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男はつらいよ、過去編

大昔、どれくらいの人が地球にいたのでしょうか。例えばそう、1万年前とか?これは何もフェルミ推定(※1)で求めましょうとか、そういう話じゃありません。そうではなくて、私達の持つDNAからもっと詳しく、しかも年代ごとの変動まで(!)推定することが可能なのです。

DNAの話は、これまでにも何回かしてきました(『言葉にまつわる遺伝子を探せ!』、『お父さんの武勇伝』参照)。細胞が持っている遺伝情報、体の設計図です。今までの記事では、言語障害の原因が実はDNAであったり、父親の経験したことがDNAの修飾という現象によって子供に伝えられていたり、という話をしてきました(これだけ抜き出して書くと難しく聞こえますね…。前の記事を読めば丁寧に説明してあるので、そちらをご覧ください!)。
ですが、DNAから分かることは他にも、もーっと沢山あります。今回はそのひとつ、有効集団サイズの話です。

有効集団サイズってなに…?

有効集団サイズとはなんぞや?簡単に言うと、繁殖に関わる個体の数です。例えば、ゾウアザラシはオス1頭に対してメス数十頭のハーレムを形成することが知られています。これは、オスの生まれる数が少ないからこの比率になるのではなく、群れの中のオスが戦って、最も強かったオスだけが、その群れのメス達と子孫を残すことができるからなのです。いま仮に、オス100頭とメス100頭の群れを想像してみましょう。最も強いオスだけが、ハーレムを作り、子孫を残せるので、その他のオスは沢山いても繁殖に関わりを持ちません。ですので、見かけ上の群れの集団サイズは200頭ですが、有効集団サイズはそれよりずっと小さくなります(実際に計算する場合、子孫を残したオス・メスを単純に足せばいい訳でもなく、煩雑なので省略します)。

DNAから過去の人の有効集団サイズがわかる

さて、この有効集団サイズですが、なんと現代に生きる私達のDNAを調べれば、祖先の有効集団サイズが推定できてしまうのです。今回紹介する研究(※2)で用いられているのは、Bayesian skyline plotという方法です。これは、複数個体のDNA情報から過去の有効集団サイズを推定する方法で、近年人類遺伝学の分野でよく用いられています。この方法を用いて、論文の筆者達は男性と女性の過去の有効集団サイズをそれぞれ推定しました。Y染色体は父親からのみ受け継がれ、ミトコンドリアは母親からのみ受け継がれます。そこで、男性の場合はY染色体のDNA、女性の場合はミトコンドリアDNAを用いて解析を行えば、男女別々に過去の有効集団サイズを推定することができます。

男性に何があったのか?

さて、世界の地域ごと(アフリカ、アンデス、ヨーロッパ、中東、中央アジア、東アジア、南アジア、シベリア)に分けて推定したところ、どの地域でもおよそ1万年前に、男性の有効集団サイズが急激に減ったことがわかりました。一方で女性では、どの地域においてもそのような傾向は見られませんでした。なぜこのような違いが生じるのでしょう?

筆者らは、これは文化の影響によるものではないかと言っています。明確に何が原因か、とは述べられていませんが、この時期は新石器文化が広まり、農耕が始まった時期と対応しているとのこと。おそらくその時期に、男性同士の争いがあったり、富が一部の人に集まったりして、勝ち残った人が子孫を多く残すこと(極端な例で言えば、一夫多妻制など)があったのではないかということです。しかもそれが、地球規模でほぼ同時期に独立に起こったと。

これはまだ推測の域を出ない話なので、何が原因で男性の有効集団サイズがぐっと減ったのかは分かりません。上記以外にも、色々な可能性が考えられます。もしかしたら、よしながふみの漫画『大奥』(※3)みたいに、男性だけが罹る謎の疫病が存在していたりして…。当時の男性は大変な事態に巻き込まれていたのかもしれません。その頃に生まれていれば、人類の歴史の衝撃的な光景を目の当たりにしていたのかもしれませんが、でもやっぱり、今の時代に生まれて良かった気もしますね…。

(執筆者:mona)

※1 実際には調べるのが難しかったり、すぐには分からない数(例えば東京都内にあるマンホールの数、シカゴにいるピアノ調律師の数など)を論理的に推論して短時間で概算する推定法。外資系企業の面接試験としてよく用いられるそうです。

※2 Karmin, M., Saag, L., Vicente, M., Sayres, M. a W., Järve, M., Talas, U. G., … Metspalu, M. A recent bottleneck of Y chromosome diversity coincides with a global change in culture. Genome Research 1–8 (2015). doi:10.1101/gr.186684.114.67

※3 江戸時代、男性だけが罹る「赤面疱瘡」という謎の疫病によって、男性人口が急激に減ってしまうというパラレルワールドの漫画。男性の務めていた仕事・権力は代わりに女性が引き受け、徳川家の将軍たちも軒並み女性に移り変わっていきます。
http://www.amazon.co.jp/dp/4592143019

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