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「同じ釜の飯」

わたしたちヒトがふだん普通にしていることが,実は霊長類のあいだでも珍しい行動で,ヒトのユニークな特徴となっている場合があります.日常的な「食物のシェア」はそうした行動のひとつです.

伝統的な暮らしをする狩猟採集民では,男女で分業をして,得られた食物をキャンプに持ち帰って,家族だけでなく集団の他のメンバーともシェアします.農耕民でも,収穫した穀物や家畜はみんなで分けあいます.現代社会でも,買ってきた食材を料理して大人数で食卓を囲むことがしばしばありますね.

しかし,ほかの霊長類では,血のつながっていない (非血縁の) 個体とのあいだで食物をシェアすることはそう多くありません.(逆に言うと,たまにあります).今回は,そうした非血縁個体のあいだで食物を分けあう行動が,どのような背景のもとで進化してきたのかを検討した研究を紹介します*1.


分析の方法

Jaeggi博士とvan Schaik博士は,これまでに報告された文献を網羅的に調べ,霊長類のあいだでどのくらい広く食物のシェアが見られるのかを検討しました*1.173の文献を調べ,68種の霊長類についてデータを得ました.

まず,非血縁の [オトナメス→オトナオス] へのシェアはきわめて稀でした.そのため,博士らはこのケースを解析の対象から除きました.また,非血縁の個体どうしのシェアを調べる前に,我が子への食物のシェアも調べられました.


我が子への食物のシェア

我が子へ食物をシェアするのが確認されたのは,68種の霊長類のうち38種 (55.9%) でした.逆に言うと,44%の種では,我が子にすら食物を分け与えないということになります!

どういう食物が我が子へシェアされるのかを調べたところ,食物の質 (栄養価の高さなど) は関係せず,獲得が難しい食物 (硬い殻に包まれていたり,みつけるのが難しかったり) が我が子にシェアされているらしいことがわかりました.

コドモは獲得できない食物が採食レパートリーに含まれる種では,こうした行動によって,我が子に栄養を与えられるだけでなく,食物の獲得に関する情報も教えられることになります.親の側からすると,食物をシェアする行動には,子供の生存を助けて自分の遺伝子を次世代に残していくうえで,メリットがあるということになります.


非血縁のオトナどうしの食物シェア

まず,我が子と食物をシェアする38種のうち,17種 (44.7%) では,非血縁のオトナどうしでも食物をシェアしていました*2.その一方,オトナどうしではシェアするが我が子とはシェアしない種はゼロでした.このことはつまり,非血縁のオトナどうしの食物シェア行動は,我が子とのシェア行動から進化したことを示唆します.

オトナどうしの食物シェアの内訳は,14種が [オス→メス],7種が [メス→メス] か [オス→オス] のあいだ.となりました.

[オス→メス] での共有は,メスが,繁殖相手のオスを選べるかどうかと関係していました.(たとえばハーレムを形成する種では,オスが1頭しかいないので,メスは繁殖相手を選べません).つまり,メスに食物をシェアすることで,自分がよりモテて,ほかのオスに比べて子孫を残せる可能性が高まるのであれば,こうした行動が進化する余地があるのです.

[メス→メス] と [オス→オス] での食物シェアは,メス間またはオス間での協力しあいの程度と関係していました.これはつまり,食物をシェアするかわりに,将来的に自分に便宜をはかってくれるのが予測できれば,同性のあいだで食物をシェアする行動が進化する場合があるということです.


おわりに ―ヒトの場合―

ほかの霊長類での例と異なり,ヒトでは日常的に食物のシェアが見られます.これには,上述のような進化的背景に加えて,ヒトの狩猟採集が分業的なことや,子育ても集団のなかで共同的になされることが関係していると考えられます.

ふだん何気なく「同じ釜の飯を食う」ことがありますが,実はそうした行動はわりとヒトに特有のものであることを,ちょっと思い出してみたりしてみてください*3.

(執筆者: ぬかづき)


*1 Jaeggi AV, van Schaik CP. 2011. The evolution of food sharing in primates. Behav Ecol Sociobiol 65: 2125–2140.


*2 今回紹介した論文の発表当時 (2011年),ニシゴリラでは非血縁のオトナどうしの食物シェアが見られないと考えられていました.しかし,2014年に,現・京都大学総長の山極教授らが以下のような論文を発表し,ニシローランドゴリラでもオトナどうしで食物のシェアが見られることを報告しました.科学的な知見というのは常に更新されていくものなのです.

Yamagiwa J, Tsubokawa K, Inoue E, Ando C. 2014. Sharing fruit of Treculia africana among western gorillas in the Moukalaba-Doudou National Park, Gabon: Preliminary report. Primates 56: 3–10.

京都大学からプレスリリースもでています.

野生のゴリラにフルーツを分配する行動を発見 | 京都大学


*3 国際色ゆたかな研究チームで調査をしたときのこと,泊まっていた北海道の旅館で,ふだん魚を食べ慣れない西欧の研究者が,おいしい刺身に箸をつけられないでいました.私はその刺身をもらうかわりに,肉料理の皿を差し出し,お互いにwin-winの夕食を堪能したのでした.ある種の国際交流であるとともに,非常にヒト的な行動であるとも言えるでしょう….


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