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ディープテックスタートアップの失敗が教えてくれること

皆さんこんにちは、ANRIでインターンしている博士(@nashi_budo_)です。
前回の記事をたくさんの方が読んでいただき大変嬉しく、とても励みになります。
さてさて、今回も前回同様ディープテックネタになります。

ユニコーン(未公開企業かつ評価額が10億米ドルの企業)になる確率は全スタートアップの1%足らずというCB Insightsの調査結果にあるように、スタートアップが成功する確率は非常に低いと言われています。
その中でも特にディープテックスタートアップは研究開発に莫大な時間とお金がかかり、成功までの道のりが険しく長い領域です。

先人の失敗経験から学べることは多いのではないかと考え、今回の記事では今年の1月に10年間の歴史に幕を下ろした、あるディープテックスタートアップを取り上げます。その企業の失敗原因を分析して、失敗から学べる教訓を自分なりにまとめてみました。

GoogleのHAPSプロジェクトLoon

2011年、次世代技術の開発を担うAlphabet(Google)子会社の"X"のムーンショットプロジェクトとして、気球を用いた移動体通信システムを開発する"Project Loon"が誕生しました。Loonの気球は上空18~27キロの成層圏を航行し、ブロードバンドへの接続が難しい地域へのネット環境提供を目指していました。
世界の人口の半分近くはいまだにインターネットを利用できていないという事実があります。米国やEUなどの先進国では、インターネットの普及率は80%を超えている一方で、アフリカ諸国では30%以下に止まっています。このような課題に取り組むべく"connect the next (or last) billion users"というミッションを掲げてLoomのプロジェクトは開始しました。

通常インターネットを普及するためのインフラを整備するには膨大な数の地上基地局の設置が必要で莫大な費用がかかってしまいます。
そこで、Loonは費用を抑えるため、地上から20km以上高い成層圏エリアでインターネットの基地局となる気球を飛ばし、空中でインターネット回線を作ってしまおうという突拍子もない作戦に出ました。

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HAPSとは?

このLoonのように成層圏エリアで運用する通信プラットフォームのことをHAPS(High Altitude Platform Station)といいます。宇宙空間にある静止衛星を思い浮かべる人は多いかもしれませんが似て非なるものです。一番の違いは高度で、静止衛星は赤道上空の約3.6万kmを周回していますが、HAPSは高度約20kmの成層圏を飛び、そこから地上に電波を届けます。衛星と比較すると、具体的には以下のような利点があります。

・大容量のダウンリンクができる上に通信速度が早い
・静止衛星のようにロケットに詰め込んで打ち上げる工程が必要なくコストが安い
・故障した場合に回収できるので何度でも修理が可能

また、皆さんが日々目にする地上基地局と比較しても大きな利点があります。
鉄塔型の地上基地局には電波を広い範囲に届けるために地上高40〜50mにアンテナが設置されています。鉄塔を高くすればするほど、1つの基地局でカバーできる範囲が広がり、障害物の影響も受けにくくなります。しかし、鉄塔を高くするには当然限界があります。それに対してHAPSは高度20kmという位置にあるので5,000平方キロメートル以上というより広範囲が通信可能なエリアとなります。これはニューヨーク市の4倍、平均的な地上基地局の100倍の面積に相当します。こうすることでより多くの人に安く電波を届けることが可能になります。
HAPS領域に挑戦している企業としてAirbusのZephyrとソフトバンクのHaps Mobileなどもあり、LoonはHAPSのパイオニアとして注目を集めていました

