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もう一度自らに”価値”を見出す

仕事が時短勤務から隔日勤務に変更と来て、いよいよ自分も現実の変化を如実に感じている。

この先のことを考えるなら、最悪の場合
自宅待機⇨契約終了による無収入となるだろう。(そうならないようにと思いたいが、願うだけでどうにかなるものではないし)

テレワーク?
できるなら既にやってるはずでしょう(苦笑)

現実とは事前に対応策があってようやく機能するものであろう。来週から仕事内容の調整が始まるが、どこまでできるか未知数である。

※あまり強く動揺するタイプではないが、仕事帰りに神社でお参りした際、二礼二拍手一礼を忘れとっさに今の状況が早く収まってくださいとお願いするしかできなかったあたり、多少ショックは受けているのだろうなぁ^^;

※※※

かつて自分が強いうつ状態から前に進む選択をできたのは、それまでの過去を受け入れ、最後に残ったものに対して価値があると信じたからである。(否定的なものも含め、過去を肯定するとはそういうことだろう)

自らの過去は誰かの今にとって価値がある。
これを信じているからこそ、歩き続けようと考えられたのだ。

それから4年経ち、現在こうしているわけだが、決して順調に上へ登ってきたわけではない。(その内3年はひたすら荒野を彷徨った感がある)

ただ悩んだ状態から抜け出す方法は山登りのルート探しといつも同じで、

・一旦立ち止まり
・一度水を飲んで気分を入れ替え
・冷静になったら周りを見渡してみる

そこで新しい道が見つかればそこへ進めばいいし、わからなければわかる場所まで戻る。

人生も同じであり、これまでの道のりには確かな分岐点が残っている。今のまま道を進むのに不安があればまた戻り、もう一度別の道を探すだけである。

少なくともこれまでの4年は、それ以前の道とは取れる選択の幅も変わっているだろう。

今の自分が他者に与えられる価値はなんなのか、時間をかけて振り返ってみたい。

何らかのアクションをいただけると、一人で記事を書いてるわけではないのだと感じられ、嬉しくて小躍りしちゃいます。