シリーズAにして5億ドル以上を調達したNeumoraは何がすごい?

こんにちは、ANRI 宮崎です。

ここ最近のnoteで研究開発型スタートアップに投資している米国を代表するVC ARCHを取り上げていました。前回のnoteでは分子生物学分野のリサーチインターン生にARCHが巨額の資金調達を行うバイオテックベンチャー設立できた理由について解説していただきました。

今回のnoteでは、ARCHが主導となり5億ドルを調達した新進気鋭のバイオテックベンチャーNeumoraについて深堀ってもらいました。Neumoraはどのようにして誕生したのか?どうして脳の疾患の治療に挑戦するのか?なぜ5億ドルを調達することができたのか?などの疑問に少しでも回答するような記事になれば幸いです。では早速、本題に入っていきます。

1. Neumoraとは脳に関わる疾患のprecision medicineを目指す会社

Neumoraは精神疾患や神経変性疾患といった脳に関わる疾患の解決に取り組むバイオテックベンチャーです。Neumoraはデータを用いたプラットフォームを構築し、脳科学の研究と開発の再定義を試みています。データによるprecision medicine(高精度医療)のアプローチを行うことで、効果的な薬の開発に取り組むことを目指しているそうです。Neumoraは脳疾患を引き起こすメカニズムをマッピングすることによって患者のサブタイプを特定・定義するようなプラットフォームを構築を志向します。

出典:Neumora HP

2. 神経疾患の医薬品開発は何が難しい?

そもそも、なぜNeumoraは脳疾患に取り組むのでしょうか?例えば、脳疾患の医薬品開発は以下の点で難しいことが知られています。

2.1. 薬剤のヒトへの効果を正確に予測できる動物モデルが少ない

Neumoraが現在取り組んでいる疾患の一つがMajor depressive disorder(うつ病)です。抗うつ薬等による治療が行われていますが、全ての患者に有効な治療の開発には至っていません。臨床現場では、抗うつ薬のスクリーニングテストとして、げっ歯類に慢性的なストレスを負荷し行動変化を評価する方法などが取られています。しかし、うつ病は遺伝要因と環境要因の複合的な寄与があるため、従来のモデルマウスでは発見しにくい新規薬剤がある可能性は否定できません。また、自殺念慮や無価値観、過剰な罪悪感のような重要な症状はげっ歯類では表現することができず、現在行われている行動変化の評価は現実を部分的に再現しているに過ぎないことが課題となっています。

出典:うつ病マウスモデルに関する図

また、筋委縮性側索硬化症(ALS)を研究する場合、利用できる動物モデルは家族性ALS、つまり遺伝子変異によって引き起こされるALSがベースとなっています。しかし家族性ALSは全体の10%であり、大多数を占めるALS患者さんへの効果を予測できる動物モデルが存在しません。このように、ヒトの病態を完全に模倣した脳疾患の動物モデルの開発が困難であることが問題となっています。

出典:ハミルトンうつ病評価尺度


2.2. 臨床試験の段階でのエンドポイント(評価項目)の判断が難しい

臨床試験では薬剤の効きを評価するために評価項目(エンドポイント)が設定されます。脳疾患の場合、エンドポイントが障害尺度など、主観的な判断に頼らなくてはいけない項目になってしまっている点も、脳疾患医薬品開発を困難にしている原因の一つです。一例として、うつ病ではハミルトンうつ病評価尺度と呼ばれる質問用紙がエンドポイントとして使用されます。一方で、うつ病との関連が指摘されているタンパク質、代謝産物、遺伝子はいくつか存在していますが、そのどれもが臨床の場で実際に役立つバイオマーカーであることは証明されていないそうです。(疾患によっては神経疾患の進行に相関するバイオマーカーが利用できるものがあります。ex 多発性硬化症)

このような点から、神経疾患の治療薬の開発・上市は非常に困難です。事実、近年AmgenPfizerを始めとした大手製薬会社の脳神経製薬開発の中止や撤退が相次いでいます。Amgenは2019年後半に統合失調症とアルツハイマー病の医薬品開発を終了しました。Pfizerも同様です。2018年までの数年間でアルツハイマー病とハンチントン病への治療薬開発を停止しています。

