の実験系で使われたシステムは、多くの神経生理の実験で使われる基本的な手技なので解説を最低限加えておこうと思います。
強いactivityで誘導、と言われたらまずc-fosだろうな、薬物DはまああえてDにしてるしDoxycycline(Dox)だろうな(Doxと今回の問題設定に関しては後述)、と思って調べたらやはり元の実験がありまして、かなり有名なものです。VDJ recombinationでNobel賞を受賞された利根川進先生の研究です(Liu et al., 2012)。

以下、この系について丁寧に見ていきます。
神経の活動、というのはつまりfiring、APの生成のことです。脱分極のスパイクが生じるので、VDCCが活性化されて、Caの流入が起こりますね。Caの流入は実際にとても重要で、上記のことからこれは神経活動をレコードするときに使われます。究極は、whole-cell patch clampのような電気生理でやれば良いのですが、まあ広い領域で見るとなると不便(とはいっても最近はMEAのような方法で多くの細胞の活動を同時測定、のようなことが行われています)なので、Caのインジケーターのようなものを発現させてあげて、蛍光の変化で捉えてあげるということです。
以上まとめると、活動ではCaの流入が起きるということです。では、強く(激しく、つまり高いfreqで)fireするneuronを見てあげるにはどうすれば良いでしょうか。
※普通神経の場合、発火するならする、しないならしないというall or noneの性質があるので発火するなら、amplitudeは変わりません。では、強い刺激がきたらどうなるかというと、発火の頻度を増やして対応するのです。これがfrequency-modulationの方式で、amplitude-modulationとは違うということになします。もちろん、freqには限度があって、究極のところではchannelタンパクの変形がAP生成を担うので、refractory periodが発火を制限します)

Caの流入はCaMKなど様々なものを活性化しますが、高いCa濃度になるとMAPKのpathwayが活性化されます。そして、これはCREB、Elk1といった転写因子を活性化、これらはc-fosのpromotorにつくことから、結局強く刺激されたニューロンではc-fos発現量がかなり多くなるということです。この性質はよく知られており、活動した領域のマッピングに利用されます。

問題文中の図1-2で説明されるシステムには少し特殊なマウスが必要です。以下、利根川さんのシステムに適宜置き換えて説明します。遺伝子Yとして、tTA(tetraycline transactivator)というのを用いていて、これは後述するDoxという薬剤で制御するのに必要になります。ここでは、とりあえずc-fosがたくさんあると、タンパクYができるよ、ということです。
以下がDoxシステムの重要な点になりますが、tet-onのシステム(Dox存在下で転写翻訳)かtet-offのシステム(Dox非存在下で転写翻訳)かで実験の方向性が変わり、問題文のではtet-on、利根川さんのではtet-offのシステムを使っています。Doxを実際使う実験では(利根川さんの)、Doxがあると、tTA-tetracycline response element(問題文中でのタンパク質Y応答配列)のinteractionを阻害するのでChRの転写翻訳は阻害され、逆にDoxがなければ転写翻訳が起きる、というシステムなのでDoxの役割が問題文中の薬物Dとは真逆ですね。それはさておき問題文の説明に戻りたいと思います。

