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アジアの巨人の分子系統

ヒトのような形をした巨大な生物がどこか隠れた山奥にいるというお話は、人びとを魅了するようです。だいだらぼっち、雪男、ビッグフットなど、そうした虚構の生物に関する物語にはさまざまなバリエーションがあります。

ギガントピテクスの化石は、そうした物語に奇妙なリアリティを添える発見でした。香港の薬屋で漢方薬として売られていた歯が1935年にオランダの古生物学者に発見され、新種として記載されました。ギガントピテクスの特徴は、なんといってもそのサイズです。ヒトを含む類人猿の歯によく似た形態をしているにも関わらず、非常に大きく、推定される身長は2−3メートルに達します。

ギガントピテクスの骨は200万−30万年前の東南アジアからみつかっています。その形態的な特徴、年代、分布から、ギガントピテクスはオランウータンやヒトに近縁な種だと考えられていますが、歯や顎以外の骨格がみつかっていないこともあり、系統的な位置づけは長らく不明でした。

今回紹介するのは、歯に残された古代タンパク質のアミノ酸配列から、ギガントピテクスの分子的な系統を復元した研究です*1。


古代タンパク質の分析

Welker博士たちは、中国南部のChuifeng洞窟から発掘された約190万年前の大臼歯1本について、エナメル質と象牙質からタンパク質を抽出して、そのアミノ酸配列を分析しました。この歯は、形態からギガントピテクスのものと推定されています。

生物の系統を調べるには、形態のほかに、DNAの塩基配列の情報も使われます。生物の設計図であるDNAを、異なる生物のあいだで比較したとき、その違いが小さいほど、それらの生物は系統的に近い位置にある (進化的により近い起源をもつ) と言えます。

絶滅した動物のDNA塩基配列を調べるには、これまで古代DNA分析が行なわれてきましたが (参考記事: バック・トゥ・ザ・DNA)、DNAは比較的分解されやすく、寒冷な地域では数十万年前、温暖な地域ではせいぜい数万年前くらいのサンプルしか分析できません。ギガントピテクスは数十万から数百万年前の亜熱帯に生息していたため、DNAは分解されており、古代DNA分析では系統情報を得られませんでした。

今回の研究では、DNAの代わりにタンパク質が分析されました。タンパク質はDNAの塩基配列の情報をもとに体内で作られるため*2、DNAの塩基配列の情報を一部保持しています。一部のタンパク質はDNAに比べて圧倒的に分解に強く、DNAは分解されて残っていない骨などからもタンパク質のアミノ酸配列が解読されるような例が、最近報告されてくるようになりました*3。


オランウータンの親戚

ギガントピテクスの歯エナメル質から検出された、6種類のタンパク質に由来する総計456個のアミノ酸残基を対象にして、系統的な解析を実施したところ、ギガントピテクスはヒトではなくオランウータンにもっとも近縁な種であることがわかりました。この結果はこれまでの形態の研究の結果を支持します。また、オランウータンとギガントピテクスが分岐した年代は約1000万年前と推定されました。

さらに、ギガントピテクスの歯エナメル質からは、α2-HS糖タンパク質 (AHSG) というタンパク質が発見されました。AHSGは骨のミネラル化に寄与するタンパク質ですが、通常、同じミネラル性の組織である歯エナメル質からは検出されません。ほかの類人猿に比べて、ギガントピテクスの歯エナメル質はよく発達しており、もしかしたら、AHSGがそうした特徴に関わっていた可能性があります。


終わりに

古代DNA分析によって、絶滅した生物の系統や分子生物学的な特徴が非常によく明らかにされてきました。しかし、DNAは比較的分解されやすく、数十から数百万以上年前の生物には適用できないという問題がありました。今回の研究は、古代タンパク質の分析によってそうした限界を超えられることを示したものです。今後、タンパク質の分析によって絶滅した生物の系統を復元する研究が盛んになっていくことでしょう。


(執筆者: ぬかづき)


*1 Welker F, Ramos-Madrigal J, Kuhlwilm M, Liao W, Gutenbrunner P, de Manuel M, Samodova D, Mackie M, Allentoft ME, Bacon A-M, Collins MJ, Cox J, Lalueza-Fox C, Olsen J V., Demeter F, Wang W, Marques-Bonet T, Cappellini E. 2019. Enamel proteome shows that Gigantopithecus was an early diverging pongine. Nature 576:262–265

*2 DNAは4種類の塩基が直線状に並んだ分子であり、タンパク質は20種類のアミノ酸が直線状に並んだ分子です。塩基3つの組がアミノ酸1つに相当し、DNAの塩基配列をもとにタンパク質のアミノ酸配列が決定します。

*3 Warren M. 2019. Ancient proteins tell their tales. Nature 570:433–436.


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