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おやつの上限金額 ―大型類人猿の消費エネルギー―

生物の生きざまは,遠足前におやつを選ぶ子供と似ているかもしれません.「おやつは500円まで」という縛りがあったとき,限られたその500円を何に振り分けるか? 甘いお菓子? スナック? それとも奮発してフルーツでも買ってみる?

生物も同じようなジレンマに直面しています.限られたエネルギーをどこにどれだけ使うか.体を大きくしたり,子供を残したり,健康を保つのに使ったり,すべてを満足させることはできず,どこかに投資をしたら,別のどこかでは不足が生じます.生物学の言葉では,この,あちらを立てるとこちらが立たぬ式のジレンマのことを「トレードオフ」と言います.

このトレードオフのため,一般的に,成長や繁殖に多くのエネルギーを投資する種は早死にし,長生きする種は成長や繁殖のペースもゆっくりになる傾向があります.一般的に,霊長類は後者にあたり,比較的大きな脳に投資して長生きする分,成長も繁殖のペースも比較的ゆっくりです.


例外的なヒトの生活史

しかし,ヒトの生活史は,上述のトレードオフのあり方からすると例外的です.ヒトは,チンパンジーやゴリラと比べて,特にエネルギーを必要とする大きな脳を持ち,長寿なのに,たくさんの子供を残す傾向があります.

この理由について,人類学者たちは,ヒトの利用可能なエネルギーの総量が大きい (つまりおやつの金額が800円とかに増えているのでたくさん買える) ためではないかと考えてきました.しかし,実際にその総量が大きくなっているかどうかは,これまで確かめられてきませんでした.


消費エネルギーを測って比較する

そうした背景のもと,Pontzer博士たちの研究グループは,ヒトに近縁な大型類人猿4種 (チンパンジー,ボノボ,ゴリラ,オランウータン) について,実際に1日の消費エネルギーを測定し,ヒトで得られていた結果と比較しました*1.

その結果,男女ともにヒトが1日に消費するトータルのエネルギー量は,ゴリラのオスに次いでもっとも大きく,また,運動の影響を除いた安静状態で費やすエネルギー量も,ヒトでもっとも大きくなりました*2.

これらの結果は,たしかにヒトでは利用可能なエネルギーの総量が大きくなっており,また増加した分のエネルギーは,脳などのコストの大きな器官や,繁殖にも利用されていることを示唆します.(参考: 脳の燃費)


おやつをたくさん買うには…?

では,ヒトではどうやって,利用可能なエネルギーを増やせたのでしょうか…? これについては,以下のような生理学的・行動学的な特徴が,人類の歴史のなかで進化してきたと言われています*3.

●肉やイモなど,高栄養・高カロリーな食物を日常的に獲得して食べることで,獲得エネルギーの総量を増加させた.

●調理などによって,食物から得られるエネルギーの利用効率を高めた,

●これら消化の容易な食物にシフトすることで,高コストな消化管を縮小させて,体に必要なエネルギーを節約した.*4

こうした,行動や生理学的な特徴の進化によって,ヒトは利用可能なエネルギーの総量を拡大し,大きな脳や長い寿命と,たくさんの子供を残せる早い繁殖のペースを同時に両立したのだと考えられます.ヒトの祖先は,「上限金額の増えたおやつ」とともに,人類進化という遠足に旅立っていったのかもしれませんね……*5

(執筆者: ぬかづき)


*1 Pontzer H, Brown MH, Raichlen DA, Dunsworth H, Hare B, Walker K, Luke A, Dugas LR, Durazo-Arvizu R, Schoeller D, Plange-Rhule J, Bovet P, Forrester TE, Lambert EV, Thompson ME, Shumaker RW, Ross SR. 2016. Metabolic acceleration and the evolution of human brain size and life history. Nature 533: 390–392.

*2 安静状態で費やす1日あたりのエネルギー量は,ヒトで,チンパンジー・ボノボと比べると200 kcalくらい,オランウータンと比べると500 kcalくらい,大きかったそうです.

*3 ほかに,総量を増やす方法ではないですが,ヒトには,集団のメンバーで日常的に食物をわけあうことで,病気や怪我で狩猟採集にでられなかったときや不猟のときのマイナス分をほかの人にカバーしてもらう,という特徴もあります.

*4 厳密には,利用可能なエネルギーの総量を増やす特徴と,そうして得られたエネルギーをより効率的に使う特徴とがあります.本文には「利用可能なエネルギーを増やす」としてまとめて書いてしまいましたが,3番目の「消化管の縮小」は後者にあたります.

*5 より正確には,「遠足しながらおやつの上限金額を増やしていった」となりますでしょうか.

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