英国のスピンアウトガイド

こんにちは、ANRIの宮崎です。
以前述べた英国のバイオテックエコシステムの話の延長で、今夏に一つの指針がTen Uから出ました。

TenU自体は、欧米のおよそ10大学機関で研究の商業化についての知見・プラクティスを共有することで、イノベーションを活発化させようという活動です。イギリスの政府機関からの支援も受けて立ち上がっています。

TenU is an international collaboration formed to capture effective practices in research commercialisation and share these with governments and higher education communities. Its members work together to increase the societal impact of research. TenU members are the technology transfer offices of the University of Cambridge, Columbia University, University of Edinburgh, Imperial College London, KU Leuven, University of Manchester, MIT, University of Oxford, Stanford University, and UCL.


TenUによるThe University Spin-out Investment Terms Guide (the USIT Guide)は、ライフサイエンス領域にフォーカスを当てながらも、大学・研究機関発でのスピンアウト時の交渉ややり取りをスムーズにすることを目指して作られました。前にご紹介したfifty yearsの目的とも似たものになっております。
USITガイドは4章で構成されており、一般的な交渉をどのステークホルダーにとっても公平な立場で提示してゆくものとして書かれています。

第1章:
大学のSpin out投資について紹介し、本ガイドのビジョンを共有している

第2章:
実社会でどのように契約条項が実践されているかを解説します。前半部では匿名化しながらも詳細かつ珍しい実例の内側を示し、後半部では、創業からExitまでのいくつかの会社の物語を伝え、社会への影響や雇用創出や経済成長への貢献などを示している

第3章:
大学と投資家らの間にあるディールの交渉に対する詳細なアドバイスを2つのパートに分けながら説明している。1部ではスピンアウト創業に関するのタームシートについて、2部ではライセンス契約についてに焦点を当てている。各タームに対して、立場毎・シナリオ毎も鑑みながら、一般的なプラクティスであったり、考え方であったりを詳細に説明している。

第4章:
投資ディールを理解しやすくするための用語集

USITガイドは一つの参考する資料として、そして、実務家らが各々のディールに順応等できるように使われることを意図されています。そのガイド中で、下記のような推奨を行っており、そして、ステークホルダーは協力し合ってより効率的で効果的なスピンアウトの発展を図り、そして、その結果として、大学の研究から生み出せれた革新的な技術を活用することを目指しています。最終的に経済成長・雇用の創出・社会問題解決により多くの解決を生み出すことを期待しています。

Landing Zone:
USITガイドは交渉の合意をより早く実現できるよう、各タームに対する ”Landing Zone”が生み出されるように構成されている。しかし、全ての取引が関係者全員/当事者全員に理解されていること、交渉されていること、そして納得されていることが大切である。本ガイドの使用者は、ディールの特定部分のみを恣意的に採用するのは意味がないので行わないでほしい。

Impact-first approach
スピンアウトの成功を左右するのが大学のイノベーションの方針・ポリシーだ。大学側がインパクト優先のアプローチを採用して、技術の恩恵を社会にもたらすために努力することを推奨する。大学側は一つ一つのディールの利益を最大化する方法ではなく、良い市場価値を保ちながら大学での起業の文化を促進するような、最適な取引を選んで欲しい。

Back-weighted deals
全当事者らはライセンスとロイヤリティの条項が、スピンアウト企業が早い段階からのキャッシュフローを保持して技術の発展のために投資をできるよう形になっているかを確認しながら締結に努めるべきである。

Equity position
重要な部分の技術のライセンスを付与してスピンアウトを支援している大学機関においては、資金調達をする前のスピンアウト企業の保持する株式シェアの”landing zone”として10-25%と考えている。最終的な持ち株比率については章3.2.1のLeveraging Equityに記載されている。

Royalty windows
ライセンシングにおいてもupfrontや年間フィー、開発マイルストーン、販売マイルストーン、ロイヤリティ率など様々な要素を考慮する必要がある。章3.3.1 Royalties and Success-Based Milestones でも述べるが、ライセンスについてはエクイティ関連の要素と併せて検討する必要がある。例えば、ノウハウのみ若しくは初期段階のテクノロジーの場合においてはロイヤリティの範囲は0.5%-2%を目安に、開発が進んでいる技術の場合は2%-5%、そしてそれ以上の技術の場合5%を超過する場合もある。

Multi-factor process
スピンアウトを創るには複雑な工程を踏む必要があり、様々な要素を考慮する必要がある。例えば、初期段階にある知的財産においての戦略、会社の創業者と発明者の貢献、研究室や研究施設への長期間のアクセス、ライセンスの性質、投資戦略の展開、取締役やアドバイザーらの組成、大学で行われる日々の技術開発の進捗へのアクセス、そして他にも多くの要素がスピンアウトの発展に寄与したり妨げたりするものだ。また、リスクや課題は簡単に一つの要因にまとめるのではなく、スピンアウトを作ることの複雑さを認識すべきだ。

Equity Position、Royalty windowsについてはUKの"Landing Zone"がそのまま日本で使えるものであるとはわからないです。各ステークホルダーの過去から将来への貢献もケースバイケースであり、まさに Multi-factor processによるものであるからです。興味をお持ちなら第三章以降のもう少し詳細なところも読んでもらいたいです。

