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ディープテックスタートアップを評価する上での重要検討事項とは?


はじめまして、ANRIでインターンしている博士の学生(@_nashi_budo_)です。
初めてANRIのnoteで記事を投稿させていただきます!

スタートアップとは無縁で社会実装とは遠く離れた研究のことばかり考えていた去年の秋頃、研究をスタートアップという形で事業化することの魅力について研究室の先輩から教えてもらい、実際に自分たちの研究を使って事業化を目指すプロジェクトを始めたことがスタートアップに興味を持ったきっかけです。

スタートアップに興味を持つ以前は、ディープテックという言葉すら知りませんでした。研究者や博士の学生にとっても、この言葉はまだまだ耳慣れないもので浸透していないのかもしれません。
ディープテックという言葉が包括する技術は千差万別で、ディープテックスタートアップを一律に評価することは難しいです。
そこで、今回の記事では、ディープテックスタートアップをカテゴリーに分類して、カテゴリーごとに事業を評価する上で特に注目したい点について書きたいと思います。

1. ディープテックとは? 

YCombinatorのパートナーであるJared Friedman氏は、ディープテック企業とは、「最初のプロダクトを作るのに多くの時間とお金がかかる企業」と定義しています。雑に早くMVP(Minimum Viable Product)を仕上げ、すぐにユーザーに試してもらうことが推奨される従来のスタートアップとは対照的です。
さらに、従来のスタートアップに期待されているような成長過程から外れてしまうことも少なくありません。一般的に、従来のスタートアップは、資金調達のラウンドを経るごとに成長ステージが(シード→シリーズA→シリーズB→・・・)上がっていきます。しかし、ディープテックスタートアップの場合には資金調達回数をこなしてもステージは上がらないという場合が多くあります。下のグラフのように、すでに3回目の資金調達を済ませていても、プレシードやシードステージでプロトタイプさえできていない企業が1/4以上あるという調査があります。このように、ディープテックスタートアップはPoC(Proof of Concept)を実施したり、プロトタイプを作るにも多大なる時間とお金がかかります。そのため、ディープテックを使った事業を始めるときにはより慎重に事業検討を行う必要があります。

図1 19.05.42

しかし、ディープテックと一口に言っても、残念ながら統一されたメトリクスは存在しません。技術によって細分化されるので、評価プロセスは必然的に複雑化していきます。タイトルに「ディープテックスタートアップを評価するための重要検討事項とは?」と書きましたが、「どんなディープテックでもこの項目さえ検討しておけば大丈夫!」というわけではありません。対象となるテクノロジーごとに重点的に検討したいポイントは変わってくるので、まずはテクノロジーを分類することから始めます。そして、大まかに分類したカテゴリーごとに事業の成功に大きく関わる事項を挙げていきます。

改めまして、今回の記事では、ディープテックスタートアップ事業が検討しやすくなるためのフレームワークをご紹介したいと思います。技術の難易度と社会に与えるインパクトという観点から事業を3段階に分類し、分類したカテゴリーごとに重要検討事項を挙げていきます。
具体例があった方が分かりやすいと思うので、今回はドローン・エアモビリティ領域のスタートアップ3社を例にとって、カテゴリーに分類し、事業検討していきます。
Joby aviation、Skydio、Ziplineはドローン・エアモビリティのテクノロジー群を使ったスタートアップです。
この3社は同じようなテクノロジー(ドローン・エアモビリティ)を使った事業を展開しているため、一見検討すべき項目は同じであるように思えますが、事業を評価する上で重視したいポイントが異ってきます。

Joby aviation

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電動垂直離着陸航空機(eVTOL)を使用した空飛ぶ電動タクシーを開発するエアモビリティ 業界のパイオニアでありユニコーン企業。

Zipline

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ルワンダで世界初の血液や医薬品を空輸する物流ドローンサービスを展開するユニコーン企業。

Skydio

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深層学習を使ったVisual SLAMを用いた世界有数の自律飛行技術を開発し、コンシューマー向けドローンのプラットフォームを築いてきた米ドローンスタートアップ。


2. 技術を分類する

では、技術の難易度・社会に与えるインパクトの大きさでをカテゴリー1〜3に分類してみます。(注1)

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カテゴリー1
技術の難易度### 社会的インパクト###

開発の難易度は高いが、既存のシステムを根本から変えてしまうほどの影響力を持つ先進的な技術。
例)Joby aviationが開発中のエアモビリティ。空の移動革命を起こすことが期待される。

カテゴリー2
技術の難易度## 社会的インパクト##

既存の技術の組み合わせで実現可能であり、産業の新しいプラットフォームやインフラを生み出す技術。
例)Skydioが2018年にリリースしたドローン。コンシューマー向け自律飛行ドローンのブレークスルー・商業開発のプラットフォームとして高く評価された。