以上のシステムを用いると、前に活動が盛んだったところを含む領域(海馬)に青色光を当てることで、前に活動が盛んだったところをまた電気刺激できるということです。
今回の実験について見てみましょう。まず仮定として、
1 誘導開始後ChR発現量が十分なレベルになるまで24hほどかかる
2 ChRはそう簡単に分解されない
3 薬物Dは速やかに代謝・分解される
というものがあります。実験群2で考えてみましょう。ここでは、一日目に電気ショックを与える前にDをいれて、二日目は青色光を用いています。仮定1より、選択肢の3、4が排除されます。問題を素直に読むと、ショックによる刺激での記憶形成の際に強く活動した領域でYができ、Yができる際にDがあるのでChRもできる、ということで選択肢2になると思うのですが、私はこの問題は情報が足りないのではないかなと思います。
まず、強く興奮した神経で誘導されるX、と下線部ウにありますが、このタイムスケールは非自明です。APの生成と、X(例えばc-fos)の転写の間にどのくらいのタイムラグを想定しているのでしょうか、そして分解スピードはどのくらいなのでしょうか。c-fosの場合は、上記のようにいくつかのpathwayを経由しているのでそんなms、secのようなオーダーではない気がします。なので、選択肢1についてなのですが、
元々(もっと前の段階の刺激などで)Xがいっぱいある領域があった。そこに薬物Dが入ったので、interactionが起きてChRができた。というのもそこまで嘘ではないのかなという気がします。
一応実験群1の結果等を踏まえると、電気刺激の恐怖記憶が組み込まれていると解釈したくはなりますがそこは非自明ですよね。
あと興味深いのが、仮定3で述べられているDが速やかに代謝+分解されるという点です。問題文ではさほど情報がありませんが、仮定1と合わせて考えると、以下のようなスキームになるということでしょうか。Dが一瞬存在することで、YがY応答配列につく。Dはすぐなくなるが、Y-Y応答配列のシグナルは継続しており、時間をかけてChRがたくさんできていく。

問題Fについて
上記のことよりほぼ明らかであると思います。光で、ChR活性化、活動、、、ということですね。すくみ行動の時間が実験群1Aと違うのは当然気になるところで、後の設問にも関わってきます。屁理屈を言うと、問題Gで書かれている、「光照射そのものはマウスの任意の行動に影響を与えんあいものとする」の但し書きがこの設問にもあっても良かったのかもしれません。実験群4のデータがないので、極論、青色光は状況非特異的に恐怖反応を誘発する、と言う仮説も否定はまだできないかなとは思いますw これは一つのポリシーのようなものではありますが、「青色光が恐怖反応を誘発する」と言う新たな仮説を持ってくるよりは、それまでわかっている、青色-ChR-活動といった既知の情報のみで説明がつくならばそちらを取る(オッカムのrazorのようなもの)という考えもあります。勿論青色光の効果を否定するものではありませんので、厳密なコントロールを置いた実験をする必要があります。
このことを念頭に置くと以下のような実験が考えるのではないでしょうか。
まず、発現系として、ChRだけでなくEYEPなどの蛍光タンパクを組み込み、スライスの観察などにより海馬のみで誘導できているか確認します。
そして、使うのはDox(+/-)、青色光(+/-)、緑色光(+/-)、場所(A/B)で、Dox→ChR→恐怖反応、のpathwayを確かめたいならこれらの条件を全て網羅した以下のような8個の実験系を用意します。
1 Dox(+), 青(+), A
2 Dox(+), 青(-), B
3 Dox(+), 青(+), A
4 Dox(+), 青(-), B
5 Dox(-), 緑(+), A
6 Dox(-), 緑(-), B
7 Dox(-), 緑(+), A
8 Dox(-), 緑(-), B

ただ、この類の実験の際には有意差があるかをみたいので少なくとも3~10匹のマウスが一つの群に必要になるので全部だと非常に多くのマウスを使うことになりそうです。


問題Gについて
実験系についてはこれまででめいいっぱい語ってきたので解説は省略します。Dが一日目でなければChRの発現は無視できると考えられるので、実験群1と同様の結果になると推察されるので選択肢3が答えになりますね。

問題Hについて
部屋BとCは、Aでないという点で同じなので実験群2と同様の結果になることが予想されます。

問題Iについて
ぱっと見で戸惑うこともあるとは思いますが、素直に読み解くと以下のようになるのではないでしょうか。
まず選択肢1、3、6はどの記憶に対しても同じニューロンが活性化しているので不適切ですね(発火頻度の違いにより、のようなこともあるのかもしれませんが)。
2、4、5で言わんとするコーディングの法則はおそらく以下のようなものだと思います。
2について
一つの記憶は特定の一つのニューロンによりコードされている。つまり、記憶i≠jなら、それをコードするニューロンai≠ajと言うことになります。
4について
一つの記憶は3つのニューロンによりコードされる。記憶iをコードする組み合わせを(ai,bi,ci)、記憶j(i≠j)をコードする組み合わせを(aj,bj,cj)とすると、(ai,bi,ci)≠(aj,bj,cj)となれば良いのでai=ajとかでもok。
5について
一つの記憶は3つのニューロンによりコードされる。記憶iをコードする組み合わせを(ai,bi,ci)、記憶j(i≠j)をコードする組み合わせを(aj,bj,cj)とすると、ai≠ajかつbi≠bjかつci≠cj。

