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【創作】七夕

7月7日 七夕

今日は年に一度、空に天の川がかかり、織姫と彦星が会う。

「そう言えば、見たことないな。天の川」

ポツリと空を見ながら呟いた。

入道雲がもくもくしている空はもう夏を告げている。

空いた窓からセミの鳴き声もする。

暑い。

下敷きをうちわがわりに扇ぐ。

風が吹き抜けると夏服が揺れた。


いつもは眠くなる午後の古文の授業。

この暑さでは流石に眠気も襲ってこない。

梅雨はどこへやらすっかり夏の陽気だ。




放課後。

何となく帰る気がしなくて、ぼーっと外を眺める。

時折入ってくる風が心地いい。


「今夜、星を見に行かない?」

ふと彼の声が聞こえた。

振り向くと彼はいつものメンバーと話していた。

「そういえば今日は七夕か!」

「今年は天気が良さそうだし天の川、見れるかもな」

教室の真ん中で彼らが面白そうに話す。

「七夕ねぇ。男子って意外とロマンチストね」

私と同じように聞き耳を立てていたのだろう。

私の目の前に座っていた友達が言う。

「でも楽しそう」

私の隣で立っている友達が、羨ましそうに彼らを見つめている。

私が口を開こうとした瞬間、彼は私の方を見た。

「ねぇ。君たちもどう?」

彼が言うと口々に、

「人数多い方が楽しいだろ!」

「みんなで行くか!」

と、彼らは教室に残っていた人たちに声をかけ出した。

私は友達に目を向けた。

もうその目を見ただけで答えは決まっていた。

「もちろん!」

私たちはその輪の中に入っていった。




待ち合わせ場所はいつものコンビニ。

楽しみで早く家を出たけれど、思いはみんな一緒だったのか友達はもうそこにいた。

もう辺りは暗い。

でも怖いとは思わない。

これから起こる期待で胸がいっぱいだ。


いつもより少しテンションの上がった声で、目的地まで話しながら歩く。

目的地は学校。

みんなで集まれる場所と言えば学校になるのは必然的だ。

夜に学校に行くなんてドキドキする。

いつも歩いているはずの通学路も、少しだけ違って見える。

「いつも学校行くのめんどくさいのに、こんなに楽しみなの初めてかも」

友達の言葉に頷く。

「ほんと。学校に行きたいなんて、普段思わないのにね」

私も笑いながら答えた。


あっという間に学校が見えてくる。

いつもより早く着いた気がする。

校門を通り過ぎ脇道に入ると、ちらほら人影が見えた。

「考えるのはみんな同じなのかな」

友達が少し速度を早める。

そこには彼の姿もあった。

「お待たせ!なのかな?」

「時間はまだだよね?」

私たちは声をかけながらその輪に入った。

「まだ大丈夫」

「バレないように大声出すなよ」

彼らは私たちにそう釘を刺し、人数の確認をしていた。


少しすると全員集まった。

こっそりと学校に忍び込む。

フェンスが壊れていて、軽く押すと中に入れる場所が一ヶ所だけある。

生徒たちが遅刻した時に使う秘密の通路だ。

私たちは次々と中に入っていく。

足音も立てないように、グラウンドを目指す。

そして、全員がグラウンドに着いた。


「せーの!」

小さな声で掛け声を出し、一斉に空を見上げる。

「わぁ」

思わず声が漏れる。

綺麗な天の川。

今日は晴れ。

雨はおろか雲すらない。

天の川ってこんなに綺麗だったんだ。

いつも見る星空と違う美しさがある。

感動を分かち合っている声も聞こえるが、私はただ静かに見上げていた。


「何してるんだ!」

突然声が響く。

慌てて視線を戻すと、そこには懐中電灯を持った先生がいた。

「おい!逃げろ!」

誰かが声をあげる。

その声でみんな走り出した。

出入りできる場所は一つしかない。

そこに集まると場所がバレてしまうし、捕まってしまう。