カテゴリー3
技術の難易度# 社会的インパクト#

カテゴリー1やカテゴリー2の技術の上に構築され、産業のパフォーマンスを向上させるために特定の産業向けに開発された技術。
例)Ziplineのルワンダの病院向けの輸血用血液製剤の物流サービス。これまで1万以上の飛行を成功させ、現在はルワンダの首都以外で必要とされる血液製剤の65%以上をカバーしている。

おまけ
左上の灰色の領域:技術の難易度が低くて、大きな社会的インパクトを生むことが期待されますが、競合が多いことが予想され、スタートアップが入る隙間がないかもしれません。

右下の灰色の領域:技術の難易度が高くて、社会的インパクトが小さいニッチな市場をターゲットとするのはスタートアップとしては難しいかもしれません。


3. 重要検討事項を挙げる

それでは、これらのカテゴリーごとに特に検討しておかなければならない項目を挙げていきます。この検討項目については、 Plug and Play VenturesのFan Wen氏のDeep Tech Investment Cheetsheetのブログを参考にさせていただきました。(注2)

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カテゴリー1
技術の難易度### 社会的インパクト###

潜在的な市場規模についてはそこまで気にすることがありません。キャピタルインテンシブになる場合が多いので、大企業やすでに資本力を有する競合に対抗できるだけの技術力がある研究者・エンジニア、巨額の資金調達を行える投資家の存在が事業を成功に導くための鍵となります。
以下の8点が重要検討事項として考えられます。

1. 技術の実用化までにかかる時間は?
2. 技術発展のスピードは?
3. 強力な技術バックグラウンドを持つチームメンバーはいるか?
4. パイロット製品を検証したか?
5. 知財・特許を管理しているか?
6. 巨額の資金調達できるような投資家がいるか?
7. 技術の応用先はどれくらい広いか?
8. 技術を導入できる市場環境が整うまでにかかる時間は?

Joby aviationを検討事項 3と5の観点から検討してみます。
検討事項 3. 強力な技術バックグラウンドを持つチームメンバーはいるか?
Joby aviationの創業者であるCEOのJoeBen Bevirt氏は、ヘリコプターを含めた、垂直離着陸(eVTOL)機業界ではよく知られた人物であり、2020年1月にはトヨタ自動車をリードインベスターとする「シリーズC」の投資ラウンドで、新たに総額5億9000万米ドルを調達し、eVTOL機の新興企業の中で、圧倒的な金額を獲得してさらなる競争力を手にしました。

検討事項 5. 知財・特許を管理しているか?
また、Joby aviationはeVTOL技術開発の第一人者として評価されてきましたが、他社が追いつき始めた2016年頃から、知的財産を守るために特許を取得するまでは活動の詳細を非公開にすることで自社の競争力を保持してきました。


カテゴリー2
技術の難易度## 社会的インパクト##

技術の発展スピードが早く、同じような技術を持つスタートアップが多く出現する中で、競合優位性のある技術を開発してプラットフォーマーになれるかどうかが焦点となります
以下の8点が重要検討事項として考えられます。

1. 技術発展のスピードは?
2. 巨額の資金調達できるような投資家がいるか?
3. 知財・特許を管理しているか?
4. 導入できる市場環境があるか?(法整備や政治が絡むか?)
5. 競合との差別化要因は何か?
6. 市場規模は十分大きいか?
7. 収益は十分見込めるか?
8. イシューを適切に解いているか?(提案手法の必然性は?)

Skydioを検討事項 5と7の観点から検討してみます。
検討事項 5. 競合との差別化要因は何か?
市場を独占するDJIに技術的・製造規模的に対抗することができなかったドローンスタートアップが次々と倒産していった中、2018年にSkydioはR1という完全自律飛行のコンシューマー向けドローンを開発しました。搭載した13個のカメラで撮影した画像と深層学習を使ったVisual SLAM技術を駆使しすることで、物体や人を追跡すると同時に、樹木や送電線などの障害物を含む障害物との衝突を回避する高精度な完全自律飛行を達成しました。当時、SLAM技術としてレーザーセンサーを使用したLIDARの方が一般的でしたが、発達段階にあった深層学習の発展性に賭けて、Visual SLAMを使って開発に成功した自律飛行技術が強力な競合優位性となりました。

検討事項 7. 収益は十分見込めるか?
2020年になると、衝突回避技術の精度をさらに向上させ、インフラや機器装置類の点検に適した商業用ドローンのプラットフォームも開始しました。その高い技術力を武器にSkydioは混沌としたドローン市場の中で圧倒的な地位を築き、コンシューマー向けよりも収益性が期待される商業向けに事業を拡大していきました。


カテゴリー3
技術の難易度# 社会的インパクト#

技術力はさほど問題にならず、ターゲットとする市場規模や導入できる環境が整備されているかが重要になります。より市場を限定する分、ペインの深さ・提案手法の必然性が問われます
以下の8点が重要検討事項として考えられます。

1. 導入できる市場環境があるか?(法整備や政治が絡むか?)
2. 市場規模は十分大きいか?
3. 業界知識やネットワークを持つチームメンバーはいるか?
4. 競合との差別化要因は何か?
5. マーケティング・オペレーション・セールスの経験や知識が豊富なチームメンバーはいるか?
6. イシューを適切に解いているか?(提案手法の必然性は?)
7. 売却先の検討はあるか?
8. 過去の成功事例と比較してどうか?