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技術的にはうまく行っているように見えた

(失敗原因が早く知りたい方は、この章をスキップしても大丈夫です。)
2011年、「ゴミ袋のような」(とエンジニアが言及する)風船を使ってプロトタイプを作るところから始まりました。
2013年、ニュージーランドのカンタベリーの羊飼が、Loonが打ち上げたテストバルーンを使ってインターネットに接続した最初のユーザーとなりました。翌日には、ニュージーランドのクライストチャーチで50人近いユーザーへの接続実証実験に成功しました。
2017年、ペルーを襲った大規模な洪水後には数万人に、ハリケーン「マリア」による甚大な被害を受けたプエルトリコでは約20万人にインターネットアクセスを可能にしました。
2018年、プロジェクトとしてではなくAlphabetの子会社としてスピンアウトしました。
2019年には、ソフトバンク株式会社の子会社であるHAPSモバイル株式会社と戦略的関係の構築について合意し、1億2,500万ドルの出資を受けました

ついに2020年にはケニアの山岳地域で商業展開を開始させ、ダウンロード速度が19Mbps・アップロード速度が5Mbps・レイテンシが19ミリ秒という一般的なインターネットと比べて遜色ない回線速度を提供できることが確認されました。さらにTelkom Kenyaと提携し、35個の気球を使用して、約5万平方キロメートルのエリアをカバーすることに成功しました。

失敗した4つの原因

ここまで順調に進んでいたように見えたLoonプロジェクトですが、2021年1月21日に親会社であるAlphabetはLoonの終了を告げました。

CEOのAlastair Westgarth氏は失敗した原因についてブログで以下のように述べています。

"While we’ve found a number of willing partners along the way, we haven’t found a way to get the costs low enough to build a long-term, sustainable business. "

失敗した理由は「長期的で持続可能なビジネスを構築するのに十分なコストを抑える方法を見つけられなかったこと」であったと述べています。

また、"X"の責任者のAstro Teller氏は、ブログで以下のようにコメントを出しています。

"Sadly, the road to commercial viability has proven much longer and riskier than hoped. So we’ve made the difficult decision to close down Loon."

「商業的実現への道のりは想定以上に長く、リスクが高かったこと」がプロジェクトを中止した理由であると述べています。

まとめると失敗した原因は、以下の二つです。
1. コストを抑える方法が見つからなかった
2. 商業化の見通しを立てることが難しかった

この失敗原因をもう少しブレイクダウンしてみたいと思います。

1. コストが抑えられなかった原因
・技術で抑えられるコストが想定よりも少なかった
・実際にユーザーに使ってもらうまでの導入コストがかかりすぎた
2. 商業化が難しかった原因
・10年間の開発期間の間に市場が変化してしまった
・想定していたよりもユーザーは金銭的な余裕がなく収益化が見込めなかった

具体的には次の章でお話したいと思います。
その前に、細分化されたこの4つの失敗原因を予測することはできたかどうかという指標で分類します。

I. 神のみぞ知る、結果的に失敗を招いた原因(神原因)
・技術で抑えられるコストが想定よりも少なかった
II. 未然に対策できたかもしれない、予測できた失敗原因(人原因)
・10年間の開発期間の間に市場が変化してしまった
・実際にユーザーに使ってもらうまでの導入コストがかかりすぎた
・想定していたよりもユーザーは金銭的な余裕がなく収益化が見込めなかった

予測できたことと予測できなかったこと

I. 神のみぞ知る、結果的に失敗を招いた原因(神原因)

「技術で抑えられると想定していたコストより抑えられなかった」

Loonの会社の説明の章で書きましたが、静止衛星や地上基地局よりも理論上はコストを抑えて開発できるという理由で気球型のHAPSを採用していました。

しかしながら、以下のように突破できない技術的な困難がいくつかあったためコストは想定よりも嵩んでいきました。

・成層圏の過酷な環境下では気球の寿命を1年以上に伸ばすこと技術的に困難であることが分かり、数ヶ月ごとに新しい気球を打ち上げなければならず継続的に管理費がかかる。
・帯域幅の容量に制限があり、人口が密集しているような地域でサービスを提供するには気球の密度も増やす必要がある。