その中、VCの脳科学に対する投資は増加しています。大手製薬会社も自社独自の神経科学パイプラインの開発を中止していますが、バイオテックへは積極的に投資しています。前述のPfizerも神経疾患の創薬を中止した直後に、神経科学のスピンオフ Cerevel Therapeutics を設立して、CVCも立ち上げました。Cerevel Therapeutics はパーキンソン病、統合失調症、てんかんのような神経疾患のための医薬品群を開発しており、SPACを利用することで2020年に上場しました。PfizerはCVCに6億ドルをコミットしており、そのうちの25%を神経科学の新興企業への投資に当てる事を宣言しています。

このように開発のリスクが高い脳疾患治療薬の開発は大手製薬企業よりもバイオテックスタートアップで取り組む大きな流れとなってます。なぜならばスタートアップは尖った専門性を持つ人材と技術を集約させ、巨額の資金を投資し一気に開発を進めることができるからです。その中でNeumoraのような大型バイオテックが生まれることになったのでしょう。

3. 革新的な医薬品開発に挑戦するNeumoraのすごさとは?

そのような時代の流れの中で設立されたNeumoraはいったい何がすごいのでしょうか?まずはどのようにNeumoraの設立背景を探ってみます。

様々な会社を買収することで技術、パイプライン、人材を集結

2019年頃はNeumoraはステルスモードで活動していました。ARCHのベンチャーキャピタリストであるBob Nelsenは、神経科学にフォーカスした大規模なバイオテックを立ち上げるために、数億ドルをひそかに調達していました。当時、Bob Nelsenは神経変性疾患と精神疾患の両方に取り組む企業だと述べていましたが、明言は避けていました。そのバイオテックはコードネームRBNC(Really Big Neuroscience Company)の名前で呼ばれていたそうです。
 
Neumoraは民間のバイオテクノロジー企業である以下の会社をまず
買収しました。グリア細胞に関する神経変性疾患の新規治療法を開発していたAbelian Therapeuticsと高度な行動表現を用いた医薬品開発のための基盤技術を開発していたSyllable Life Sciences、さらにヒスタミン受容体H1とセロトニン受容体5HT2aを調整することで、睡眠障害の治療を可能にするNMRA-094 H1/5HT2aの特許を所有していたAlairion、そしてScripps Research Instituteからスピンアウトし神経科学分野の障害を克服するために同様に設立されたBlackThorn Therapeutics(ARCHの出資先)の4社です。
 Neumoraはこれらの企業からパイプライン、技術を手に入れています。
 

3.1. 豊富なパイプラインで治験の失敗リスクヘッジ

出典:Neumoraのパイプライン

Neumoraには現在9種類のパイプラインを揃えています。もともと、MRA-140とNMRA-511はBlackThorn Therapeuticsが保持していたもの、NMRA-094はAlairionのパイプラインでした。Neumoraはこれらの会社を買収することで、パイプラインを拡大させました。加えて、Neumoraはバンダービルト大学のウォーレン神経科学創薬センター(WCNDD)と世界規模の独占ライセンス契約と研究協力関係を締結し、ムスカリン受容体を標的とした2種類の新規化合物をパイプラインとして獲得しました。そして、後述するAmgen社との戦略的提携によって、神経変性疾患に対するカゼインキナーゼ1デルタおよびグルコセレブロシダーゼを標的としたアムジェン社プログラムの開発・商業化に関する独占的グローバル権利を取得しています。
 
このようにNeumoraは企業・アカデミアとの買収やライセンス獲得によって、パイプラインを拡大することができました。前回の記事で述べたように豊富なパイプラインは、治験の失敗リスクが高いバイオテックの創薬にとっては大きな強みになります。

3.2. 個別最適な医療を提供するためのプラットフォーム技術

Neumoraは現在9つのパイプラインを持っていますが、Neumoraの強みは臨床試験の患者選別のためのプラットフォーム技術であると言えます。Neumoraが掲げる革新的なテーマは、脳疾患に個別医療を導入する、というものです。個別化医療はがんなどの分野ではすでに取り入れられており、同じ病気の患者でも、いくつかのタイプがあり、患者にあった治療を選ぶことが特徴となっています。