言うまでもなく、4の方針が一番九個のニューロンで表現できる記憶の数が多いですね。
選択肢1、3、6の解説で、発火頻度について言及しましたが、選択肢4の場合、活動するニューロンのパターンに加えて頻度の情報も組み入れればよりさらに多くの情報をコードできるので、結局4が最強ということになります。
恐らくですが連合記憶などがこの問題の背景にあるのではないかなと思います。結局のところ、完全に別のセットのニューロンで表現するよりも、一部associationがあるところなどは共通のニューロンに仕事をさせたほうがよく、実際にpaired conditioninngの際に活動がオーバーラップするregionが確認されています(Ohkawa et al., 2015)。

問題Jについて
特に言及することはなく、それぞれ円形ダンス、8の字ダンスということになります。

問題Kについて
いる場所によりそれぞれの場所ニューロンの発火特性は変化するので、順番に2→4→1→3というようになります。


問題Lについて
ここで、実験群2での結果が再び問題になってきます。artificialに再現しようとした場合、恐怖反応が少し弱くなるということです。
場所細胞の話で得られる教訓は、発火するかしないかだけでなく、発火頻度が重要なパラメータとなります。実験群1Aでは勿論、特別な介入がなくまた自然に恐怖反応が惹起される系を使っているので、適切な組み合わせおよび適切な頻度であるということはほぼ明らかですが、実験群2については難しいです。
まず、上述の活動→c-fos→ChRの系がone-on-oneとは限らないので適切な組み合わせなのかは怪しいということ、そして頻度に関してですが、青色光が一定の頻度、そして海馬全体に与えられているので、physiologicalな発火パターンとは整合性はとれないと考えます。読みながらこのようなことを考えていました。
発火の例えばburstingのperiodの長さが細胞により違い、それはCa流入量の違いに反映されるので、勿論nonlinearな関係ではあるが、c-fosレベルに多少この違いが反映されると、ChRの発現量に差が出てきて、これは刺激inputの強度の違いい対応するので少しは発火頻度の違いをコードできる可能性があるのか?と思ったりもしたのですが正直微妙だと思います。要するに、活動頻度については適切に再現できないということです。これにより、通常のUSによる神経回路の発火パターンとオプトによる発火パターンは違うのですがそれがどのような効果があるか、ということ(恐怖反応が増大されるかはたまた減少するか)は非自明です。


PS:筆者は物理化学で受験したので生物の問題はあまり知らなかったのですが、与えられた情報をもとに考えることで例え知識がなくとも解答を作り出せるという点で楽しいなあと感じました。これからも神経科学が扱われることがあったら注視していきたいですね。これに限らず、適切な誘導をつければstate-of-the-artの研究も問題にできるということで、問題を作る側としても楽しいんじゃないかと思います!


参考文献
Liu X, Ramirez S, Pang PT, Puryear CB, Govindarajan A, Deisseroth K, Tonegawa S. Optogenetic stimulation of a hippocampal engram activates fear memory recall. Nature. 2012 Mar 22;484(7394):381-5.

Ohkawa N, Saitoh Y, Suzuki A, Tsujimura S, Murayama E, Kosugi S, Nishizono H, Matsuo M, Takahashi Y, Nagase M, Sugimura YK, Watabe AM, Kato F, Inokuchi K. Artificial association of pre-stored information to generate a qualitatively new memory. Cell Rep. 2015 Apr 14;11(2):261-9.


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