ディープテックスタートアップが大企業に勝つ方法とは?
こんにちは、ANRIでインターンしている博士(@_nashi_budo_)です。
今回の記事も前回に引き続き、ディープテックスタートアップの事業を考える上でのフレームワークに関する内容になっています。
研究を事業化するプロジェクトをしていた頃、投資家にピッチをすると必ずと言っていいほど、このような質問をされました。
と聞かれた場合、みなさんならどのように答えるでしょうか?
投資家にそんな質問をされたときに私自身悩むことが多かったので、この記事では大企業に勝つための戦略を立てやすくなるような考え方のフレームワークについて書きたいと思いました。
大企業がいても成功したスタートアップの例
先ほど競合がいても構わないと書きましたが、実際に大企業がすでに市場を独占していても圧倒的な成長をしてきたスタートアップは数多く存在します。(ディープテックスタートアップでない企業も含まれます。)
大企業とどうやって勝負するのか?
大企業がすでに存在していてもスタートアップが勝つにはどうしたらいいのでしょう?
大企業と直接対決しないことです。
大企業と比べてあらゆる面で圧倒的に不利であるスタートアップが勝つには、できるだけ真っ向勝負を避け、戦わずに戦うこと重要になります。つまり、戦う軸をずらして、大企業の射程圏内から外れるこということです。
「軸をずらす」と言いましたが、ここからは4つの軸を紹介します。そして、その軸をどのようにずらせばいいか説明していきたいと思います。
前回の記事で、技術分類のカテゴリー2の具体例と出したSkydioの成長戦略をさらに深堀ります。Skydioはなぜドローン市場を独占していたDJIを抑え、コンシューマー向けドローンのプラットフォームを築くことができたのでしょうか?
大企業と直接戦わないためにずらす4つの軸
4つの軸を説明する前に、SkydioとDJIが市場を独占していた当時の状況について簡単に書きます。このような状況で、みなさんならどのような戦略を立てるか想像しながら読んでみてください。
Skydioは2014年にAbraham Bachrach氏とAdam Bry氏によって設立されました。両氏はMITでドローンの自律飛行の研究に従事していました。Skydio設立時はドローンスタートアップ黎明期で多くの企業が出現しては、DJIの品質・価格・機能などあらゆるあらゆる面で太刀打ちできず(Lily robotics、3D roboticsなど)失敗して倒産していきました。
当時、DJIの主な顧客はドローンを飛ばす方法を熟知している経験者やプロの写真家でした。しかし、Skydioはそのようなドローン愛好家をターゲットとはせず、操縦いらずの完全自律飛行技術を搭載したドローンの開発に全てを賭けました。完全自律飛行は技術的に難易度が高く、DJIを含む他の競合は苦戦していましたが、Skydioはその技術を達成すべく多額の研究開発費用と時間を費やしました。その結果、2018年になると画期的な自律飛行技術を搭載した「Skydio R1」を売り出すことに成功しました。障害物を回避しながら飛行し、人を追尾しながら撮影を行うという高い技術で世界にその名を馳せることとなりました。R1の自律飛行技術が基礎となり、2019年には非GPS環境下での自律飛行も可能となった「Skydio 2」が開発されました。人を追尾して撮影するホビー用途だけでなく、屋内や橋下などGPSが機能しない場所において、点検・警備・監視など様々な領域で省力化を目的とした活用方法も可能になりました。
このようにして、ひとつの尖った技術を武器にSkydioはDJIに対抗することができる米国を代表するドローンメーカーとなり、Andreesen Horowitz、Levitate Capital、Next47、IVP、Playground、NVIDIAなどの投資家やパートナーから支援を受けて現在も事業を拡大し続けています。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、ここからは4つの軸を元にSkydioの戦略を紐解きたいと思います。
4つの軸をずらす
1. 時間をずらす
2. 強みをずらす
3. 市場をずらす
4. 地域をずらす
1. 時間をずらす
