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『凪のお暇』7巻を読んだ

というタイトルだが、読んでの感想というより、その周辺の話になる。

作品を読んだ後はあとがきを読むような流れで、たいてい某サイトのレビューも読むが(同じものを読んでほかの人がどう感じたのか、ざーっと見ることができるから)、毎回、疑問に感じるタイプのレビューがある。

「★1:主人公がこんなダメ男にハマる姿なんて見たくなかった。もう読みません。」みたいなやつ。この作品に限らないが。

(えっ……いやいや、主人公が浮き沈みを繰り返すから物語に起伏が生まれるんであって、ずっと順風満帆じゃあ面白くもなんともないやないか?)と思うのだが、一定数いる。
★1でなくとも、「この子に◯◯はしてほしくなかった」「もっとこいつに◯◯してほしいんだけどな、読んでて歯がゆかった」と、登場人物の行動への評価と、作品への評価が連動している感じのレビューも。

いやいや、そういう思考実験というか、それこそフィクションなんだから、あなたがこれを読んで、主人公たちの行動に感情を刺激されたりいろいろ考えたりしたのなら、それは「良い作品」ということでええんやないの? とつっこみたい。

「主人公と自分を重ねて読んでいる」からこうなるのだろうか?
幼い時分の読書なら、まあよくある話というか、子供向け文庫作品なんかでバッドエンドというものはそうそうないから「読んで元気をもらう」ということもあると思うのだが、今話題にしている作品の読者は主人公と同年代のアラサー〜アラフィフとか(アラカンまで?)、社会人として働いて、それなりに人生経験を積んでいる年齢の人が多いだろう。それでこの反応って、あまりにも幼すぎる気がする。

……と書いていて、絵本『ひとりぼっちのこねこ』(松下佳紀作、いもとようこ画)を思い出した。
(幼稚園の時に読んで以来トラウマであやふやな記憶しかないが、捨てられたこねこが雨の中で「おかあさーん」と泣いているシーン自体はいまだに頭の片隅にこびりついている)
漫画の登場人物の言動が気に入らないといって作品を低評価する人は、この絵本を読んでも「こねこが報われなくてかわいそう」「こねこが泣いているだけで何ひとつ合理的な行動を取っていなくて歯痒い」とかいって★1評価にするのだろうか……。

まあ別に「★1評価が許せない」とかそんなこともないのだが、その理由があんまりな気がしたのでぼやいたまで。

「絵があまりにもおかしくて複雑骨折している」とか「文章が幼すぎる、誤字脱字がある」とか、「話の展開が突飛すぎて脈絡がなさすぎ」とか、「張ってあったはずの伏線が一切回収されないで終わっちゃった!」とか、そういう理由なら頷けるのだが、自分の快・不快を基準に作品を評価するのは、なんだか小中学生レベルやなぁと思ったわけで。

と、レビューに対する感想はこのへんにして、肝心の作品については、

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(コナリミサト『凪のお暇』7巻より)

「あぁうん、すっげーわっかるー、悲劇のヒロイン」って頷いた箇所。

教員というか講師1年目だった時、まさにこんなやりとりを母校の保健の先生とした記憶がある。
4つほどのクラスを担当した中で、授業に行くたびに涙をこらえるかハラワタが煮え繰り返る思いになるか、みたいな最底辺学力クラスがあったのだが(やまない私語・立ち歩きはもちろん、ナメくさって授業中にスマホでAV視聴してる奴とかいた)、耐えきれずに保健室に駆け込んだある日、5個ぐらい年上の養護教諭のお姉さまに諭されたのだ。

「みんなそうよー、なんてかわいそうな私、って悲劇のヒロインごっこしつつなんとかやってるのよ」

と、他の若手女性教員も似たような状況なのだという話をしてくれた(にしてもここは1年で辞して良かったと思う)。

「かわいそうな自分はかわいい」——『十二国記』の祥瓊と鈴も言ってた——そこに留まっていても何ら進歩はないが、渦中にいる時ってなかなかそれに気づけないもんだ。

ところで記事冒頭画像は実家の保護猫・ボン(♀6歳)である。最近教員時代の過去ネタ記事が進んでいないので猫写真のほうが溜まってきた。
最初はALL実家猫写真でいこうと思ったが枚数が足りず、胸糞記事の中和作用もあるかと思って「教員記事には猫写真」と決めてやっていた。ところが今は逆転現象が起きて写真が余っている。なかなかしんどいめんどいで進まないんだよね。


読んでくださり、ありがとうございます。 実家の保護猫用リスト https://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/25SP0BSNG5UMP?ref_=wl_share