ansan

過去に起きた物語が、今の自分を構築させた。 今の自分と向き合って、綺麗な未来を構築させ…

ansan

過去に起きた物語が、今の自分を構築させた。 今の自分と向き合って、綺麗な未来を構築させたい。

最近の記事

テレビ

担任がいじめっこ達に いじめてるかの確認があった日から さらにいじめがひどくなっていった。 自分もいじめられかねないと 助けてくれる人もいなかった。 そんな学校に私は何のために通っているのか。 自問自答しながら、 毎日頑張って登校していたが、 ある日、学校の最寄駅で 我慢の限界に達し、 ホームで過呼吸になり その後、意識を失って倒れた。 目を覚ますと、 最寄り駅から車で15分ほどのところにある 病院のベッドの上だった。 病院の先生にすべてを話したが、 ご両親にこのこと

    • 選んではいけないスイッチ

      小学校、中学校と いじめに遭ってきたことで 地元にいることが嫌になり 高校はあえて隣の市の私立高校を選んだ。 電車で片道1時間ほどの場所。 いくつかの部活が 全国大会常連ということで有名。 凄く平和に過ごせそうだ。 入学当初はそう思っていた。 しかし、 そんな気持ちは2か月ほどで 打ち砕かれる。 私の住んでる地域は 夏前に大きなお祭りがある。 学校帰り、 仲の良かった友達3人と 途中下車をし、 プリクラを撮ろうということになった。 プリクラを撮り終え、 お祭りを見て

      • 他の裏切り

        小学生の時代は色々とあったが、 それを忘れるかのように とあるスポーツにも打ち込んでいた。 そこでの仲間との関係性は厚く、 練習や大会に出てるときは 嫌なことも忘れることが出来ていた。 仲間とは小学校は別だったが、 中学になって、仲間みんな一緒になった。 ある一人と同じクラスになった。 中学2年の時、 ある女子グループからのいじめで 私は不登校になった。 上靴を隠された挙句、 近くの公園でその靴が燃やされたり、 当時、 連絡網がクラスの掲示板に掲示されてて、 私の名

        • あらぬ罪

          ある日、 陽子がこう言ってきた。 『体育着入れてる袋貸して。  これから買うもの、  カバンに入らなそうで・・・』 私の名前が入っている体育着用の袋。 すぐ返すとのことで貸した。 そして下校途中、 近所のスーパーに立ち寄る。 私はお財布持っていなかったので、 本売り場で立ち読みしてた。 そして、 店内を回ってた陽子が 買い物終えたとのことで 私に声かけてきて、 出口の方向へ向かったその時、 『ちょっと君たち』 後ろには私服警備員が。 私は何のことだか分からない

          苦しい人生の始まり

          小学2年までは 平和に過ごせていた。 そして小学3年に進級。 初めてのクラス替え。 ここで私を永遠に苦しめる女子と 出会う事になる。 本来は仮名を使うのが普通かもしれませんが この人だけは、本名出します。 名前は『陽子』 見た目はボーイッシュすぎて 男なのか女なのかも分からない感じ。 何かと喧嘩に巻き込んできて 先生に怒られ 廊下に一緒に立たされるのもしばしば。 私は本当に大嫌いだった。 当時出始めで流行り始めていた 『遊戯王カード』のデッキから 数枚レアカードを

          苦しい人生の始まり

          未来の隣の人

          幼稚園を卒園する数週間前、 私は突然の腹痛や高熱に悩まされ 入院をすることに。 診断結果は 『細菌性腸炎』 4人制の大部屋で 近い年齢の人たちがいる。 そんな中、 向かいのベッドに 同い年の男の子がいた。 イライラしやすいのか 分からなかったけど 何かといじわるしてきてた。 数週間一緒に過ごし 男の子が先に退院することに。 退院する時、 『楽しかった!寂しくなかった!』 と、言われ 何言ってんだ・・・と思いながら お互いバイバイした。 その数日後には 私も退院し、 予