大企業と同じ時間軸で戦わないこと。
現在を積分していって訪れる未来を目指すのではなく、達成したい未来像から現在取り組むべきことを逆算して取り掛かることが重要になります。大企業が積み重ねていったら達成しうる領域内で戦うと負けてしまうので、達成したい未来にタイムワープするにはどうしたらいいかを考えることで直接対決を回避することができます。そして、ディープテックスタートアップの場合は、タイムワープに使える飛び道具となりうる最先端の技術やこれから発展しそうな技術に積極的に賭けることで、大企業が積み重ねていっても到達しないポイントにより早く到達することが可能になると思います。
Skydioには叶えたい世界があった
SkydioのCEOであるBry氏とCTOのBacharach氏はMITでドローンの自律飛行に関する研究を行っていました。どこの企業も自律飛行を実現できていなかった中、彼らは完全自律飛行のドローンが秘める可能性を信じていました。人がいなくてもドローンが自ら複雑なタスクをこなす世界を夢見ていました。ドローンの操縦方法を熟知した顧客がメインであった当時のドローン業界でしたが、彼らは従来の手動ドローンでは、ユースケースや規模が制限されることを弁えていました。そこで、彼らは自律性こそがドローン業界にパラダイムシフトを起こし、自分たちが夢見る世界を実現する技術であると確信していました。
もしもDJIがビジネスを積み重ねていって到達しうる未来に近い地点を目標にしていたら、DJIポテンシャルに飲み込まれて失敗していった多くのドローンスタートアップと同じ末路を辿ることになっていたでしょう。
さらに、彼らは機械学習技術革新の波も捉えていました。創業当時、技術革新が起きたばかりで黎明期だったディープラーニング技術を自律飛行技術の実現を加速するための飛び道具として採用しました。当時、SLAM技術としてレーザーセンサーを使用したLIDARの方が一般的でしたが、発達段階にあった深層学習の発展性に賭けて、Visual SLAMを使って開発に成功しました。
カテゴリー2に分類されるディープテックスタートアップは技術の組み合わせで画期的な製品を開発するため、技術革新の波にうまく乗ること。そのため、イノベーションの波に乗るためには、今日すぐに使える技術に固執するのではなく、まだ応用段階ではない最先端の技術を理解し、大学の研究レベルの専門知識をつけることも重要になってきます。
2. 強みをずらす
大企業と同じ強みで戦わないこと。
大企業と同じ強みを武器に、同じ面上で少しだけ有意な製品を開発できてもすぐに追い抜かれてしまいます。
新たな軸を追加して、新たな面を生み出します。戦う面を見極めたら、その面に集中的に資金や時間を投下します。
SkydioはDJIに価格も機能も劣るけど...
少し分かりにくいので、上の図を使ってSkydioの例を持ち出しながら説明したいと思います。Skydio R1を開発する際、目標とする自律性から数ノッチ落としてDJIのホビードローンよりわずかに自律性が優れている同価格くらいの製品を目指しても良かったはずです。そうすればSkydioは莫大な研究開発費も不要になり、すぐに販売して売り上げも出たかもしれません。しかし、このような製品を開発した場合、図のようにDJIと同じ面で射程圏内に入ってしまいます。こうなってしまうと、DJIはドローンの価格を下げて(DJIにとっては痛くも痒くもない)競合であるSkydioをいとも簡単に射抜くことができてしまいます。このようにして失敗していったアメリカのドローンスタートアップは多くあります。
そこで、SkydioはR1を開発するときは価格と機能からなる面を捨てて、新たな軸である自律性を追加します。そうすることで、DJIポテンシャルから遠ざかり、新たな面に集中して強みを尖らせることができるようになります。
センサーや洗練されたオンボードコンピューティングのためのコストがかかり、DJIのドローンと比較してはるかに高価になります。自律性を追求すればするほど多くのセンサーが必要になり、電力消費量が大きくなるため、飛行時間やペイロードが落ちるなど機能が面でも劣ります。価格・機能を諦めても、DJIとの直接対決を回避して、Skydio R1開発時には自律性という軸を新たに追加して、DJIポテンシャルの引力を受けない面で戦うことに決めました。
