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【真珠の産地を巡る】愛媛県宇和海で帰りたいフルサトを見つけた出張の記録

皆さん、こんにちは!
チュウゴクシコクチームの藤田です。
いつもご覧いただきありがとうございます。

今週の7/17(月)は、海の日!と言うことで、皆さんいかがお過ごしでしたでしょうか。

8/6(日)まで開催中のアナザー・チュウゴクシコク展も残り2週間となってしまいました。
この中国・四国エリアは、日本海、瀬戸内海、太平洋の3つの海を合わせ持ち、海の恵みも大変豊富な地域です。
店内でも海の巡りを感じて頂ける商品を取り揃えておりますので、ぜひともお見逃しないようお越しください!!

さて今回は、「海」にちなんで、アナザー・チュウゴクシコクにて販売させて頂いている真珠・パールの仕入れ出張をした際のお話を綴ろうと思います。


実は、愛媛県宇和島市は、日本有数の真珠の生産地なんです!

今回の出張では、協賛企業でもある「宇和海真珠株式会社」様のご厚意で、宇和島市内の真珠の養殖場を訪問させて頂きました。そもそも、パールはどのように作られているのか、そして、つくり手さんとお会いする中で感じたその想いをお伝え出来ればと思います。

アナザー・ジャパンのお店に並ぶのは、それぞれの地域出身の学生がセレクトした商品です。出張という形で実際に現地を訪れ、直接つくり手さんとお会いする中で、その商品の背景にあるストーリーやつくり手さんの想いをお聞きし、僕たち学生の目線で、「販売したい」「発信したい」と感じたものだけをお取り扱いさせていただいております。

だからこそ、それぞれの事業者様とも深いお付き合いをさせて頂き、ただ商品の売買に留まらず、その産業や産地、つくり手さんとも深く関わる機会を持つようにしています。

深く知るからこそ、面白い。
深く知るからこそ、店頭で熱量高く販売できる。


アナザー・ジャパンの本質は、ここにあると僕は感じています。

宇和海真珠株式会社(愛媛県宇和島市)

右:松本哲哉代表取締役

宇和海真珠株式会社様は、愛媛県宇和島市に本社を構え、真珠の卸売業をされている会社です。宇和海で採れるアコヤ真珠をメインに様々なパール製品をお取り扱いされています。
お住まいの近くや旅先で、「あこや真珠ガチャ」をご覧になったことはありませんか??実はこのガチャガチャも、宇和海真珠株式会社様が、「日本の宝石である真珠を身近に楽しんで頂きたい」との想いで全国で展開されているものなんです!!お近くの商業施設や空港などで発見できると思いますので、ぜひ皆さんも見つけて回してみてくださいね!

↓以下のリンクから設置場所が見られます!↓

宇和海真珠株式会社様は、代表取締役の松本哲哉さん(以下、哲哉さん)と、あこや真珠ガチャを手掛ける松本俊泰さん(以下、俊泰さん)のお二人が、家族のようにいつも明るく温かく迎えてくださります。いつも本当にありがとうございます。
ちなみに、姓は同じ松本ですが、ご親族ではありません!お二人とも、食事は程々にお酒を沢山お飲みになるスタイルの生粋のお酒好きで、まるで兄弟のような仲の良い関係性が僕はとっても好きです。
初めての商談以降、僕も何度かお食事もご一緒させていただく中で、アナザー・ジャパンの目指す姿や取り組みに強く共感していただき、「宇和海の真珠を世界に広めたい」との熱い想いを胸に、セトラーの活動を応援してくださっています。

愛媛県宇和海は、世界の真珠の生産地

真珠・パールと聞くと、なんとなく海外のアクセサリーであるかのように感じる方も多いのではないかと思いますが、世界中で真珠といえば「日本産のアコヤ真珠」と言われるほど、日本が代表的な真珠の生産地なんだそうです。 アコヤ真珠は海外でも養殖が行われていますが、最も高く評価されているのが、日本のアコヤ真珠とされています。

そして、宇和海真珠株式会社様の本社がある愛媛県宇和島市は、日本の最大生産地として、三重県、長崎県と共に、日本の真珠養殖の3大生産地として栄えてきました。哲哉さんからお伺いして興味深いと感じたのは、それぞれの生産地によって特徴が分かれることです。真珠の珠の大きさが違ったり、貝の種類が違ったり。
中でも、愛媛県宇和島市における真珠産業の大きな特徴は、家族経営の養殖場が多いということです。

家族で支える宇和海の真珠産業

海に浮かぶ養殖小屋

宇和島市内のリアス式海岸沿いの道をドライブしていただくと、上の画像のような真珠の養殖小屋が海の上に浮かんでいるのを見られると思います。それぞれの小屋には、真珠養殖に必要な機械や備品が置かれていて、シーズンになると家族や従業員がその小屋に集まり、日々養殖作業を行なっておられます。

この宇和島市の真珠産業のさらに興味深いところは、家族経営の養殖事業者様が多いために、一つ一つの養殖場のサイズが比較的小さく、それぞれの養殖作業小屋に個性がある事です。それはまるでもう一軒の自宅であるかのように、1つとして同じ小屋はありません。机と椅子のみのシンプルな小屋もあれば、オーディオやコーヒーメーカーを持ち込み、リラックスして働けるオフィスのような小屋もありました。

真珠が出来るまで

ところで、真珠がどのような流れで生産・養殖されているかをご存知でしょうか?