          未来の隣の人

          お内裏様の横

          2歳になる年、幼稚園に入園。 その年に、ある男の子と出会う。 これから幼稚園で過ごす4年間、 その男の子とはずっと同じクラスだった。 誰にでも優しくて 女の子たちの注目の的。 お姫様みたいな女の子が その男の子によく、 くっついて歩いていた。 しかし、 その女の子に目もくれず よく私に話しかけてくれてた。 かっこいいもんなーって その男の子のことを 私は心のどこかでは思っていた。 でも、あくまでも 「クラスメイト」という形で 割り切っていた。 ある年のひな祭りの日、

          お内裏様の横

          思い出で語れない人

          3姉妹の末っ子でありながら 自身の苗字の全家系の中での、 孫の代で一番最後にもなる。 そんな中、 私は母方の両親に会ったことがない。 母方の父は、 私が生まれる遥か前に 難病に罹患し、 長きに渡り闘病生活をし他界している。 母方の母は、 私が生まれた1週間後に 交通事故に遭い帰らぬ人に。 なので、母方の2人には 私は一度も抱っこをされなかった。 産後まもなくして訃報が入り、 母はしばらく母乳が止まってしまったそうです。 ごめんね、ごめんねと思いつつも 現実を受け入れ

          思い出で語れない人

          読んでいただくにあたって。

          これから徐々に、 これまでの事などを ゆっくりながらではありますが、 書いていきます。 内容の中には、 見てて不快に思われる表現も 入る可能性があります。 ですが、包み隠さずありのままの言葉で お伝えしたいという気持ちから 書いておりますので どうかご理解の程、宜しくお願い致します。 いじめや心的疾患の内容なども入ります。 これは、自身の病気のアピールではなく どういった経緯でなったのか、 当時はどのような対策などがあったか、 昔と今を比べられると思い、 noteを通じて

          読んでいただくにあたって。

          変わった合格理由

          幼稚園など入る前に 面接などあると思いますが、 今の時代がどういうものなのかは分かりません。 (独身なもので・・・) 私が入園する際も、 面接はありました。 その時からどうやら 私は少し変わった子だったのかもしれません。 入園の面接した時は、 私は1歳になる直前でした。 色んな子は、 知らない人と会話するので、 緊張から泣いてしまったり黙ってしまったりと そういう傾向が多いかと思います。 しかし私の場合、 強すぎるメンタルだったからなのか、 当時の園長先生のところ

          変わった合格理由

          me

          私について。 バブル時代として、 比較的認知されてる年に、 生を受けました。 自営業の父、専業主婦の母、姉2人という家族の構図。 2人の姉とは年齢が離れており、 物心ついた時には、姉たちは実家を出て それぞれ、自身の生活を始めていました。 父は外仕事が多く、夕方までいないことが主だったので 自然と母と2人きりの時間が多かった。 私は母がとても苦手。 母がいつも言う言葉たちの中には 「威圧」というものがすごく、 母のことをなかなか好きになれなかった。 学力とかに関して

          小説みたいな。

          小説みたいな、 起承転結がきちんとしてる物語を 現実でも起きてほしいなと、 何歳になっても期待してしまう。 ただ、予期せぬ流れに変わり なかなか結びまでたどり着けず。 その理由を世間のせいや、 自分のせいにしたりもする。 確実な答えを知りたいのに、 そんなこと、誰もわかるはずがない。 その答えを何としても知りたくて、 新たな出会いを求めて彷徨い続けてる。

          小説みたいな。

          話し足りない物語

          初めまして。こういう形で執筆するのは初めてです。 とある配信アプリで、自身の近況や過去のことなどを話しているうちに、 内容があまりにも多くて濃い為、詳しい内容で聞きたいとのお声があり、 どうしようかと悩んでいたら、noteさんを紹介していただきまして、 またとない機会だと思い、登録しました。 不定期ながら、着々と書いていきますので お読みいただけると嬉しいです。

          話し足りない物語