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我々はどこから来たのか

人類学が語られるときに,うんざりするほど好んで使われるフレーズが,「我々はどこから来たのか,我々は何者か,我々はどこへ行くのか」という,かの有名なゴーギャンの絵のタイトルではないでしょうか.

この「どこから来たのか」について,現代を生きる人類であるホモ・サピエンス (ヒト) に関しては,アフリカ大陸にその起源があることがほぼ確実にわかっています.ホモ・サピエンスはアフリカで祖先種から進化し,今から5−6万年くらい前以降に,世界各地に散らばっていきました (参考: まぎれもなく古いヒト).

ただ,「いつごろ来たのか」を考えると,化石の証拠と遺伝学の証拠のあいだにギャップがあります.これまでにみつかっていた最古のホモ・サピエンス化石は,エチオピアのOmo Kibishというところから出土した19.5万年前のものでした (図1).その一方で,古代DNAの解析では,ヒトとネアンデルタール人が進化的に分かれた年代が,50万年以上前と推定されていました.

DNAの上では,ホモ・サピエンスは50万年前には誕生していたはずなのですが,最古の化石は20万年前のもので,このあいだの30万年にどのような「ヒト」が生きていたのか,よくわからないままでした.


図1. アフリカの地図と,記事内で出てくる国の場所.


さかのぼるホモ・サピエンスの年代

そのようなおり,教科書の内容を書き換えるような研究成果が発表されました*1*2.Hublin博士たちの研究チームが,アフリカのモロッコ (図1) にあるJebel Irhoudという遺跡から (図2),30万年前のホモ・サピエンス化石を発見したのです.

この遺跡は実は1960年台に発掘が行なわれ,すでにホモ・サピエンスの化石が何点かみつかっていました.ところが,年代が正確に決められておらず,これまでは16万年前のものと考えられていました.

図2. Jebel Irhoud遺跡の写真 (Shannon McPherron, MPI EVA Leipzig, License: CC-BY-SA 2.0)


Hublin博士たちは2004年以降,この遺跡の年代を正確に決めるための発掘調査に従事しました.発掘によって,どの地層のものかが正確にわかる試料がたくさん得られ,最新の年代測定技術によって,これまでよりもずっと正確に年代を決めることができたのです.新たな年代は31.5万年前と推定され,これまでに考えられていたのよりも2倍近く古いものでした*1.


新旧モザイク状のホモ・サピエンス

発掘の過程で,新たなホモ・サピエンスの化石も得られました.Hublin博士たちはこれらの化石の形態を分析し,ほかの地域や時代から得られている古人類の形態と比較しました (図3)*2.

図3. 頭蓋の比較.左から,a: 43万年前のネアンデルタール人,b: 6−4万年前のネアンデルタール人,c: Jebel Irhoudのホモ・サピエンス (本研究の対象人骨),d: 2万年前のホモ・サピエンス.(NHM London, License: CC-BY)


その結果,顔面や顎は現代的 (最近のホモ・サピエンスに近い) ながらも,頭の形には原始的 (もっと昔の古い人類に近い) な特徴があることが明らかになりました.たとえば,おでこが広く,眼窩が「たれ目」状で,顎の骨の厚みが薄いといった特徴は現代的でしたが,前後に長い頭の形などは原始的でした.

これまで,ホモ・サピエンスの進化は主に,サハラ砂漠以南の東アフリカで起こったと考えられていました.しかし,アフリカの北西の端の,30万年前というもっと古い時代のホモ・サピエンスが,顔面や顎など,部分的に現代的な特徴を持っていたという今回の結果は,こうした考えに再考を迫るものです.

Hublin博士たちの研究結果が示しているのは,ホモ・サピエンスの進化は,どこか限られた地域の単一の系統のなかで一直線に起こってきたのではなく,さまざまな地域の系統のなかでさまざまに現代的な特徴が生じ,全アフリカ的な交配のネットワークのなかで最終的にそうした特徴があわさって,現代のヒトにつながるホモ・サピエンスが出現した,ということです.

おわりに

新たな発見によって,我々ヒトに関しての知見が深まっていくのを間近に見られるのは,自然人類学の研究をする楽しみのひとつかもしれません.それにしても30万年という時間を考えると,私は,なんだかくらくらしてきます.

(執筆者: ぬかづき)


*1 Richter D, Grün R, Joannes-Boyau R, Steele TE, Amani F, Rué M, Fernandes P, Raynal J-P, Geraads D, Ben-Ncer A, Hublin J-J, McPherron SP. 2017. The age of the hominin fossils from Jebel Irhoud, Morocco, and the origins of the Middle Stone Age. Nature 546:293–296.

*2 Hublin J-J, Ben-Ncer A, Bailey SE, Freidline SE, Neubauer S, Skinner MM, Bergmann I, Le Cabec A, Benazzi S, Harvati K, Gunz P. 2017. New fossils from Jebel Irhoud, Morocco and the pan-African origin of Homo sapiens. Nature 546:289–292.

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