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ウィルバーと私(その4):影の投影

私が最初に読んだウィルバーの著作は「無境界」だった。今から30年近く前の話だ。
この本は、処女作である「意識のスペクトル」の次に出版された第二作で、処女作(上・下二巻)の簡易版、一般向けの焼き直し、といった位置づけの本だ。ウィルバー理論の入門書にして実践の書、といったところだろうか。原書は、処女作から2年後の1979年に出版されている。
何を実践するための本かというと、「自己の成長と変容に関する様々なメソッドを実践するため」ということらしいが、私の注意を特に引いたのは「影の投影」という心理的メカニズムとそれに対応するメソッドである。
この「影の投影」については、処女作の「意識のスペクトル」でも触れられているが、「無境界」では、より具体的に(対処法も含めて)取り上げられている。「影の投影」とは、特に心理学や精神分析学の分野で「防衛機制(ディフェンス・メカニズム)」のひとつとして分類されている心理現象である。そもそも「防衛機制」とは、外的な条件から「自我」を守るために、無意識的に起きるメカニズムであるため、それを免れている人はまずいない。誰の身にも実際に起きている心的現象だ。
その中でも、特にこの「影の投影」は、こじらせると病理化し、場合によっては、幻視や幻聴に悩まされるほど重症化することもある。あらゆる人間関係上のトラブルの原因ともなっていて、実にやっかいな現象なのだ。
だからこそウィルバーは大きく取り上げている。

「無境界」で取り上げられている「影の投影」に関するメカニズム説明と、それへの対処法は、非常に詳細で実践的なのだが、それでも私は「詰めが甘い」と感じた。この本を読んでも、それでは実際にこのメソッドを実践して「影の投影」をどのように克服したらいいのか、という段になったら、読者はハタと立ち止まるだろう。
そこで私は、実際にこの心的メカニズムについてきちんと理解し、なおかつ実践においてそれを克服できるよう、つまり実際のワークショップなどで人に伝えて活用できるように、このウィルバー・メソッドをいくつかのワークシートとして開発し、それをもとにしたワークショップを開催し、一定の成果を挙げている。
そのワークシートのひとつをご覧いただこう(図参照)。
しかし、これだけ見せられても、何のことかはわからないだろう。

「影の投影」は、かなり複雑なメカニズムである。
それを克服して、なおかつ再びそのメカニズムが働いた場合にもすぐに気づき、自己修正できるようにするには、かなり専門的な訓練が必要になる。しかし、おそらくこれは、人が自己成長するうえで、真っ先に取り組むべき最優先にして最重要なテーマであろう。
実際、ウィルバーも「インテグラル理論を体感する」(原書は2016年出版)の中で、この「影の投影」という心理現象と、それを克服すること(これをウィルバーは「クリーニング・アップの道」と呼んでいる)の重要性について強調しているが、そのうえで、この本ではあえてそれ以上詳しく取り上げていない。その理由について、無意識やシャドーという見方はすでに広く知れ渡っており、しかも広く受け入れられているからだ、と述べている。
まさか・・・!?
さすがに「無意識」という概念については広く知れ渡っているだろうが、少なくとも日本の実情で言えば、「シャドー」という概念について正しく理解している人は、よほどの専門家でもない限り、ほとんどいないように思う。

「影の投影」に対処して、それを克服するための取り組みを、ウィルバーは「シャドーワーク」と呼び、実際に二冊目の実践の書である「実践インテグラル・ライフ」(原書は2008年出版)の中で、「シャドーワーク」の詳しいやり方を解説している。私にしてみれば、「無境界」から30年近く経ってようやくか、という思いがある。しかし私は、これを読んだとき、正直「あまりにシンプルすぎて、これで影の投影を克服できる人もいるのかもしれないが、できない人もかなりいるだろうな」と思ったものだ。

一般的に言って、心理ワークの有効性を検証する要件はいくつか考えられる。
○まず、その心理現象のメカニズムに関して、ワークの実践者もきちんと理解できるし、ワークの対象者にとっても理解できるものでなければならない。なぜなら、その心理現象の再発を防止するためには、メカニズムの理解が必要不可欠だからだ。
○できればそのワーク単体で機能するものである方がいい。別のメソッドとの併用でなければ成り立たない、という場合は改良が必要か?
○そもそも、あらゆる心理ワークの根本的な目的とは「無意識の意識化」である。なぜなら、自己成長とはまさに「無意識の意識化」の連続だからだ。本来無意識であるものを、何とか意識で理解しようというわけだから、まず理性に働きかける必要がある。
○以上のことを総合すると、ワークの実践者にとっても、ワークの対象者にとっても、自己成長に結びつくような内容である必要がある。