Ziplineを検討事項 1と6の観点から検討してみます。
検討事項 1. 導入できる市場環境があるか?(法整備や政治が絡むか?)
ルワンダでは、小さな丘が多く、道路の整備が遅れた地域が多いため、血液や医薬品の輸送網に課題を抱えていました。そのペインに注目したZiplineはルワンダ政府と交渉し、事業許可を受けました。血液や医薬品をドローンで輸送する事業は米国でも展開できますが、無人航空機(UAV)に関する規制への対処が早いルワンダを選んだことがZiplineの勝因です。

検討事項 6. イシューを適切に解いているか?(提案手法の必然性は?)
Ziplineのドローンの機体の一部には発泡スチロールも使われ、ぎりぎりまで軽量化とコスト削減が図られています。離陸したドローンは、あらかじめプログラムされた経路を飛び、医療機関の上空で医療品が入った箱をパラシュートで投下します。先進的な技術を使っているというよりは、目標(なるべく早く安く患者に届ける)に的確に合致したプロダクトを作っています。


4. まとめ

上記のように技術を分類することで、本当に検討しなければならない事項が何か分かるはずです。例えば、これから始めたいディープテックスタートアップ事業がカテゴリー3である場合、むしろテクノロジーよりも市場規模や収益性にフォーカスした方がうまくいくかもしれません。
技術によって事業検討する際に重きを置きたいポイントは大きく異なってくるので、適切に事業がどの段階にいるのか見極めることが重要になってくると思います。


起業相談・資金調達に興味がある方は、コンタクトフォームからお気軽にご連絡ください!
博士の学生や研究者の方で、自分の研究が事業化できるか分からないけど相談してみたい、ディープテックスタートアップの成功事例を知りたい、壁打ちしたいなどありましたら、お気軽に私にDMで連絡ください(もちろん、博士の学生や研究者以外の方でも大歓迎です!)。お待ちしております!


注意事項

(注1)「社会的インパクトが小さい=スタートアップが狙うべきではない」という意味ではありません。社会的インパクトが小さいニッチな市場をターゲットとしていても、Ziplineのように市場を独占したり、単価が高ければスタートアップにとって十分魅力的な市場であると言えます。
(注2)この記事で定義した技術の分類の仕方と、参考にさせていただいたPlug and Play VenturesのFan Wen氏のDeep Tech Investment Cheetsheetのブログの分類の仕方とは異なります。こちらのブログも非常に面白く分かりやすいのでぜひ読んでみてください!

参考文献
https://differentfunds.com/deeptech-investing/
https://www.businessinsider.jp/post-208676
https://wired.jp/special/2017/zipline/
https://jp.techcrunch.com/2020/07/14/2020-07-13-autonomous-drone-startup-skydio-rises-100-million-and-launches-the-x2-commercial-drone/
https://jp.techcrunch.com/2020/07/14/2020-07-13-autonomous-drone-startup-skydio-rises-100-million-and-launches-the-x2-commercial-drone/
https://www.nytimes.com/interactive/2018/02/13/technology/skydio-autonomous-drones.html
https://medium.com/@zhanwei/lessons-for-deep-tech-startups-from-skydio-the-autonomous-drone-company-61fa890ea990
https://jp.mathworks.com/discovery/slam.html
https://medium.com/@fan.hk/deep-tech-investment-cheatsheet-981feaf8db2a
https://jp.techcrunch.com/2020/07/14/2020-07-13-autonomous-drone-startup-skydio-rises-100-million-and-launches-the-x2-commercial-drone/
https://www.nytimes.com/interactive/2018/02/13/technology/skydio-autonomous-drones.html
https://uavcoach.com/drone-companies/
https://medium.com/@zhanwei/lessons-for-deep-tech-startups-from-skydio-the-autonomous-drone-company-61fa890ea990
https://jp.techcrunch.com/2018/05/31/2018-05-30-skydios-self-flying-drone-can-now-track-down-cars/
https://jp.techcrunch.com/2019/10/03/2019-10-01-skydios-second-gen-self-flying-drone-is-faster-smaller-and-half-the-price/
https://medium.com/bcg-digital-ventures/the-right-time-for-deep-tech-dcb317fc3636

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