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シリーズ「新型コロナ」その16:医療崩壊とは何か?

■医療崩壊とは何か?

今、もっとも憂慮すべき事態は「医療崩壊」だろう。
新型コロナウィルスは人を選んではくれない。誰にでも感染の可能性がある。「明日は我が身」だと認識している。特にいい歳のうえに基礎疾患を持っている私などは、感染したら重篤化必至、病院に連絡しても看てもらえるような状況ではないだろう、と戦々恐々としている。

今いちばん感染リスクの高い場所とは、いわずもがな医療現場である。
何しろ、意図的に感染者(しかも重症者)が集められているのだから。
しかも、絶対に感染を起こしてはいけない場所でもある。
医療従事者への感染がたった一回でも起きれば、その感染者と一緒に働いていた現場のスタッフがごっそり二週間の自宅待機になってしまう。ただでさえ人手が足りない救急医療の現場で、である。医療崩壊は、いとも簡単に起きる。その二週間の間に、何人の重症者が死ぬことになるだろう。
医療崩壊とは、簡単に言うと、今現在新型コロナウィルス感染症で入院している重症者のケアだけで病院が手一杯になり、それ以外の患者(外来も含め)の受け入れがいっさいできなくなる、という状況だと思えばいい。たとえ交通事故で重傷を負おうが、心臓発作や脳梗塞などの命にかかわる突発的な事態であろうが、どこの病院も、受け入れたくても受け入れられない、という状況だ。すでにそれは起きている。医療崩壊によって死ぬのは、重症感染者だけではない。

■完全防備とは何か?

医療従事者は、もちろん完全防備が要求される。防護服、マスク、フェイスシールド、手袋・・・院内はレッドゾーンとグリーンゾーンに厳格に「ゾーニング」され、レッドゾーンに入るときには、完全防備。いったんレッドゾーンに入ったら、そのままでグリーンゾーンに戻るわけにはいかないので、防護を解かなければならない。防護装備は、着けるときよりも、外すときの方が特殊技術が必要で、何倍も神経を使うという。一回や二回の講習で身につく技術ではないそうだ。しかも、比較的簡単なはずの装着の方でさえ、きちんとできていない現場もあるという。専門家の指導が行き届いていない。
たとえ救急病院でも、そうした感染症に対する備えは、残念ながら日本は今まであまりにも手薄であり、無頓着だった。せいぜいインフルエンザ対策程度。それは誰も否定できないはずだ。政府や専門家も含め、私たちは全員、感染症に対し、油断し、慢心し、無防備だったのだ。学ぶ機会は何度もあったのにもかかわらず・・・。
たとえば、アメリカでいうCDC(疾病予防管理センター)に該当するものは、ヨーロッパでは欧州疾病予防管理センター(ECDC)、韓国にはKCDCがあるが、日本にはない。作るべきだという専門家の声は、ことごとく握りつぶされてきたという事情もあるようだ。
「水際で食い止められているから大丈夫」という油断・慢心・驕りがあったのだろう。子供騙しの対策で「盤石の構えだ」と信じ込んでいたのだ。日本は恥ずかしいほどの「感染症対策後進国」である。すべては他人事だったのだ。遠い海の向こうの出来事とタカをくくっていたのだ。SARSのときもMERSのときもそうだったのだ。

医療現場は、感染症に対して丸腰だった。そこへ最強ウイルスがやってきたのだ。たとえるなら、甲子園初出場の高校生バッテリーが、プロ野球の最強ホームランバッターを迎えて三球三振に打ち取らなければならないような状況だ。あまりにも形勢不利である。様子見で遊びのボール球を放っている余裕はない。
素人の勝手なイメージだが、完全防備でいったんレッドゾーンに入ったら、全身にウイルスが付着しているという前提で防護解除しなければならない。そのときに1センチでも手元が狂って装備の表面に触れてしまったら、接触感染の危険にさらされる。そのぐらい厳しいものだろう。

