見出し画像

ルーシーも木から落ちる?

人類学の世界では,有名な人骨化石にアダ名がつくことがあります.今回紹介する研究の対象になった「ルーシー (Lucy)*1」は,そうした化石のなかでもひときわ有名な個体です.

ルーシーは,1974年にエチオピアで発見されたアウストラロピテクス (Australopithecus afarensis) の化石です.約320万年前のもので,女性であると考えられています.これだけ昔の化石にしては大変珍しいことに,全身の骨の約40%が残存しています.これまでにもさまざまな研究に使われ,人類進化の歴史の解明に多大な貢献をしてきました.

今回紹介するのは,このルーシーの骨をCTスキャンなどの技術を用いて詳細に観察し,彼女の死因を推測した研究です*2.


骨折の痕跡

ルーシーの骨を詳細に調べたKappelman博士たちは,ひどい骨折によると思われる痕跡をあちこちに見出しました.

たとえば,上腕骨 (二の腕のところにある骨) の肩との関節は,「4分割骨折」という症状とよく似た割れ方をしていました (図1).手をついて衝撃を吸収しようとした際に起こる骨折で,上腕骨が肩と関節する部分で4つに割れる症状です.



図1. 右の「二の腕」が肩と関節する部分の骨を背中側から見た図.赤線で示した部分がそれぞれ割れて4つのパーツに分かれる.

手をつくという動作をしていたということは,ルーシーは無意識のうちに亡くなったのではなく,衝撃の瞬間をわかっていて,意識的に手を出して我が身を守ろうとしたということを意味します.さらに,上腕骨の損傷の度合いは右側のほうがひどく,ルーシーは左手よりも右手をメインに受け身をとったことがわかります.

ひどい骨折によると思われる同様の痕跡は,ほかにも,大腿骨 (太ももの骨),骨盤,下顎骨 (あごの骨) などに見られました.


ルーシーも木から落ちる

こうした,骨に残った痕跡を総合して,Kappelman博士たちは,ルーシーは木から落ちてひどい骨折をし,それが原因でその場で亡くなったと結論づけました*3.高い木から落ちて,まずは足で着地し,それによって大腿骨などがひどく損傷し,次に右側にねじれながら倒れこんで手をついて,上腕骨などがひどく損傷したという状況です.

死体は肉食動物などに食べ荒らされて散り散りになることなく,比較的すみやかに土中に埋まったと考えられます.


化石になってからの損傷?

ただし,こうした損傷は本当に骨折によるものなのでしょうか? ルーシーほど古い骨になると,長い年月埋まっているあいだに,土の圧力などでひどい損傷を受けることがよくあります.

Kappelman博士たちは,損傷部位に,粉々になった骨の破片 (1 mm未満の大きさ) が残っていることから,損傷は骨折によるものだと主張しています.十分に肉がついているあいだに骨が損傷した場合,破片は肉に留められてその場に残り,そのまま化石になります.しかし,肉が分解されて骨だけになったあとに損傷した場合,骨の破片はぱらぱらとこぼれ落ちていき,化石には残りません.

また,生体や死後すぐの新鮮な骨が折れた場合と,死後長い時間が経った後の骨が折れた場合とで,骨の折れ方や断面が異なることがわかっています.新鮮な骨が折れた場合に見られる「スパイラルフラクチャー」という螺旋状の損傷がルーシーの骨に残っていることから,すくなくともいくつかの損傷は,生前か死後すぐに生じたことがわかります.


嘘か本当か

この研究は,(おそらく) 世界でもっとも権威ある学術雑誌『Nature』に掲載されました.ただし,Kappelman博士たちの議論にすべての研究者たちが納得しているわけではありません*4.古い骨は土に埋まっているあいだに損傷するため,骨折による痕跡なのかどうか,確実に判別するのは非常に困難です.

研究のなかでは,骨折と思われる化石人骨のほかの例がいくつか引用されていますが,将来的に,もっと網羅的な調査が必要でしょう.もしも化石人骨のほとんどすべてに「骨折と考えられる」損傷が見られたら,みんなあまりにも骨折で死にすぎではないか…?ということになり,死後の損傷が骨折のように見えているだけ,という解釈が妥当になってきます.

なににせよ,約320万年も昔の人骨化石を詳細に調べ,その死亡時点の状況をこれほど鮮やかに推測した研究は,これまでにありませんでした.将来的にもっと網羅的な調査が行なわれて,もし万が一,木からの落下と骨折という解釈が実は間違っていたということになっても,この研究が提示した新たな見方には大きな価値があるのではないかと,私は思います*5.

(執筆者: ぬかづき)


*1 ルーシーという名前は,当時はやっていたビートルズの曲「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」にちなんで名づけられました.一説によると,ルーシーが発見された際に,調査キャンプでこの曲が流れていたためだとも言われます.


*2 Kappelman J, Ketcham RA, Pearce S, Todd L, Akins W, Colbert MW, Feseha M, Maisano JA, Witzel A. in press. Perimortem fractures in Lucy suggest mortality from fall out of tall tree. Nature. DOI: 10.1038/nature19332.

以下の記事でも詳しく取り上げられています.

猿人ルーシーは「木から落ちて死んだ」 320万年後についに死因特定か | BBC


*3 著者らは,木からの転落がルーシーの死因であるという説を検討するため,現代の米国の統計も参考にしています.約230万年前と現代社会では比較自体が難しいものの,「自然環境」のために亡くなった例数をあげています.それによると,2000年から2014年のあいだの15年間で,木からの転落による死亡は1341件で,落雷による死亡 (584件) や洪水による死亡 (282件) よりもずっと多かったということです.


*4 以下の記事 (英語) にそうした議論が書かれています.

Did a Fall From a Tree Kill Lucy, Our Famous Ancestor? | National Geographic


*5 この研究では,まっとうな科学的方法と手続きによって得られた結果を議論していますが,結果の解釈は,「事実」よりはまだ「仮説」に近いかなという気がしています.この「仮説」が本当なのかどうかを確かめるため,今後さらに研究が発展していくことでしょう.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?