3. 市場をずらす
大企業と同じ市場で戦わないこと。
もちろんスタートアップにとって大きな市場でビジネスを展開することは大事ですが、多くの場合大企業がすでに独占している可能性が高いと考えられます。そこで、スタートアップはすでに既存プレイヤーが多くいる大きな市場よりもニッチな市場を独占することを目標とした方が大企業と戦わずに済みます。
そして、一見ニッチな市場に見えても事業を進めていく中で潜在市場は大きいことに気づくこともあると思います。
SkydioはDJIから客を奪わない
上でも書きましたが、Skydio R1開発当時、コンシューマードローンマーケットは手動がメインでした。操縦プロがターゲットとなる市場において、自分で操縦できないユーザーはドローンスタートアップにとってメインの顧客ではありませんでした。ドローンを購入する顧客の中で操縦未経験層はニッチな市場でした。そんな中、Skydio R1が開発するドローンは自律飛行するので、非専門家のユーザーでも簡単に操作することができます。そのため、操縦ができない客にとっては最も使いやすくなるような設計にしました。ユーザーはスマートフォンアプリでドローンを簡単に制御することができます。追いかけるモードや周回モードなどをタップ一つで直感的に操作できます。ドローンの操縦未経験者をターゲットにすると、実は潜在市場が大きいことは想像に難くないはずです。顕在化している市場よりも潜在市場が大きく、事業を広げやすかった良い例であると思います。
2019年になり、Skydioはコンシューマー用からエンタープライズ用に事業を拡大するようになると、自律制御に対するニーズはさらに高まりました。ドローンを用いた業務を行う際に手動で操作すると、訓練コストがかかる上に、手動による複雑な操縦は限界があるため、用途範囲が制限されてしまいます。実は、エンタープライズ用にドローンを運用においては、コンシューマー用よりも深いペインがあったのです。創業当時からこのような成長ストーリーを描いていたかは定かではありませんが、スタートアップの戦略として非常に参考になると思います。
4. 地域をずらす
大企業と同じ地域で戦わないこと。
ディープテックスタートアップの場合、国や地域によって技術・製品が様々な理由で規制されることがあります。地域性をうまく利用することで大企業に勝てるかもしれません。
海外で同じビジネスを展開している大企業があったとしても、簡単に日本でビジネス展開できないことはあると思います。そこで、地の利を活かすことが大事になってきます。
Skydioは外には出さない
Skydioは製品の信頼性・セキュリティ面を重視するため、製品の設計、組み立て、サポートを全て一貫して米国の本社で行っています。2020年9月に日本支社も設立しましたが、ソフトとハードの開発拠点を1か所に集中させることによる開発スピードの速さを損なわないためにも日本国内での生産の予定はしていないそうです。
エンタープライズ用の製品を開発する中、Skydioは顧客となる企業の多くが外国製の製品に関連するサイバーセキュリティリスクを危惧しているということに気付きました。さらに、米軍・国防総省・内務省がスパイの恐れを理由に中国製のドローンを禁止し始めてからは、米国政府が信頼できるドローンの市場に空洞ができてしまいました。2020年12月、DJIは米商務省によって「エンティティリスト(Entity List)」に追加され、米国に拠点を置く企業が同社に技術を輸出することを禁止されました。そのため、米国企業がDJIのドローンに使用する部品やコンポーネントを提供することが難しくなり、DJIのサプライチェーンが混乱する可能性があります。また、米国の店舗がDJI製品を直接販売したり、同社との取引を行うことも難しくなる可能性があります。その一方で、ParrotやSkydioのドローンを政府機関で使用することを認めました。Skydioがこのような地政学的外力を予期して米国の本社にサプライチェーンをまとめていたかは分かりませんが、このように地域に密着した製品を開発することで海外の大企業とは異なるアドバンテージを得られることも意識しておくと良いことがあるかもしれません。
おまけ
投資家の質問の意図は?