うつ病、統合失調症、アルツハイマー病、パーキンソン病などの神経疾患は、遺伝学、生物学的経路、環境因子など、複数の複雑な疾患要因によって引き起こされます。しかし、従来の神経疾患は、遺伝学や生物学的メカニズムではなく、主観的な臨床症状に基づいて疾患が幅広く定義されていました。治療法も的が絞られておらず、ある患者さんには効果があっても、他の患者さんには効果がないことが多くありました。また、創薬の段階においても、患者の不均一性や主観的な試験エンドポイントは問題視されており、臨床試験の失敗につながっていると考えられていました。

Neumoraは、2.2. 章の「臨床試験の段階でのエンドポイント(評価項目)の判断が難しい」という課題を解決するために、Data Biopsy Signatures™とPrecision Phenotype™をソリューションとして提供しています。
Data Biopsy Signaturesはゲノム、画像、脳波、デジタル、臨床の各領域にわたる複数のデータを統合して開発されたマップです。Data Biopsy Signatures™で脳疾患を引き起こすメカニズムをPrecision Phenotype™でマッピングすることで、患者のサブタイプを特定、定義することを目指しています。脳画像、行動検査、臨床データ、バイオマーカ-、遺伝学を利用して、疾患を分解し、特定の治療薬に反応すると予想される集団に投薬を行うことで、臨床試験の失敗を回避しようとしているのです。

このNeumoraの思想も、買収されたBlackThorn Therapeuticsのアイデアがベースになっています。
 BlackThorn Therapeuticsは2015年にAlex Tkachenko(CEO)とBill Martin(CSOその後CEO)により、精神神経疾患治療薬の開発に機械学習を導入するために設立されました。「メンタルヘルス患者に個別医療を提供する」というvisionを達成するために、PathFinderというバックエンドツールを用いて、シーケンシングや脳画像、行動を含む非常に膨大なデータを収集・分析するプラットフォームの構築を目指していました。薬剤候補を、神経生物学的に定義された、最も反応しやすい患者集団に向けることを目的としていました。この思想は現在のNeumoraに受け継がれています。

出典:Blackthorn社のPATHFINDERのコンセプト

また、買収されたSyllable Life SciencesもData Biopsy Signatures™とPrecision Phenotype™に関連性があると考えられます。
 
Neumoraに買収されたAbelian TherapeuticsとSyllable Life Sciencesはどちらも、Harvard Medical Schoolの神経生物学教授であるSandeep Robert Datta, MD, PhDが共同創業者となっています。Sandeep Robert Dattaは動物の行動と認知に関する研究を行っており、マウスの完全な3Dモデルを作製し、機械学習を用いて行動のストラクチャー(ボディーランゲージのグラマー)を明らかにした論文などを発表しています。この研究をもとに、Syllable Life Sciencesは機械学習とコンピュータビジョンを用いて、人間や実験動物のボディランゲージを自動的に解読することを目的として作られました。
 
さらに、2021年10月、NeumoraはAmgen社との戦略的提携を発表しました。Amgenから1億ドルの出資のほかNeumora社独自の精密神経科学プラットフォームを、Amgen社のdeCODE geneticsおよびヒトデータ研究能力によって生み出された知見に適用することで、プログラムを共同開発する予定だそうです。deCODE Genetics社はアイスランドのレイキャビクに本拠を置くバイオテック企業で、大規模な遺伝学的データと健康データを収集し、これら2つのデータ間の有意な関連を発見するために、高度な統計的手法を使用するという概念を確立しました。現在はAmgenの完全所有子会社となっています。
 
NeumoraはData Biopsy Signatures™とPrecision Phenotype™を発展させるため、買収したSyllable Life Sciences、そしてdeCODE geneticsの技術も活用していくことが予想されます。

