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将太のティー

「勝者ササコーヒー!」

会場がざわめく。「一勝一敗だ」「次で勝負が決まるぞ」会場の熱気は高まり続けている。「次のお題はスコーンにあう紅茶、一時間の休憩後に行う!」

──

「ちくしょー!ササの奴、審査員を事前に調べ上げて、故郷の水を使うなんて」信夫は怒りのあまり大きな足音を立てながら歩く。「次があるから大丈夫。とっておきの茶葉を用意したから負けないよ」それにくらべて将太(マサタ)は冷静だ。次は勝てるという自信、負ければ一年営業停止、そんなことはさせないという覚悟。

「大変だ!将太!何者かに茶葉が盗まれた!」秀二が息を切らしながらかけつける。「そんな!」将太の冷静は崩れ去る。「ササコーヒーのやつらにちがいない!」信夫の怒りは更に増し、声を荒げた。

「勝手な言いがかりはよしてほしいなぁ」佐々木は厭味ったらしく声をかけてきた。「お前以外にそんなことするやついないだろ!」信夫は今にも飛び掛かりそうだが、将太が抑える。「今トラブルを起こしたら元も子もない!」「そうそう、ここは冷静にならないと。カワイソウだから茶葉を上げるよ」佐々木は出がらしを投げつけて去っていった。

出がらしを掴み、将太は自分が用意した茶葉と同じ香りと気づく。茶葉は全部使われ、取り戻すことは不可能だろう。代わりを用意しなければ……「秀二さん、今から茶葉は用意できませんか」「代わりになりそうな茶葉を探したのだが、ここ一体の茶葉が全部買い占められているんだ。ファミレスのティーバッグすらもない」ササコーヒーの常習手段である。このまま茶葉を用意できなければ敗北は必至。だが時は刻々と過ぎ、戦いの幕が上がってしまった。

──

「これより最終戦をはじめる。両者の健闘を祈る!」

勝負の開始と同時に佐々木は、ヤカンに水道水を入れ、火にかけた。

「水道水?」「ミネラルウォーターは使わないのか」先の戦いで水にこだわりをみせただけあって、水道水を使うという選択に会場がざわつく。「紅茶には、汲みたての空気の含んだ水が適しているんだ。そして日本の水道水は紅茶と相性がいいとされている」紅茶のような赤い目の男が語った。

佐々木が準備を進める一方、将太は動かない。仲間たちが今も茶葉を探しているが、将太に出来ることはない。何もできない自分にくやしさをにじませる。

佐々木は早々に紅茶を入れ終え、何もできない将太をニヤニヤ見る。今から負けた将太を見るのが、楽しみでしょうがないといったところか。だが将太は会場の隅にあるものに気付く。主催が用意したスコーンを手に取り、味を確かめる。これならば……覚悟を決め、調理場から歩き出た。

「将太が歩き出したぞ」「何をするんだ」「勝負をあきらめるのか」会場が再びざわつく。そんな中、将太が目指した先は自動販売機。紅茶を次々買い、一つ一つ味を確かめる。「頭がおかしくなったか」「ウケにでも走ったか」「いや、アレは勝負をあきらめた目じゃない、それに……」将太は午後の紅茶を手に取る「これでいこう」

──

「ただいまより勝者を発表する」

ついに決着の時が来る。負ければ鳳茶屋は一年の営業停止。佐々木は勝利を確信して、リラックスしながら聞く。

「勝者鳳茶屋!」

「なぜだ!」佐々木は唸った。会場もペットボトルの紅茶が勝ったことに、理由を求める。

「それは自分で確かめるといい」佐々木に、紅茶とスコーンが渡された。

佐々木は自分で入れた紅茶の味を確かめる。最高級のセイロンティーを使い、風味も味も最上、入れ方もスタンダードかつミスがない。だがスコーンに口に入れ……

「味が呆けてやがる……」本来すべきスコーンの味がしない。紅茶の風味が強すぎて、スコーンと釣り合わないのだ。「君が入れた紅茶は最高級品で、入れ方も問題がなかった。だが今回用意されたスコーンはありふれた市販品だ」佐々木は午後の紅茶とスコーンの組み合わせも確かめる。そして相性の良さに愕然とする。互いの味が調和し、風味を引き上げている。「将太くんはスコーンの味を確かめ、性質を見抜いた。だが君はスコーンを確かめず、紅茶をただ入れた」

かくして、ササコーヒー対鳳茶屋の対決は、鳳茶屋の勝利に終わった。だが歪んだ価値観を持つササコーヒーは、これで諦めはしない。あのような存在を残しておけば、紅茶界ならず茶の世界を汚す存在になるだろう。そのためにも新たな紅茶闘士が必要だ。午後の紅茶を持った赤い目の男は、将太に声をかけた。

【完】

さぽーとすると映画館にいくかいすうが増えます