見出し画像

ネアンデルタール人の贈り物

 最近の人類学の研究結果で,最も人々を熱狂させたもののひとつは,やはりネアンデルタール人と,我々ヒトが交雑していたということだろう.このnoteでも,何度かそれに関連する記事を公開している(バック・トゥ・ザDNA,  【書評】ネアンデルタール人は私たちと交配した).ネアンデルタール人と我々ヒトがいったいどんな社会関係を結んでいたのか,という問いも興味深いが,ネアンデルタール人が我々ヒトにどんな遺伝的影響を与えたのか,という点も大いに気になるところだ.さて,ここで今年(2016年)の初めに発表された研究成果(文献1)を紹介しよう.

 現在のヒトの免疫機能に寄与している「TLR(Toll様受容体,Toll-like receptor )」というタンパク質がある.まず,今回の話の主役となるTLRというタンパク質について概説したい.TLRタンパク質は,病原体が生体内に入ってくると最初に反応し,免疫機能を引き起こす,いわば病原体センサーである(日本語のわかりやすい解説記事はこちらこちら).ヒトのTLRタンパク質は10種類あるが,今回登場するのはそのうちTLR1, TLR6, TLR10タンパク質である(以下,TLRタンパク質・遺伝子として言及するのはTLR1, TLR6, TLR10の3つのタンパク質・遺伝子のみを示す).

ネアンデルタール人由来の免疫遺伝子

 我々現代人の中に,ネアンデルタール人との交雑によって獲得した「ネアンデルタール人由来」の配列を含むTLR遺伝子(TLRタンパク質のもとになる遺伝子)を持っている人がいるのだが,ここで紹介する研究はその「ネアンデルタール人由来」の配列を含むTLR遺伝子がヒトの集団内で増えていったこと,またそれは,「ネアンデルタール人由来」の配列を含むTLR遺伝子が進化的に有利だったためだいうことを明らかにした驚くべき発見である.

 Dannenmannらのグループは,ネアンデルタール人の古代ゲノム情報,それから現代人のゲノム情報の解析をおこなった.それによると,「ネアンデルタール人由来」の配列を含むTLR遺伝子が,ヨーロッパ人やアジア人,ネイティブアメリカンに広まっていったことが示された.要するに,一部のヒトにおいては,ネアンデルタール人との交雑によって得た「ネアンデルタール人由来」と「ヒト由来」の配列がパッチワーク状になっているのである.例えば東京に住む現代の日本人集団では,「ネアンデルタール人由来」の配列を含むTLR遺伝子が50%程度の頻度で観察された(あなたも持っているかもしれない).

 さらにDannenmannらは「ネアンデルタール人由来」の配列を含むTLR遺伝子は,全くネアンデルタール人由来の配列を全く持っていない「アフリカの現代人型」のTLR遺伝子よりも強くはたらくことを,細胞を用いた実験によって実証した.「ネアンデルタール人由来」の配列を含むTLR遺伝子が実際に適応的だということが示されたのだ.さらに現代人の疾患情報を用いた解析によると,「ネアンデルタール人由来」の配列を含むTLR遺伝子では,全くネアンデルタール人由来の領域を持っていない「アフリカの現代人型」よりも,バクテリアへの抵抗性が高く,アレルギーを発症しやすい,つまり免疫機能が高いということも示された.

 風邪の季節から花粉症の季節へと,免疫機構が活躍する春だが,うんざりするばかりではなく時にはネアンデルタール人の贈り物に思いをはせてみるのも一興かもしれない.

(James)

文献1 Dannemann, M., Andrés, A. M., & Kelso, J. (2016). Introgression of Neandertal- and Denisovan-like Haplotypes Contributes to Adaptive Variation in Human Toll-like Receptors. American Journal of Human Genetics, 98(1), 22–33.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?