■私たちは似たような状況をすでに経験している

しかし、私たちはすでにそれに非常に近い状況を経験しているはずなのだ。それは、3.11の原発過酷事故に伴う放射能汚染である。放射能もウイルス同様、目に見えない神出鬼没の「プレデター」である。うっかりちょっとでも触れたら、放射線障害のリスクにさらされる。私が暮らす地域も、ホットスポットと化したエリアがいくつも発生してしまった。当時、京都大学原子炉実験所助教をしていた小出裕章氏が講演にやってきて、「この地域の汚染度は、原子炉実験室レベルだ」と言っていた。汚染度の高い実験室とセーフティエリアに出入りするときに、研究者がどれだけ厳重な放射線防護対策をとるかを説明し、それと同等のことを、日常生活でできるか、と問われた。もちろんできるわけがない。できないなら、避難するしかない、と言われた。

今、最強ウイルスを相手に、似たような状況になっている。二度目の経験なのだから、もう言い訳はいっさいきかない。放射能汚染のときは、被災地でない住人は、しょせん他人事とばかり「のほほーん」としていられたのかもしれないが、今回は局地的な問題ではなく、全国レベルだ。どこにも避難先はない。
そんな状況を知ってか知らずか、自粛要請もお構いなしに店を開けようとするパチンコ店と、そこに朝から長蛇の列を作る客、といった光景を目にするにつけ、正気を疑うのは、私だけだろうか。

そんな状況で、私たちにできるのは、自宅を何とかグリーンゾーンに保つことだけである。ところが、その自宅でさえグリーンゾーンに保つことが困難な事態もある。
今、病院に次いで深刻な場所は、軽症(ないし無症状)感染者を自宅待機で面倒を看なければならない一般家庭だろう。講習も訓練も受けていない素人が、自宅で病院並みのゾーニングと完全防備が要求されるのだ。軽症(ないし無症状)感染者は咳もあまりしないだろうし、接触感染だけ気をつければ大丈夫という話もあるが、それは、感染者用に個室が確保できる場合に限られるだろう。たとえ個室が確保できても、トイレや風呂は共有するだろうから、感染者が使ったら、触れたところを必ず消毒しなければならない。そのうえで三度三度の食事の用意と後片付け、衣類の洗濯(熱湯消毒したうえで洗濯)など・・・。高ストレス状態が続くことは疑いようがない。そればかりではない、この新型コロナウィルスのやっかいなところは、しばらく軽症が続いたとしても、いきなり(数時間で)重症化する、という特徴を持っている点だ。そんな事態になったときに、素人である家族はパニックにならないだろうか? 冷静に対処して、自分の感染を防ぐことができるのだろうか? 私には自信がない。

特に小さいお子さんがいらっしゃるご家庭では、輪をかけて大変だ。お子さんが感染していても、親の方が感染していても、どちらも大変だ。だからこそ、家庭がクラスター化してしまう現実がある。それを避けなければならないということで、軽症者・無症状者はホテルなどに隔離して経過観察する、ということになっているが、それが全員に対して可能だろうか。子どもの感染者だったら、ホテルの個室にひとり閉じ込めておくのは無理だろう。だからといって、年寄り夫婦がいる実家に預けることも危険だ。となると、児童養護施設や一時保護施設ということになるのだろうが、こうした施設にも感染症に対する備えなどない。そもそもそうした施設は、平常時でさえ常に満杯だ。急場しのぎで使える施設を他に考えなければ間に合わない。
「二週間の我慢だから」と思うかもしれないが、「経過観察期間=潜伏期間」という考え方そのものが甘いことは、すでにこのシリーズ1で指摘した。

日本は、今までの油断・慢心・無防備・無頓着のツケを、全国レベルでいっぺんに払わされようとしている。溢れる可能性があるのは、病院に入れない患者だけではない。孤独な変死者、失業者、行き場を失った子どもたち・・・こうした人たちが街に溢れることは、今までの感染症との闘いの歴史が物語っている。


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