凄く簡単にお伝えすると、
まず、貝の生殖巣で真珠を育てるため、生育の邪魔にならないよう母貝となるアコヤ貝の卵を吐かせます。
その後に、真珠の「核」と呼ばれる自然の淡水貝を丸くした珠に細胞貝の外套膜を付着させ、アコヤ貝に埋め込みます。この作業を「核入れ」と言います。収穫する真珠の形を大きく左右する最も重要な作業の一つです。

核入れの様子

そして、山から豊富な栄養が流れて出た海で、その核入れをしたアコヤ貝を約半年ほど育てると、核の周りに真珠層が生まれ、数mm単位で成長した真珠を収穫することができます。

面白いことに、この養殖方法もそれぞれの事業者様によって全く異なります。養殖のサイクルが1年と長いことに加え、家族経営であるが故に、それぞれ独自のやり方を伝承しているのです。実際、今回取材させていただいた数軒の事業者様だけを見ても、そのやり方や作業時期も全く異なるものでした。

例えば、アコヤ貝の卵を吐き出させるのに、科学の力を使い、オゾンを注入した水槽を使う所もあれば、自然の力に任せて、アコヤ貝が卵を吐きやすいと言う大潮の時期に合わせて、核入れのための水揚げを行う事業者様もいらっしゃいました。

一見すると、真珠作りは、シンプルなフローに思われるかもしれませんが、それぞれがとても難しい作業です。「真珠は生き物だから、毎年毎年同じことを続けていても上手くいかないの。毎年工夫をして変えていかないといけないところが難しいね。」と、真珠養殖歴60年以上の大ベテラン、佐々木家のお母さんは語ります。 

彼女は、核入れ作業のプロ中のプロです。核入れでは、核を母貝の一定のポイントに入れなければなりません。この作業で失敗すると、母貝が死んでしまったり、珠を吐き出したりして上手く真珠が出来ません。
大ベテランの方ともなると、スピードも正確性も段違いです。家業を受け継いだ息子さんが手伝いを始めた当初は、お母さんの2倍の時間を掛けて作業しても、核の置き場所が悪く、半分ほどしか綺麗な真珠に成長しなかったそうです。そのくらい高い技術が求められる繊細な仕事なのです。
どの事業者様も何十年と先代から受け継いできた経験知は溜まっていますが、家族経営であるが故に、その家族の中で実践的にのみ伝えられていきます。

真珠産業が抱える課題

高齢化が進む宇和島市の真珠産業において、家族や親族の後継ぎがいるかどうかは非常に重要な問題です。卸業をされている松本さんも宇和島市から真珠の生産者さんが居なくなってしまう事態を強く懸念されています。

中村さんとのお写真

中村さんもまた、家族経営で真珠養殖を営んでこられた事業者様の1人です。何十年もの間、奥様とお二人で真珠を作られてきました。

中村さんの養殖場をご訪問した際、「何から教えましょか?何でも聞いてちょうだい」と、東京から突然来た見ず知らずの学生の僕にも、真珠が出来るまでの過程を気さくに1から丁寧に教えてくださいました。

「沖行ったことある?」と聞かれ、「ないです。」と答えると、「それならせっかくなんで行ってみましょか。全然ええよ。」と言って、船を出してくださることになりました。

波がなく鏡のように反射する穏やかな内海の上を船で颯爽と駆けていく気持ち良さは、他では味わえない体験です。瀬戸内海が見える高松港の近くで育った僕にとっては、潮風の香りにどこか懐かしさを感じる時間でした。

養殖カゴを引き揚げる中村さん

海上での作業は、力仕事そのものです。
自らの運転で船を出し、広い海に敷き詰められた養殖カゴを管理しなければなりません。中村さんは、基本的にお一人でこの養殖場を整備されていますが、ブイの下には、アコヤ貝を詰め込んだカゴがびっしりと並んでいます。それぞれのカゴを沖に出したり、手入れの為に海水の中から持ち上げたりするのは、とても体力の要るお仕事です。それでも軽やかに作業をこなす中村さんの姿には、長年に渡り海と向き合ってきた力強さ、逞しさを感じました。

