立ち上げ時に数百億円を調達するバイオベンチャーはどのように作られるのか?

みなさん、こんにちはANRI 宮崎です。

ここ最近のnoteで研究開発型スタートアップに投資している米国を代表するVC ARCHを取り上げていました。ARCHの主要投資家であるBob NelsenのキャリアやARCHの投資哲学などいくつか記事がありますので、興味のある方はそちらもどうぞよろしくお願いいたします。今回は分子生物学分野のリサーチインターン生に、ARCHが巨額の資金調達を行うバイオテックベンチャー設立できた理由を解説いただきます。


はじめまして、ANRIでリサーチインターンをしております、あやた(仮名)と申します。
分子生物学を専攻しており、日々がつがつ実験しているウェット系の博士課程大学院生です。
東日本大震災の際、社会と科学の分野がもっと近づけばいいのに、という思いを持ち始め理系に進学することを決めました。生物学を専攻する中で、バイオテクノロジーを社会に実装するバイオベンチャーって面白そうだな、もっと知りたいなと感じ、ご縁がありましてANRIでインターンをさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします。


前述の通り、ARCHは実は会社を設立していきなり巨額の資金調達を行うバイオテックベンチャーを複数設立しています。中には8億ドル以上の資金調達を行った企業も存在しています。なぜ、巨額の資金調達を行うバイオテックベンチャーを設立することができるのか?今回は、直近で話題になったARCHがリードして資金調達を行った3社のバイオテックベンチャーを取り上げ、その理由を探っていきたいと思います。

巨額の資金調達を行うバイオテックベンチャー

今回ご紹介するのは以下の3社です。

Sana Biotechnology

Sana Biotechnologyは、2018年に創業した細胞治療開発を行う会社です。2020年に行われた最初の資金調達で7億ドルを資金調達しています。更にそれから1年も経たず、2021年上旬にNASDAQにIPOするという驚異的なスピードで成長しています。

National Resilience

National Resilienceは、2020年、Covid19により社会が大ダメージを受けたことをきっかけに創業された、新たな治療法の「製造」を克服するために作られた会社です。設立と同時に8億ドル以上の資金調達が発表されています。

Neumora 

Neumoraは、2019年に、神経変性疾患と神経疾患における課題を解決するために立ち上げられた会社です。2021年にAmgen社からの1億ドルの出資を含め、5億ドル以上を調達しています。

どの企業も新しいタイプの医薬品や医薬品製造技術開発に取り組むチャレンジングな企業であり、最初の資金調達で5億ドル以上の非常に大きな資金調達を行っています。米国でも初期段階で数十億円規模の資金調達でも十分大きいと考えられてきた中で、1桁増やした投資で一気に進めようとしています。一体どうして巨額なお金が動いたのか?これら3社の共通点を見つけることで、少し紐解いていきたいと思います。

社会的インパクトが大きい革新的なテーマ設定

Sana Biotechnology HPより

Sana、Resilience、Neumoraはそれぞれ「細胞治療」「治療法の製造」「神経疾患」をテーマに掲げています。どれも社会で必要とされていながら、解決することが困難であった大きなテーマです。

2020年春、多くの企業がCOVID-19のワクチン開発を始めましたが製造が十分に追いつかず、ワクチンの供給が滞ってしまいました。ARCHのRobert Nelsenは避けられるはずの死が大量に発生してしまった事態に憤慨し、怒りに任せてResilienceを立ち上げたとも語っていました。

医薬品の製造分野では、新薬がFDAに承認される確率は10-15%と低いため、従来はPhase2の臨床試験成功後に製造を開始するというアプローチが取られていました。しかし、COVID-19ワクチンやがん治療薬が示した通り、生物医薬品はより複雑に、臨床試験の期間は短くなっており、今後は効率的な製造プロセスを迅速に開発していくことが求められます。Resilienceはこの課題を解決し、長期的には、最先端技術を取り入れながら医薬品の生産性を何倍にも高めていくことを目標にしています。

Robert Nelsenは「私が設立した本当に良い会社のほとんどは、私が何かに腹を立てて始めたものだ」と語っています。現在において本当に解決するべき大きな課題を掲げ、そこに適切な技術を用いて大型の資金調達でバイオテックを立ち上げているのです。

大手企業責任者やシリアルアントレプレナーのプロ経営陣

Sana、Resilience、Neumoraの経営陣には、元大手企業経営幹部やバイオテックの起業経験のあるシリアルアントレプレナーなどが名を連ねています

ResilienceのCEO Rahul Singhviは武田薬品のVaccine Business UnitのCOO(Chief Operating Officer)でした。Vice ChairmanのPatric Y. Yangは F. Hoffman-La RocheのExecutive Vice President/Global Head of Technical Operations でした。加えて、元FDA長官のScott Gottliebや元上院議員Bob Kerreyなど公的機関出身者をBoard of Directorsとしても参画しております。

Neumoraの CEOはARCHのPaul Bernsで、彼はAnacor Pharmaceuticals・Allos Therapeutics・Bone Care InternationalでCEOとして経営を担っていました。また、ex-CSO(現 Head of R&D)であるJohn DunlopはNeumora入社以前は、Amgen社で神経科学研究プログラムを主導し、神経変性疾患、疼痛、片頭痛の治療薬の創薬活動を担当していました。現CSOは、元Jnana TherapeuticsのSVPであり、AstraZenecaで20年近くの経験があるNick Brandonが担っています。

