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薄青のグラス

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薄青のグラス(1)

薄青のグラス(1)

 「ああクソ…こんなの終わらねえよ…」
 山積みのファイルの隙間からスマホを探し出す。照明がほとんど落とされたオフィスに、ぼうっと明るい画面が浮かぶ。22時40分。今日も帰れないだろう。

 大学を卒業し、就職して3年目。任される仕事も増えた。ここ最近は繁忙期で、彼女との時間はおろか、ろくな食事すらとれていない。それでも、大切な彼女のためと思ってなんとか毎日生きている。

 「あ…」
 俺は溜まっ

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薄青のグラス(2)

薄青のグラス(2)

 あれから一晩をオフィスで過ごし、次の日には家に帰ることができた。さらに翌日はちょうど休みだった。今週は保乃と出かけてみようかな。いや、絶対出かけよう。昨日感じた嫌な空気を払拭しておきたい。

 「ただいま…」
 「あー!おかえり〜!」
 保乃はソファから立ち上がって、俺を出迎えに来てくれた。靴を脱ぐ俺に、「ん」と両手を広げて待っている。俺は靴を脱いで、保乃の胸に飛び込んだ。
 「はぁ〜…」
 保

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薄青のグラス(3)

薄青のグラス(3)

 「ちょっと〜!起きて〜!」
 「ん……」
 身体を揺すられめ目を覚ました。ほぼ同時にアラームが鳴り響き、俺はまだ開ききらない目で必死にそれを止めた。好きだったはずの曲なのに、変に血圧が上がる。
 「あう……」
 時計を見ると、出発予定の30分前。
 「やべ…」
 「もう、用意遅いんやからはよして!朝ごはんのパン置いてるから!」
 「お、おう…」
 俺は眠い目をこじ開けるように、上がった血圧の勢い

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薄青のグラス(4)

薄青のグラス(4)

 もうすぐ日付が変わる頃。俺は疲れた手首で鍵を回した。
 今日は保乃には悪いことをした。今日は流石に寝てしまっているかもしれない。

 「ただいまー…」
 保乃から返事はない。…やっぱり寝てるか。俺はとりあえず手を洗って、部屋に入る。

 「……保乃?」
 保乃が薄暗いダイニングのテーブルに突っ伏していた。

 「保乃」
 もう一度呼びかけると、保乃は少し間を置いて顔を上げた。保乃の目は真っ赤だっ

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薄青のグラス(5)

薄青のグラス(5)

 「…じゃあ」
 「うん」

 玄関の鍵を閉め、俺たちは向かい合った。

 「元気で…幸せになれよ」
 「うん…お互いにやで?」

 今の今までそばにいたのに、その笑顔が懐かしく感じる。

 「…これ買い替えな、お揃いやん!も〜…」

 保乃が俺のスーツケースを指差して言った。俺のは黒で、彼女のはピンク。ずっと前、2人で旅行に行く時に一緒に買ったんだっけ。

 「ふっ、そうだな…はぁ〜、また出費だ

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