寿命が長く、帯域幅の容量が大きくなるような気球を開発できるようになればこれらの問題は解決してコストも抑えられたかもしれませんが、現状の技術力では厳しかったようです。しかし、研究開発において事前の見立てがあっても思うように進まないということはしばしば起こりえます。"X"の責任者のAstro Teller氏はブログの中で"fragile-balloons-on-the-edge-of-space"と言及しているように、壊れやすい気球を管理する難しさは初めから分かっていました。しかし、最終的に技術がどこまで到達するかは神のみぞ知る領域なので予測することは非常に難しいと考えます。

II. 未然に対策できたかもしれない、予測できた失敗原因(人原因)

「10年間の開発期間の間に市場が変化してしまった」

2011年当時Loonの目標は"connect the next (or last) billion users"でした。世界の人口の半分近くはまだインターネットを利用できておらず、アフリカ諸国では30%以下に止まっていると冒頭に書きましたが、実はこの10年の間に発展途上国のインターネット環境は変化してきました。2020年のThe State of Mobile Internet Connectivityのレポートによると、実はインターネットのカバレッジ範囲は世界の75%から93%に上昇しました。そして、残りの7%の地域は携帯電話を買う余裕がない人々や、インターネット(場合によっては母国語でのコンテンツがほとんどない)を使っても意味がないと思ってい人々が中心になっています。つまり、2011年に創業した当初からユーザーの幅が狭まってしまったことがわかります。この点についても市場環境の変化を予測することはなかなか難しいです。しかし、ディープテックスタートアップはプロダクトがユーザーに届くまでに時間がかかるため、最初に思い描いてた世界と現実がずれていってしまうことは十分注意して置く必要があります。スタートアップはWhy now?をしばしば聞かれるかと思いますが、ディープテックスタートアップに限っては、Why in ten years? にも答えられるといいのかもしれません。


「実際にユーザーに使ってもらうまでの導入コストがかかりすぎた」

市場の変化のところで書きましたが、Loonのサービスを享受するユーザーはインターネットから程遠い生活をしている人々が中心になります。そのため、まずはインターネットの必要性を教えるところからはじまります。そして、次にインターネットに接続するための携帯電話などの電子機器や充電器を準備してもうらう、もしくは初期費用はLoon側が負担する必要があります。このような地域では、携帯電話事業者はしばしば教育や初期費用の負担を初期投資として組み入れるそうです。
Loonは誰でもインターネットに繋がるための技術を開発することに腐心してきましたが、実はインターネットに接続する環境を整備するだけでは不十分だったのです。インターネットカバー率が増加しても、先進国と発展途上国とでは利用率の格差はまだかなり大きいです。インターネットを利用できていない原因はインターネットのカバレッジが問題ではなく、インターネットの導入に付随してかかる様々なコストが真の問題だったことが分かります。

「想定していたよりもユーザーは金銭的な余裕がなく収益化が見込めなかった」

CEOのAlastair Westgarth氏がブログの中でこのように綴っています。

"We talk a lot about connecting the next billion users, but the reality is Loon has been chasing the hardest problem of all in connectivity — the last billion users: The communities in areas too difficult or remote to reach, or the areas where delivering service with existing technologies is just too expensive for everyday people.

次の10億人のユーザーを接続することは、つまり「地球上の最後の10億人のユーザーにこのサービスを届ける」という難関な問題に立ち向かうことだったのだと語っています。Loonは結果的に辺境の地の住人、サービスに対して対価を支払うことが難しい人たちにリーチしようとしていたことになります。このような地域ではユーザー数も少なく、平均収入も低いため十分な収益が見込めません。気球を使うことで一般的な地上基地局の200倍以上のユーザーをカバーすることで安く提供できるとLoonは主張していましたが、Loonがターゲットとしているユーザーにとってはまだまだ手が届かない価格設定になっていました