SanaのCEO Steve HarrとChairman Hans BishopはJuno TherapeuticsでそれぞれCFO、CEOを務めていました。そのJuno TherapeuticsもARCHによって設立されたCART療法を開発するバイオテックベンチャーであり、2018年Celgeneに1兆円で買収されています。Hans BishopはGrailのCEOも兼務しており、以前はDendreon COOやBayer Healthcare EVP等を歴任してきました。

このように大手製薬の責任者レベルで仕事をこなしていた人材やシリアルアントレプレナーが経営陣として名を連ねており、更に多くがARCHと既に仕事をしてきている方々多くなっています大企業とのネットワークやディールメーキングでの期待感だけでなく、これまでのARCH等との仕事の信頼感からも大きな調達に繋がっているように見受けられます

数多くの買収により豊富なアセットとケーパビリティ

3つのバイオテックベンチャーのうち、Sana、Neumoraは他のバイオテックを複数買収することでパイプラインを拡大しています。

上場時のSanaのパイプライン

Numoraは精神的な疾患と神経変性疾患に対する9つのパイプラインを持っています。また、Sanaは細胞工学に関する11のパイプラインを保持しています。上場した企業の例だと、2021年に上場した細胞治療に関するVor Biopharma はパイプライン4つ、アルツハイマー治療薬に取り組むAlzamend Neuro はパイプライン5つでした。バイオテックの創薬は治験の段階で上手くいかないことがかなり多く、豊富なパイプラインを持つSana、Neumoraはリスクを軽減することができます

医薬品製造のイノベーションを目指すResilienceも2021年にはマサチューセッツ州ボストンのケンブリッジやハーバード近くに位置するSanofi-Genzymeの主要工場31万平方フィートとカナダのオンタリオ州ミシサガの13万6千平方フィートの工場を買収しました。同工場で働いていた従業員も受け入れ、サノフィ向け製品を作り続けながらさらに雇用人数を増やし、生産を拡大していく予定だということです。また、Resilienceはフロリダ州アラチュアに本社を置くOlogy Bioservicesを買収しました。Ology Bioservicesは米国政府向けにも生物製剤の製造を専門とするワクチン会社で、政府との契約額は18億ドル以上となっています。Ology Bioservicesは米国国防総省から、高度な抗COVID-19モノクローナル抗体カクテルを開発する3700万ドルの契約も獲得しています。Resilienceはこの買収によって300人以上の従業員、フロリダ、カルフォルニア、メリーランドにまたがる20万平方メートル以上の工場を獲得しました。このように、Resilienceは既存の製造施設や製薬企業を多く買収することで、施設を拡大しています

まとめ: 巨額の資金調達は魅力的なテーマ、人材、技術によって成し得た

Sana、Resilience、Neumoraは社会課題を根本から解決するような大きなテーマを持ち、そのテーマを先導することのできる優秀な経営層と、解決できる最先端技術を兼ね備えることで、米国で巨額の資金調達を実施しました

資金調達後もこれらのバイオテックベンチャーは成長し続けており、Sanaは創業から1年以内でNASDAQにIPOしました。Resilience、Neumoraは武田薬品やAmgenとの取り組みを開始するなど、多くの大手製薬とコラボレーションすることが出来ています。Sana、Resilience、Neumoraを始めとした、大きなテーマを掲げるバイオテックベンチャーがARCHと共に今後どのように世界を変えていくのかが楽しみです。

次回は今回取り上げた3社の中で中枢神経疾患に取り組むNeuomoraにフォーカスし、Neuomoraがどのように設立されていったのか、なぜ中枢神経疾患に取り組むのか少し深掘りしていきたいと思います。

ベンチャーキャピタルANRIは、「未来を創ろう、圧倒的な未来を」というビジョンのもと、インターネット領域をはじめ、ディープテックやライフサイエンスなど幅広いテクノロジー領域の大学発スタートアップにシード期から投資を行っております。
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【参考文献】


https://www.forbes.com/sites/amyfeldman/2021/04/15/one-billion-doses-on-day-one-vaccine-company-claims-world-changing-innovation/?sh=7938afe3283d
https://sana.com/
https://resilience.com/
https://neumoratx.com/
https://www.vorbio.com/
https://alzamend.com/
https://www.bostonglobe.com/2021/02/11/business/sanofi-prepares-transfer-allston-plant-new-company-not-its-city-tax-breaks/
https://www.businesswire.com/news/home/20210412005972/en/Resilience-Continues-Expansion-with-Acquisition-of-Biologics-Manufacturing-Company-Ology-Bioservices
https://www.businesswire.com/news/home/20220215005521/en/Resilience-Establishes-Multi-Product-Development-and-Manufacturing-Collaboration-with-Takeda%E2%80%99s-Plasma-Derived-Therapies-Business-Unit
https://neumoratx.com/news/amgen-and-neumora-therapeutics-announce-strategic-rd-collaboration-to-accelerate-novel-precision-therapies-for-brain-diseases/


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