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言葉にまつわる遺伝子を探せ!

私たちは小さい頃、大人の話す言葉を聞いてだんだんと話せるようになっていきます。けれど毎日イヌに話しかけても、しゃべれるようにはなりません。ヒトが持っている「言葉を話す能力」は何に由来するものなのでしょうか。 

言語障害の人が多い家系—遺伝子の影響?

言語能力と関連していると言われるFOXP2という遺伝子があります。この遺伝子が発見されたのは、言語障害を持つ家系の調査からでした。この家系(KE家系と呼ばれます)では3世代にわたる家族、37人中15人が言語障害を持っていました。これだけ家系内に言語障害の人がいることから、この言語障害はおそらく遺伝的なものであろう、すなわち、「言語に関わる遺伝子」が存在するのではないかと研究者達は考えました。KE家系の中の言語障害を持つ人達は、その遺伝子が通常の人達と異なっているので、言葉が上手く使えないという訳です。

遺伝子を特定するのは難しい

さて、ここまで来るとどの遺伝子が言語能力に関わるのか気になるところです。目的の遺伝子を見つけるには、まずその遺伝子がどこにあるのかを探さねばなりません。ヒトは約30億塩基対のゲノム(※1)を持っているので、ゲノムのどこにその遺伝子があるのかを特定するのはとても難しいことです。現在ではほぼ全てのヒトの遺伝子が、ゲノム上のどこにあるのかが判明していますが、当時(1990年代)はそのような情報はありませんでした。これがどれだけ難しいかというと、カーナビなしで車を砂漠の中走らせて、オアシスに辿り着こうとしているようなものです。

オアシスの『目印』を見つける

そこでFisherらは言語に関わる遺伝子のゲノム上の位置を調べるため、ゲノム上の位置が既に分かっているマイクロサテライトを目印として利用しました。マイクロサテライトとは、個人間で違いのある反復配列(※2)のことです。これはゲノムの様々な領域に無数にあり、ゲノム上の位置が分かっているものも数多くありました。これを応用して、言語に関する遺伝子がKE家系の中の言語障害を持つ人と持たない人で違うのなら、その遺伝子の近くにあるマイクロサテライトも同じように2つのグループで違っているから、遺伝子のおおよその位置が特定できるだろう、という考え方です。車の例で言えば、簡単な地図を元にまずは草や木が生えている場所があるか探してみる、草が生えているということは水があるということだから、その近くにオアシスがあるだろう、ということになります。

FOXP2遺伝子の位置を突き止めた!

Fisherらはこの方法で、言語能力に関係のある遺伝子が第7染色体のある領域に存在していることをつきとめました(※3)。その後、Laiらの研究で、その遺伝子の染色体上の位置が正確に決定されました(※4)。これがFOXP2と呼ばれる遺伝子です。

研究はそれだけでは終わらない

この遺伝子はその後の研究で、他の様々な遺伝子の発現(※5)を調整する機能を持っていて、脳や肺の発達に関わっていることが分かっています。この遺伝子はそれだけでなく、ヒトの進化という点でも面白いことが論じられているのですが、それはまた、別の機会にお話しすることにします。
(執筆者:mona)


<注釈>

※1 ゲノムとは、親から受け継がれる遺伝情報の一セットです。人間はその1セットが約30億塩基対あり、一塩基は4種類あります。つまり私たちのゲノムは、4種類の文字で30億文字にも渡って書かれた長編大作のようなものです。ちなみに父親と母親からそれぞれ一セットずつ貰うので、約60億塩基対あります。ついでに世界最長の物語が気になって調べたら、ギネス記録になっているのはマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」(1,267,069語)でした。

※2 反復配列とは、短い配列(塩基の並び順)が繰り返されている配列のことです。塩基には「A」「T」「C」「G」の4種類あり、例えば「CACACACA」というのもマイクロサテライトの一つです。この繰り返しの長さは人によって異なるので、DNA鑑定などに使われたりします。

※3 Fisher, S., & Vargha-Khadem, F. (1998). Localisation of a gene implicated in a severe speech and language disorder. Nature Genetics, 18, 168–170.

※4 Lai, C. S., Fisher, S. E., Hurst, J. a, Vargha-Khadem, F., & Monaco, a P. (2001). A forkhead-domain gene is mutated in a severe speech and language disorder. Nature, 413(6855), 519–23.

※5 発現とは、遺伝子がタンパク質に翻訳されることによって、実際にその機能を表すことを言います。レシピ本があって、その中から「たらこのパスタ」と「カボチャサラダ」をお昼ご飯に作ったら、レシピ本が『ゲノム』で、ひとつひとつのレシピが『遺伝子』、実際に作った料理が『発現している遺伝子』です。皮膚の細胞と肝臓の細胞が、同じゲノムを持っていても形態・機能が違うのは、発現している遺伝子が異なっているからです。


これまでのあんそろぽじすとの記事は以下からご覧ください。
https://note.mu/anthropologist/m/mf200d5ddbbe8?view=list

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