最初からそんなことも想定していたので、みんなバラバラに向かって走る。

男子たちは主にフェンス乗り越えて逃げる。

女子は入ってきたあの場所を目指す。

私もすぐに走り出した。

「待ちなさい!」

先生が追いかけてくる。

暗くて顔までは判断できないだろう。

全速力で走るしかない。


そんな時不意に手を掴まれた。

ハッと目線を上げると、彼が私の手を掴んでいた。

彼はチラッとこちらを見て、私の手を引き走り出した。

向かった先は壊れたフェンスではなく校門だった。

なんで。

声を出せないまま、学校から少し離れた公園まで彼は私の手を引き走った。

「はぁはぁ。大丈夫?」

息が上がったまま彼は私に聞く。

私は声も出せず頷く。

「ここまで来れば大丈夫だから」

彼は笑って、スマホを取り出した。

無事に逃げたことを報告しているんだろう。

「はぁはぁ。ねぇ。なんで」

整わない息のまま私は問いかける。

「何が、なんで?」

なんで校門から逃げたのか。

なんで一人で逃げなかったのか。

なんで私の手を掴んだのか。

なんで私だったのか。

私の“なんで”は、声にならなかった。






「今日は七夕か」

カレンダーを見ながら呟く。


あの後、結局誰が学校に忍び込んだのか分からなかったらしく、全員に注意喚起があっただけで話は終わった。

しかしフェンスを調べられてしまい、すぐに直されてしまった。


あれから数年。

私はあの時の“なんで”を聞けずに今に至る。

ブーブー。

スマホがなった。

今日は年に一度、織姫と彦星が会える日。

そして年に一度、彼が必ず帰国する日。

着信は彼からだ。


『今夜、星を見に行かない?』

毎年7月7日に届くメッセージ。

『もちろん!』

私も毎年同じメッセージを返す。


あの日見た綺麗な天の川は、あれから見れていない。

雨だったり、曇りだったり。

それでも毎年決まって空を見にいく。




今年も少し雲がかかっていた。

「残念。晴れだと思ったんだけどなぁ」

隣で同じように空を見上げる彼に言う。

「なかなか難しいね」

また少し大人びた彼は落ち着いた声で言う。

年に一度しか会えないのに。


帰り道。

あの日のように走ったりはしないけれど、あの日のように手は繋がれている。

「で、結局“なんで”だったの?」

私は聞く。

「うん?あー。だから、校門の方が手薄だと思ったんだって」

彼は私が聞きたいことじゃない答えを言う。

わかっているくせに。

「それは何回も聞いた。じゃなくて、なんで私の手を引っ張ったの?」

「なんだったかなー?忘れたー」

彼はいつものように、はぐらかす。

正直もう答えは聞かなくても、予想はついている。

でもはっきり聞きたくて、いつも聞いてしまう。

はぐらかされるとわかっていても。

そこでふと違うことが頭に浮かんだ。

「そう言えば、なんで突然星を見にいくってなったの?」

「それは、君が天の川見たことないって言っ…」

そこまで言った彼は口元に手をやった。

思わぬ質問に思わず答えてしまったらしい。

照れ隠しのように彼は顔を背ける。

「確かに授業中、ボソッと言った気がするけど…。聞いてたの?」

彼は観念したように口を開いた。

「俺、前の席だったから、聞こえたんだよ」

「ふーん」

私はニヤニヤしながら彼を見上げる。

「なんだよ!」

「いや。別にー」

もうあの時の“なんで”は聞かなくていいか。

私はもう満足だ。

「ねぇ。来年も連れてってくれる?」

私がそう尋ねると、

「来年だけじゃなく、毎年見に行くんだろ?」

と、彼は返した。




年に一度、七夕の日。

空には天の川がかかって、織姫と彦星は会える。

年に一度しか会えなくても、例え毎日会えたとしても、私たちはこの日空を見上げる。

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