起業家として投資家の前に座っていたときはあまり深く考えたことはありませんでしたが、テーブルの逆側に座ってみるとこの質問の意図が分かるようになりました。
投資家がこのような質問をするとき、質問の裏には二つの意図があります。
1. 純粋に勝つための戦略が知りたい(事業の評価)
2. 十分に思考実験をしてきているか知りたい(起業家の評価)
スタートアップにおいて競合がいること(直接競合であれ、間接競合であれ)は悪いことではありません。投資家は競合がいる中でどのように戦っていくのか知りたいのです。さらに、全く同じ事業をする競合が出現すると仮定して勝ち続けるための競合優位性や秘策に興味があるのです。また、この質問は起業家を評価するための質問でもあります。様々なシナリオを十分にシミュレーションしてきているのか、正確にリスクを把握できているのかを評価することで起業家が冷静に自身の事業を客観視できるか把握しようとしているのだと思います。
まとめ
今回の記事では大企業と戦わずして戦う戦略を4つ挙げてみました。この4つの軸をもとにリソースを投下する領域を絞り、集中してその軸で尖らせることがポイントです。スタートアップは大企業に比べて人材・資金・時間・経験などあらゆる面で不利である場合が多いです。そのため、真っ向勝負をしてしまうと必ず負けてしまいます。制限されているリソースをどこに使うか、その見極めが大企業以上に重要になってきます。
この記事は自分が事業を始めようとしたときに悩んだ経験をもとに書いてみました。投資家に相談に行った時に「まだ尖っていない」とよく言われました。その時は投資家の言う「尖る」が何を指しているのかわからなかったのですが、上で挙げたような様々な尖らせ方があるのではないかと思っています。みなさんが投資家と話すとき、チームメンバーと事業計画を練るときの考える手助けにでもなればと思い、この記事を書きました。
もちろん、この4つの軸以外にもあると思うので、是非ご意見教えていただけたらと思います。
起業相談・資金調達に興味がある方は、コンタクトフォームからお気軽にご連絡ください!
博士の学生や研究者の方で、自分の研究が事業化できるか分からないけど相談してみたい、ディープテックスタートアップの成功事例を知りたい、壁打ちしたいなどありましたら、お気軽に私にDMで連絡ください(もちろん、博士の学生や研究者以外の方でも大歓迎です!)。お待ちしております!
注意事項
(注意1)自律飛行とは?
A地点からB地点までのルートにおいて、障害物を検知した場合において自ら回避ルートを計算して、自律的に最適な飛行をできること。A地点からB地点まで決められたルートを自動で飛行することは自動制御とは異なります。
(注意2)軸と言っているものは、線形代数的でいう直行系(どの基底(軸)をとっても互いに独立な基底の集合)などではないことをご了承ください。4つの軸はお互いに複雑に絡み合い、独立とは程遠いものです。
参考文献
https://logmi.jp/business/articles/323440
https://japan.cnet.com/article/35162531/
https://medium.com/@zhanwei/lessons-for-deep-tech-startups-from-skydio-the-autonomous-drone-company-61fa890ea990
https://moorinsightsstrategy.com/first-impressions-skydio-r1-raises-the-bar-for-drone-technology-but-it-will-cost-you/
https://www.theverge.com/2020/8/20/21376917/drone-us-government-approved-dod-diu-uas-blue-china
https://www.theverge.com/2020/12/18/22188789/dji-ban-commerce-entity-list-drone-china-transaction-blocked
https://www.axios.com/dji-chinese-drone-ban-vacuum-skydio-9b414ee3-7613-490a-9434-733ef32a6073.html
https://twitter.com/i/events/1209089206187745280?s=09
https://medium.com/swlh/how-to-compete-against-tech-goliaths-like-apple-google-and-microsoft-c033f3f9d556
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2006/26/news033.html
https://www.theverge.com/2020/12/18/22188789/dji-ban-commerce-entity-list-drone-china-transaction-blocked
https://dclcorp.com/customers/case-study/skydio/
https://medium.com/skydio/skydio-ceo-adam-bry-appointed-to-the-faa-drone-advisory-committee-e73acb4beee
https://medium.com/swlh/how-to-compete-against-tech-goliaths-like-apple-google-and-microsoft-c033f3f9d556
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https://forbesjapan.com/articles/detail/23653
https://www.rakunew.com/items/79639
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