一部を引用することはガイドで進められていないのも含めて、全文に目を通すことを推奨するが、先ずは1章の2点をピックアップして記載させて頂きたいと思います。

1.2 How was the USIT Guide created?

  • 1章にも書かれているが、スピンアウト企業を設立するための投資やライセンシングについてのベストプラクティスの一つとして提供するよう書かれています。そして、このガイド自体は、TenUの大学だけでなくて著名なグローバルVCと協議の上で作成されている点があります。2022年にはTenUのUKのメンバーが、UKの大学スピンアウトに投資しているVCの投資家達を招いて大学のスピンアウトに関するワークショップを開催してきた。イギリスで最も研究開発が進んでいる6つの大学として、過去5年間で376社が新たに設立されて、86億£を調達してきました。これらのファンドには大学関連のOxford Science Enterprises、Cambridge Innovation Capitalに加えて、独立系VCのAbingworth、Advent Life Sciences、Amadeus Capital Partners、Octopus Ventures、Sofinnova Partnersが含まれています。大学と投資家の協議で一般的な大学のスピンアウト投資の取引に関するアドバイスを記載しています。例えば、株式保有比率やロイヤリティ使用料を含める経済的利益の分配や、オペレーションの自由度に関する条項を確保しました。ライフサイエンス領域の例を参考として制作されたものですが、本ガイドは他の領域にも転用可能であると考えています。実際に、2022年のイギリス政府のUK Digital Strategy policy paperの制作の際にも参照されています。本ガイドはTenUメンバー、コロンビア大学のOrin Herskowitz氏を参考にしています。Herskowitz氏が、アメリカの大学やライフサイエンスの投資家との議論を通じて、アメリカの大学のスピンアウトを促進するための一般的なタームシートを作成してきました。TenUではこれらの国際的なベストプラクティスを参考にしながら、これらの方法をイギリスにも反映できないかと考えて本ガイドを制作するまでに至りました。さらに、本ガイドはBritish Private Equity & Venture Capital Association (BVCA) で公開されているテンプレートやNational Venture Capital Association (NVCA)や、Research England (prepared by IP Pragmatics)、the Association of University Technology Managers (AUTM)、の公開文献を参考にし、将来的にも変化する社会を反映するよう期待しています。

UKの過去5年間の調達額は日本と比較しても大きいように感じます。コロンビア大学の雛形やアメリカでのプラクティスを活用しながら、そして、UKの投資実務に慣れている投資家らも含めて作成されている。日本でも、経済産業省によって2019年に出された大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き、内閣府・文部科学省・経済産業省らで2023年に出された大学知財ガバナンスガイドラインが出ており、比較して見てみる見えてくる景色もあるように思っています。

1.5 Spin-out Capitalisation Table (Cap Table)

  • スピンアウトでの株式分布は以下のようになっています。

    • 大学

    • アカデミア創業者(アカデミア創立株)

    • 現在・将来の従業員のオプション

  • スピンアウトが投資家から投資を受けると、追加株式が発行され、投資家に分配され、既存の株主のシェアが減っていきます。投資ラウンドを重ねる度にさらに株式が追加されて新たな資金が会社に入り、既存の株主のシェアがより薄まります。理想的には、会社が発展していくごとに価値は向上していくので、結果として投資ラウンドが重なって既存の株主が所有する割合が減ったとしても、株式の価格が上がり合計額は増加するはずです。

USIT Guide p17

大学のシェアがそれなりに高い数字になっている印象はありつつも、オックスフォードが最近まで半分に近いシェアを取っていたりすることから考えると、世論に合わせて是正してきたように感じます。アメリカの大学で出ている数字としては1桁%が多い印象を受けます。また、資金調達のスタイルも、アメリカのVCによるVenture Creationの例に近く、投資家が半分近くのシェアを取りながら資金調達を実施して、投資家らがグリップしている様子が伺えます。(先日、藤田誠先生が出していたボストンのエコシステムに関する寄稿も是非読んでみてほしいです)


アメリカのようなスタートアップ環境もありますし、英国のようなスタートアップ環境もあります。どこかのものをそのまま日本に持ち込むことで成功するわけではないですし、日本が一気にそうなることもないですが、各国の例から学べることが沢山あると思っています。また、常に環境は変化しうるものであって固定化されるものではなく、当事者全員で世の中にとってどのような形が良いのかを考えていくものであり、ANRIとしても貢献していきたいと思っています。

ベンチャーキャピタルANRIは、「未来を創ろう、圧倒的な未来を」というビジョンのもと、インターネット領域をはじめ、ディープテックやライフサイエンスなど幅広いテクノロジー領域の大学発スタートアップにシード期から投資を行っております。
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また、気候変動や環境問題に取り組んでいる研究者の方、このような社会課題を解決していきたいという志しの高いベンチャーキャピタリスト志望の方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください。
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参考文献
https://www.bioindustry.org/static/70bc6769-bd9f-41cc-9a6711d8357dc66d/0fcba017-673b-41b9-befffdc0cfe5c30f/USIT-Guide-2023.pdf



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