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エナメルから性別

古人骨が得られたとき,まず最初に人類学者がすることは,性別の推定です.(次はたぶん年齢の推定かな…).遺跡から発掘された古人骨について,生物学的な性別を明らかにするのはそれだけ重要なことで,明らかにされた性別は,それ以降の研究のすべての基礎データとなります.

成人の骨であれば,骨盤や頭蓋骨の形から,9割以上の正答率で性別を判定できます.しかし,そうした部位が残っていなかったり,性別による違いがまだはっきり表れていない子供の骨の場合には,性別の推定は困難です.


DNAから性別判定?

そのような場合,DNAの分析が有効ではないかと,このブログをお読みのみなさまは考えるかもしれません.たしかにそうなのですが,古人骨の場合,埋没中にDNAが分解されてしまったり,発掘した人のDNAが混入してしまったり,コストが大きかったりと,あまり効果的な方法ではありません.


タンパク質から性別判定

さてそのようなところで,今回紹介する研究が発表されました*1.この研究では,タンパク質が対象にされています.男性にしかないY染色体に存在する遺伝子から作られたタンパク質は,個体の性別を判定するマーカーになり得ます.

歯のエナメル質は,最初,タンパク質がその外形を作り,ミネラル成分がタンパク質と置き換わっていくことで形成されていきます.タンパク質はこの過程で分解されますが,一部はエナメル質のなかにパックされて残ります.

アメロゲニンというタンパク質は,エナメル質の形成にかかわるタンパク質で,X染色体 (男女ともにある) にもY染色体 (男性のみにある) にも存在するのですが,それぞれにコードされている情報が少しだけ異なります.そして,幸いなことに,アメロゲニンのなかの男女で異なる部分は,歯が成長する過程でも分解されず,エナメル質のなかにパックされて残るのです.

Stewart博士たちはこうした点に注目し,墓標や形態から性別がすでに判明している人骨について,歯のエナメル質のなかにパックされたアメロゲニンを調べました.その結果,Y染色体に特有の部位は男性のみから検出され,性別判定のマーカーになることがわかりました.


何が新しいか

この方法のメリットは,以下の点にあります.
●タンパク質はDNAに比べて保存状態が良く,また,エナメル質は全身の骨格のなかでもっとも硬く残りの良い部位です.したがって,DNA分析ができないほど古い骨や,形態的にほとんど情報が得られない骨にも,この方法は適用できる可能性があります.
●エナメル質の表面を酸ですこし溶かすだけで分析ができるため,人骨の破壊をかなり小さく留めることができます.

いまのところの問題は,タンパク質の分析の際のコストですが,これが低下していけば,将来大きなブレークスルーをもたらす方法になるかもしれません.

(執筆者: ぬかづき)


*1 Stewart NA, Gerlach RF, Gowland RL, Gron KJ, Montgomery J. 2017. Sex determination of human remains from peptides in tooth enamel. Proc Natl Acad Sci 114: 13649–13654.

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