上記3つの失敗原因から学べる教訓としては、最終的に届けるユーザーが具体的にどういう人かを正確に把握し、ユーザーが抱えている真の問題を見つけ出すことは非常に重要であること、シビアに収益性を検討する必要があることです。技術がどこまで達成できたら収益が見込めるかを十分シミュレーションしておくことが重要なのではないかと考えます。もし何十年も浮遊していられるような強靭な気球を開発することができたら、Loonのプロジェクトはディープテックスタートアップの成功例として後に取り上げられていたかもしれません。しかしながら、技術の発展に全てを賭けてしまうと神のみぞ知る領域になってしまうので、技術的にどこまで達成したらビジネスとして成り立つのかを常に意識して運任せにせず事業の手綱を握っておくといいのではないかと思いました。

おまけ

この記事を書きながら航空宇宙工学の授業でミッション目標に対するサクセスクライテリアの考え方を学んだことを思い出したので少しだけ書いておきます。サクセスクライテリアはミッション全体を俯瞰した上で成功基準を可能な限り定量的に表現するための基準となるものです。サクセスレベルにはミニマムサクセス、フルサクセス、エキストラサクセスの3段階あります。ミニマムサクセスは機能喪失等が生じた場合でもクリアできる最低限の目標達成できること。フルサクセスは予定していた要求を満たし、計画通りの成果を得ること。そして、エクストラサクセスとはフルサクセスを達成した上で、さらにそれを上回る成果を得ること。詳細はJAXAの「成功基準(サクセスクライテリア)作成ガイドライン」に詳細が記されているので興味がある方は見てみてください。このサクセスクライテリアは宇宙ミッションのようなシビアな環境下で使われますが、ディープテックスタートアップの事業計画を立てる際にも有効な考え方なのではないかと思います。

教訓

LoonのHAPSビジネスからの教訓としては、特にディープテックスタートアップは長い時間がかかるので市場は変化するものとして技術以外の部分であらゆる想定をしておき、万全を期すことが重要であると考えました。

インターネットを提供するためのコストを削減する革新的な技術を磨くだけではなく、プロダクトを最終的にだれに届けたいのか、その人たちの真の問題は何なのかに気づけるように考えを巡らせることではないでしょうか。ユーザーがインターネットを利用するにはいくつかのステップがあり、それらのステップを一足飛びに飛び越えれそうな技術の発明に頼るのは危険だと感じました。ディープテックスタートアップだからこそ、市場の変化に合わせて技術以外の部分の計画を慎重に練る必要があるのではないかと感じました


ここで一つ、"X"からスピンアウトした(今のところの)成功例としてWaymoを紹介しておきます。Waymoは2009年に自動運転プロジェクトとして開始し、2019年には1750億ドル以上の企業価値(当時のUberやTesla、GMの企業価値以上)がつき、2020年にはAndreessen Horowitzなどから初の外部資金調達(22.5億ドル)を行いました。同社は2018年になるとタクシーサービス「Waymo One」を開始し、技術開発の中で生まれたLiDAR製品を一般向けに発売して事業を拡大しています。自動運転業界の競争が激化する中で、「自動運転車」を開発し提供することに固執せず、市場の変化に柔軟に対応しながらその都度ユーザーがほしい製品を販売し、着実に売上を上げています。(2019年の)UBSによると、2030年のWaymoの売上は1140億ドルに到達するとも言われています。

おまけのおまけ

Loonプロジェクトは失敗したとはいえ、たくさんの素晴らしい遺産を残しました。
2020年12月にはNature誌に論文を発表し、困難な環境下でも気球が自律的にネットワークを形成するためのディープラーニング技術の応用方法について解説しています。そのようなプロジェクトが終わってしまうのは寂しいなと感じております。


LoonのCEOのこの言葉が個人的にとても好きでした。

"The arc of innovation is long and unpredictable."

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(注意)予測できた失敗と予測できなかった失敗に分けて書きましたが、実際には全ての失敗原因が複雑に絡み合っているので、その当時意思決定するときに
あくまで結果が分かっている状態で当時を振り返って書いているので、その時点で予測が可能であったかは定かではありません。

参考文献は多すぎて見にくかったのでこちらのリンクにまとめました。

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