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10個の簡単なルール

日々、新たな事実を明らかにしようと実験や調査にうちこむ研究者にとっては、毎日が学びの連続です。論文を読んで仲間の研究成果からアイデアを得たり、知り合いの研究者から新たな実験手法を教えてもらったり、学会に出て最新の動向を見聞きしたり。このようにして、研究対象や手法そのものについてはスキルが深まっていくのですが、意外に、きちんと習得する機会が欠如しているのが、研究活動における「ソフトスキル」です。

ソフトスキルとは、協調、コミュニケーション、自主自律などに関する包括的な力です。たとえば共同研究者とうまくやっていくスキルや、研究活動のペースを維持するスキルです。もっと広く考えれば、論文を書くスキル、PCのファイルを効果的に管理するスキル、研究費を取得するスキルなども含まれるかもしれません。研究対象そのもの (What) ではなく、いかにして研究を進めていくか (How) については、体系立てて学ぶ機会があまりないのです。

今回の記事では、研究者業界のそのような現状に助け舟をだそうと始められた「10個の簡単なルール」集について紹介します。


「10個の簡単なルール」集とは?

2005年の8月に、『PLoS Computational Biology』誌に「論文を出版させるための10個の簡単なルール」という記事が発表されました*1。これは、経験を積んだ研究者であるBourne博士が、若い研究者や学生に向けて、論文出版のコツを10個にまとめて短く紹介したものです。その後、Bourne博士やその他の研究者によって、このフォーマットがさらに別な話題にも応用されるようになり、『PLoS Computational Biology』誌上で、研究者のソフトスキルに関するさまざまな「10個の簡単なルール」記事が発表されるようになります。

2020年10月10日現在で、『PLoS Computational Biology』誌に発表された「10個の簡単なルール」記事は144本にのぼります*2。どのような記事があるのか、実際にいくつか紹介してみましょう。


○○のための10個の簡単なルール

最初の頃に発表された記事では、研究費の獲得、論文を査読する、共同研究を成功に導く、論文を読む習慣をつける、などの比較的さまざまな研究者にとって有用な話題が論じられていました。しかし、このフォーマットが15年間も利用されるにつれて、「そうきたか!」と思わされる意外なものから、こんなものも対象になるのかと感心するようなものまで、話題は多岐にわたるようになります。

たとえば、「研究者がTwitterを使うための10個の簡単なルール*3」では、図1のような猫と論文の写真を例にとりあげて、「このような写真をツイートすることで、論文を読んでいるだけでなく、猫好きであることも伝えられる」と丁寧に教えてくれています。また、「なぜ査読者#2はいつもまったく違う手法でまったく違う話題を書いたほうが良いと言うのか」といったインターネット・ミームについても説明されています。

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図1. 文献*1に紹介されている猫と論文の写真 (CC-BYライセンスに則り転載)

「心身ともに健康な研究室を運営するための10個の簡単なルール*4」は、ときに「ブラック」と称される研究者の業界を健全化するのに役立つかもしれません。書かれていることは、福祉の推進、メンバーのスケジュールの尊重、助け合う雰囲気、などと当たり前といえば当たり前です。しかし、こうしたルールがあらためて明文化されていると、自身の参画していたり運営していたりする研究室の現状はどうだろうか、とひとつひとつ反省する機会となります。学生であっても教員であっても、自身の置かれた状況を相対化するのに役立つでしょう。

「ノーベル賞をとるための10個の簡単なルール*5」は、表向きにはきっと研究者の誰もがバカにしながら、内心ドキドキしつつこっそり読むようなタイプの記事でしょう。この記事は、イントロンの発見と遺伝子組み換え技術によって実際にノーベル賞を受賞した著者によって書かれています。ノーベル賞を目指して研究をしないこと (そうではなくてベストなサイエンスをすることに集中すべし) といったまっとうなアドバイスから、家族を慎重に選ぶべし (ノーベル賞受賞者の子供や家族は受賞確率が高いため) といったユーモラスなアドバイスまで、ノーベル賞を目指すための有用な情報にあふれています。

「10個の簡単なルールを書くための10個の簡単なルール*6」という記事すらあります! この記事では、図2のように、これまでに出版された「10個の簡単なルール」記事にとりあげられたルールの数が10個であるという当たり前の頻度分布をユーモラスに示しています。そのほか、10個のルールに対して、「10個の簡単なルール」のフォーマットの創設者であるBourne博士がコメントをつけるという豪華な構成になっています。

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図2. 「10個の簡単なルール」論文でとりあげられたルール数の分布 (文献*6: CC0ライセンスに則り利用)


研究者でなくても役に立つ?

このように、「10個の簡単なルール」集では、いろいろなトピックが扱われています。視野を広げれば、研究者以外の方にも役立ちそうなものもあります。研究発表に関するルールは、業務や趣味でプレゼンテーションをする人に役立つでしょう。プログラムコードなどのバージョン管理システムであるGitについての記事もありますし、ジャーナルクラブや学会の運営方法に関する記事はコミュニティデザインにも通じるところがあります。

開かれた学術出版を目指すPLOS (Public Library of Science) が発行する雑誌だけあって、すべての記事はオンラインで無料で読むことができます。研究者や学生であるならぜひ、そうでなくても気が向いたときに、「10個の簡単なルール」集を眺めてみれば、思わぬ出会いと発見があるかもしれません。

(執筆者: ぬかづき)


*1 Bourne PE. 2005. Ten simple rules for getting published. PLoS Comput Biol 1: e57.

*2 このページ「Ten Simple Rules」から、すべての「10個の簡単なルール」記事を読むことができます。

*3 Cheplygina V, Hermans F, Albers C, Bielczyk N, Smeets I. 2020. Ten simple rules for getting started on Twitter as a scientist. PLoS Comput Biol 16:e1007513.

*4 Maestre FT. 2019. Ten simple rules towards healthier research labs. PLoS Comput Biol 15:e1006914.

*5 Roberts RJ. 2015. Ten simple rules to win a Nobel Prize. PLoS Comput Biol 11:e1004084.

*6 Dashnow H, Lonsdale A, Bourne PE. 2014. Ten simple rules for writing a PLOS ten simple rules article. PLoS Comput Biol 10:e1003858.


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