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業界・業種において特許出願構造・特許価値が業績へ与える影響に関する定量的検証

本記事のオリジナルは2019年12月7-8日開催「日本知財学会第17回年次学術研究発表会」で発表した内容になります。

1 緒言

企業の業績へ与える要因は数多く存在する。特許出願・保有件数はその1つの要因であると言えるが、すべての業界・業種において特許が最も重要な要因であるとは言えない。波頭(1)は以下の表1のようにバリューチェーン別に業界・業種ごとのKSF(Key Success Factors=事業における成功要因)を整理している(ただし1995年発行の書籍に掲載されているため、現在のKSFとは異なる点がある点は留意されたい)。

表1 ビジネスシステム別の事業におけるKSF

上記の中で「研究開発」や「生産」などがKSFである業界・業種は特許出願とも密接に花蓮すると予想される。しかしながら、特許出願から見た企業規模・業種別の研究開発動向(2)や、図1に示す石塚氏 の論考(3)にあるように、特許の価値と開発投資金額(R&D投資、設備投資)との関係について定性的に示した先行文献は存在するが、特許出願構造や特許価値と企業のパフォーマンス(売上・利益やマーケットシェア)との関係、特に日本企業だけではなくグローバル企業のパフォーマンスについて定量的に示した論文は数少ない(4)ー(5)。

図1 1件の特許の価値と開発投資のイメージ図

本研究では医薬品・化学・自動車・半導体・飲料(清涼飲料・アルコール飲料)および家電の6つの業種におけるグローバル売上上位企業を選定し、特許出願構造および特許価値指標と売上・営業利益の相関関係について定量的に分析し、得られた結果から選定した業界・業種における競争優位性構築のための知財戦略について提言する。本稿では上記の6つの業種における特許出願規模・特許価値と企業パフォーマンスの関係について定量的に可視化することを目的とした。

2 分析対象および分析方法

分析対象業種における分析対象企業は表2の通りである(SPEEDA(6)の業界小分類のランキング上位企業のうち、以下の業種に該当するセグメント別売上高・営業利益が入手できる企業を選定し、セグメント売上高上位7社を抽出した。なお売上高・営業利益は直近の会計年度のデータを用いた)。なお、企業によっては複数業種にわたって製品・サービスを提供している場合もあるため、特許データについては以下のIPC(国際特許分類)で限定している。

表2 分析対象業種・企業

特許価値評価方法には経済的価値を算出するためのコスト法、マーケット法、インカム法と非経済的価値を算出するためのレイティング・スコアリングがある(7)。後者のレイティング・スコアリング手法としては、出願人の権利化への意欲(早期審査請求、国際出願など)、先行技術としての審査官からの認知(拒絶理由通知に引用された回数など)、競合他者からの注目度(無効審判、異議申立の有無など)を指標化したパテントスコア(株式会社パテント・リザルト提供)(8)などがあるが、本研究ではPatentSightのPatent Asset IndexTM(以下本文中ではPAI)(9)を利用した。

PAIは図2に示すようにTechnology RelevanceTMと呼ばれる被引用回数をベースにした技術的価値とMarket CoverageTMと呼ばれる市場的価値を掛け合わせた指標である。分析結果で述べるPatent Asset IndexTMは各社のポートフォリオ全体の特許価値を示しており、Competitive ImpactTMはポートフォリオを構成する各特許ファミリーの平均価値を示す。

図2 Patent Asset IndexTM(10)

特許出願構造は、出願規模・保有件数規模、件数推移、内国・外国出願比率、IPC集中度など様々な指標が考えられるが、本研究では保有件数規模を用いた。PatentSightより2018年末時点のポートフォリオサイズ(2018年末時点で有効な特許群)とPAIを入手することで、特許出願構造と特許価値の指標とした。

3 業界・業種ごとの売上高・営業利益と特許価値の関係

図3に業界・業種ごとの売上高・営業利益と特許価値の関係を示す。ここでPAIはPatent Asset IndexTMでありポートフォリオとしての特許価値、CIはCompetitive ImpactTMで各特許ファミリーの平均価値である。縦軸には売上高・営業利益とPAIの相関係数を、横軸には売上高・営業利益とCIの相関係数を取っている。

図3を見ると、「半導体」はポートフォリオレベルの特許価値と各特許ファミリーの平均特許価値の双方とも売上高・営業利益と正の相関を示しており、特許が企業のパフォーマンスへ大きく貢献していると言える。一方、「飲料」は各特許ファミリーの平均特許価値では売上高・営業利益ともに正の相関を示しながらも、ポートフォリオレベルの特許価値では府の相関となっており、件数規模よりも質の高い特許が企業のパフォーマンスへ影響を与えている。また「化学」はポートフォリオレベルの特許価値よりも、各特許ファミリーの平均特許価値が営業利益へ大きく貢献している。

図3 業界・業種ごとの売上高・営業利益と特許価値の関係

4 結論および今後の研究の方向性

本研究では特許価値指標と企業のパフォーマンス(売上高・営業利益)の関係について定量的に示し、業界・業種による特許の貢献度合いの差について明らかにした。特許の価値は過去からの累積であるが、本研究で用いた売上高・営業利益は単年度のデータであったため、複数年度の平均値や、特許価値の推移と売上高・営業利益の推移の比較などについて今後検討を進めていく予定である。

末尾ながら、株式会社PatentSight Japanには、本研究で特許価値指標として「Patent Asset IndexTM」を利用させていただいた。株式会社PatentSight Japanの齋藤社長はじめ、スタッフの皆様には本研究遂行にあたってサポートいただいたことを厚く御礼申し上げる。

参考文献

  1. 波頭亮、戦略策定概論、産業能率大学出版部、1995

  2. 文部科学省 科学技術・学術政策研究所 『科学技術指標2014』

  3. 石塚利博、企業の知財戦略について―日立ハイテクの取り組み―、特許研究、No.60、2015

  4. 経済産業省、知的財産戦略指標の策定に向けた中間整理の公表、http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1368617/www.meti.go.jp/policy/economic_industrial/press/0005290/index.html [accessed:2019-10-07]

  5. 日本知的財産協会 情報検索委員会 第3小委員会、経営指標との相関に基づく業界別特許指標の研究、知財管理、Vol.68、No.8、p1139-1149、2018

  6. SPEEDA、https://www.ub-speeda.com/ [accessed:2019-10-07]

  7. 大津洋夫、知財活用の局面・目的に応じた知的財産価値評価の実務、経済産業調査会、2019

  8. 株式会社パテント・リザルト、https://www.patentresult.co.jp/about-patentscore.html [accessed:2019-10-07]

  9. Ernst, H., Omland, N、 The Patent Asset Index – A New Approach to Benchmark Patent Portfolios、World Patent Information、No.33、p34–41、2011

  10. PatentSight Japanウェブサイト、https://www.patentsight.com/ja/jp/patent-asset-index [accessed:2019-10-07]

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