3.3. 経験豊富な人材

人材に関してもNeumoraは経験豊富なメンバーが揃っています。NeumoraのCo-founder, AdvisorであるMike Pooleは以前、Bill and Melinda Gates foundationのグローバルヘルス担当プレジデントオフィスで外部投資を主導していました。ゲイツ財団に参加する前は、Astrazenecaで副社長兼神経科学革新医薬品グループ長を務めていました。また、Link MedicineとHupnionではCMOを務め、PfizerではニューロサイエンスVPを務めていました。

また、NeumoraのHead of Research and DevelopmentであるJohn Dunlop, Ph.D.はNeumora入社以前、Amgenで神経科学研究プログラムを主導し、神経変性疾患、疼痛、片頭痛の治療薬の創薬活動を担当していました。Amgen以前は、Astrazenecaで神経科学の探索と早期開発を担当し、Pfizerでは神経科学の分野で経営幹部としての役割を担っており、大手製薬会社での経験が豊富な人材です。 

さらに、NeumoraはScientific co-founderにJohns Hopkins Universityの神経科学教授であるRichard Huganir PhDとMITの脳科学教授であるMorgan Sheng, M.D., Ph.D.の2名を加えています。Richard Huganirは神経細胞間のシナプス結合のシナプス後膜でシグナル伝達を媒介する神経伝達物質受容体に関する研究を行っており、米国芸術科学アカデミーおよび米国科学アカデミーの会員でもある著名な教授です。Morgan Shengはシナプスの構造、機能、及びターンオーバーに関する研究をおこなっています。Morgan Shengは以前、バイオベンチャーのパイオニアであるGenentech社のVPとして神経変性疾患や疼痛の病理学的メカニズムの解明と新しい治療法の開発に重点を置き、基礎科学的な興味だけでなく治療にも関連する経路を明らかにする世界クラスの神経科学部門と研究プログラムを構築・主導したそうです。
 
このように、Neumoraは革新的なテーマの元、買収やライセンス契約を複数を行うことで、技術やパイプラインを揃え、優秀で経験豊富な人材を主要なポジションに配置しながら、会社を設立させました

前回の記事で述べた通り、Neumoraは創薬が困難であった中枢神経疾患に、個別化医療を導入するという革新的なテーマを掲げています。そのテーマを現実にするべく、パイプライン、プラットフォーム技術、そして人材を揃えて創業することで、2021年にAmgen社からの1億ドルの出資を含め、5億ドル以上を調達しました。まだ始まったばかりの新しい企業ですが、今後の動向が今から楽しみです。

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【参考文献】

https://www.amgen.com/newsroom/press-releases/2012/12/amgen-to-acquire-decode-genetics-a-global-leader-in-human-genetics
https://www.amgen.com/newsroom/press-releases/2018/12/decode-genetics-an-amgen-subsidiary-and-somalogic-announce-collaboration-to-perform-largescale-protein-analysis-of-up-to-40000-human-samples
https://www.labiotech.eu/in-depth/neuroscience-big-pharma-biotech/
https://www.riken.jp/press/2015/20151020_1/index.html
https://link.springer.com/article/10.1007/s00702-019-02084-y
https://www.pharmacytimes.com/view/zuranolone-meets-primary-endpoints-for-major-depression-disorder-in-phase-3-study
https://www.biopharmadive.com/news/amgen-exits-neuroscience-rd-as-pharma-pulls-back-from-field/566157/
https://bcbn.org/boston-cambridge-biotech-news/2021/07/06/scoop-bob-nelsen-is-building-a-really-big-neuroscience-company/
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jmedchem.8b01679
https://www.fiercebiotech.com/special-report/blackthorn-therapeutics
https://medium.com/axialxyz/early-stage-companies-blackthorn-therapeutics-cf50d62d234c
https://cen.acs.org/pharmaceuticals/neuroscience/Neumora-launches-500-million-develop/99/i37
https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(15)01037-5
https://neuro.hms.harvard.edu/faculty-staff/sandeep-robert-datta
https://www.broadinstitute.org/bios/morgan-sheng
https://www.hopkinsmedicine.org/profiles/details/richard-huganir

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