さて、ウィルバーが「実践インテグラル・ライフ」で紹介しているシャドーワークは、「影の投影」によって起きる視点(人称)の入れ替えのプロセスを逆に辿り直す、というものだ。「影の投影」のプロセスを「視点(人称)」の入れ替えのプロセスと捉えるなら、本来一人称(私の内部の出来事)であるはずのものが、二人称(あなたの視点)に入れ替わり(つまり投影対象の出現)、やがて三人称(あなたから私へ)に入れ替わる、というプロセスになるわけだ。しかし、この説明は、「影の投影」のメカニズムをかなり単純化している。少なくとも、「無境界」での説明と比べたら、あまりに大雑把だ。
この単純化されたプロセスにもとづき、ウィルバー・メソッドでは、このプロセスを「三人称→二人称→一人称」という具合いに逆に辿り直すことによって、外部に投影してしまった自分のシャドーを、再び自分の内部に戻そう、というわけだ。つまり、影の投影の詳しいメカニズムに関しては、ワーク対象者にあえて強く意識させない、というメソッドである。しかし、これでは、もともと無意識的にやっているプロセスに対して、メカニズムの説明も何もなく「とにかく逆に辿ってみろ」というわけだから、なかなかワークをやる動機づけにならない。

ウィルバー・メソッドは、シャドーワークに限らず他のメソッドもそうだが、基本的には瞑想(特にマインドフルネス瞑想)の実践を前提にしている。瞑想とまではいかなかったとしても、やはり「イメージワーク」の性質が強いものである。しかし、瞑想に対して抵抗があったり、何かを明確にイメージすることが苦手な人もいる。概して現代人は、左脳偏重で、右脳を動かすことに慣れていない傾向がある。そういう人には、理性や論理性に訴える必要がある。
ウィルバー・メソッドでは、あるひとつの「影の投影」現象に対応できたとしても、再び投影が起きたときには、おそらく同じワークをくり返す必要が出てくるだろう。一方、影の投影のメカニズム自体を理解できているなら、現象が再び起きた時点で、そのことに気づくことになる。つまり、その時点で「無意識の意識化」ができることになり、再発防止につながる。

そこで、AKメソッドでは、まず第一にメカニズムの理解そのものが最初のワーク・テーマになる。そして、メカニズムをより具体的に理解するプロセス自体が、外部に投影したシャドーを再び自分の内部に戻すプロセスにもなっている。メカニズムに対するこうした理解が、現象の再発防止につながり、ひいては「無意識の意識化」というプロセス全体の理解にもつながるため、メソッドを人に施す側にとっても、受け取る側にとっても、大きな自己成長となる。
また、AKメソッドは、瞑想を前提としていない。そもそも、「無境界」で解説されているウィルバー・メソッドは瞑想を前提としていないはずなのだ。AKメソッドは、基本的に「無境界」の方法論を具体化したものである。つまり、右脳(イメージ)の力というより、むしろ左脳(理性、論理性、言語)を使うメソッドだ。

最後にもうひとつ、ウィルバーが「影の投影」という現象を扱う際に、決定的に不備だと思われる点を挙げておこう。それは「集団投影」という現象に関してだ。
「影の投影」は、基本的には一人の個人の内面、あるいは多くても二人の当事者の間に起きる現象だが、これが集団的に起きる場合がある。この「影の投影の集団化」という現象が、深刻な事態を引き起こす。いじめ、虐待、ハラスメントといった社会問題の原因にもなっているし、世界のあらゆる摩擦や紛争の裏にも、この「集団的影の投影」という現象が働いているとみて、まず間違いない。この「集団的影の投影」というテーマで、本を一冊書いてもいいぐらいだ。
しかし、ウィルバーは「影の投影が集団化する場合もある」といった言及にとどめている。
ちなみに私は、自費出版の「コズミック・スピリット」(※1)の中で、この「集団投影」について、かなり大きく取り上げているし、「影の投影」のメカニズムを解説した映像作品(※2)の中でも大きく取り上げている。

(※1)https://cosmicspirit.howlingwolf.info/index.html
(※2)https://youtu.be/NZnTXgySjGU

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