沖から小屋に戻った後、そんな中村さんが哲哉さんにお話されているのを横からお聞きしていると、

「もうほんまに辞めよう思っとんやけど」 
「もう身体がしんどいんや」

と、ふと話し始めました。

言葉の調子からして、冗談半分に言っているように思いながらも、もう半分はどこか本気で仰られているように感じられました。
「いやいやいや〜」と言いながらも、もし中村さんが本当に辞める決意をされたならば、宇和島市からまた一軒、真珠のつくり手の事業者さんが居なくなってしまう。そんな中村さんのご家族の中に、真珠養殖を継ぐ予定の方は、今のところ居られないそうです。
少しばかり行き場の無い切なさに駆られました。

宇和島市の事業者様も高齢化が進み、60〜70代を迎える方々が年々増えています。佐々木家のように息子世代の方々が後継として携わられている事業者様では、30〜40代の方々が精力的に活動され、産業を支えています。しかし、そうでないケースが今後ますます増えていく中で、次なる担い手を巡らせていかなければなりません。

巡らせていくために何ができるか

ここで働く方達は、真珠の価格が良い時も悪い時も、天候や疫病で生産がうまくいかない時も、同じ湾の海を眺めながら、世界中で愛用される真珠を作り続けてこられました。後継ぎをせず、真珠養殖を辞められるという事は、何十年と続いてきたその家族の商いの日常が終わりを迎えるという事です。

今回の出張は、バイヤーとして、ただ真珠の商品を仕入れて販売するだけではなく、その商品の裏側にあるストーリーを深く知ることができた、大変貴重な機会となりました。養殖場からの帰り、哲哉さん・俊泰さんと、どうすれば持続的な産業を今後も維持できるのか、卸業・小売業を営む者として何ができるのか、真剣に話し合ったのを覚えています。

佐々木家のお父さん

「顔を見に行くんじゃなくて、背中を見に行くんですよね。オンラインでも顔は見えるけど背中は見えないでしょ。」

哲哉さんから頂いたこの言葉が、東京に戻った今もなお僕の頭の中で反芻しています。

現場を見る事で、商品が作られていく様子だけではなく、その産地に生きる方々の人生・生き様を垣間見たような気がします。 対面で初めて感じられるつくり手さんの人としての感触や性格、何気ない言葉の節々から伝わる正直な想い、そしてそこにある使い込まれた道具や周りを囲む変わりない自然から想像される普段の様子や風景を見て、商品の裏側にあるストーリーを解像度高く立体的に読み取ることが出来る。

このnoteの冒頭、アナザー・ジャパンの本質について少し触れました。

アナザー・ジャパンのコンセプトでは、「いらっしゃい、おかえり、いってらっしゃい」と、最後は、お客様に現地へ出向いてもらう事を掲げています。アナザー・ジャパンが目指す、日本=地域の集合体としての「もうひとつの日本」に近づくためには、現地に行っていただく事こそが、1番の近道だと考えたためです。それはまさに、『中川政七商店が18人の学生と挑んだ「志」のある商売のはじめかた』という本にも記されたように、初期研修で1年半前の僕たちが当時考えていた事ですが、今となっては、その言葉の重みも全く違って感じます。

いってらっしゃいと送り出す先に何があるか。

それはセトラーが開拓者として歩んだもうひとつの故郷です。

Zoomでオンラインの商談が出来る世の中で、現地に自ら赴く意味・価値を改めて学びました。時間と費用がかかる回り道にはなれど、つくり手さんの背中を見て、言葉を交わし、お取引をする関係性をこれからも続けていきたいと思います。

このnoteを読んでくださった皆様も、またどこかで真珠を見た時に、このつくり手さんの話、産地の話に想いを巡らせ、真珠に触れるきっかけとなりますように。
そしてまた何かのきっかけで、ものづくりの生産の現場に触れる時、その方々の人生にも、表面的には見えてこない姿にも思いを馳せて欲しい。
産業を守り、次に巡らせていくために、表面的な触れ合いだけでは、その面白さを知らずして機会を逃してしまうはずです。
何かのご縁で深く触れ、つくり手さんの背中を見る。そして、皆さんが持つオリジナルな感性で、新しい切り口からその地域や産業を捉えていく。
そんな最初のきっかけになれば幸いです。

真珠が育つ宇和海はこんなにも綺麗です。

最後に

冬の「浜上げ」という真珠の収穫の時期になると、地元の事業者様の間では、真珠を取り除いた後の採れたてのアコヤ貝の貝柱を刺身にして食べる風習があるそうです。新鮮な貝柱はプリプリしていて、年末に帰省してくる家族たちも一番楽しみにしていると仰っていました。

帰り際、お別れのご挨拶をした際、中村さんから「年末の寒い時期やけど、よかったら貝柱食べに帰って来てね」と声をかけていただきました。今回の取材を通じて、家族の輪に入れていただけたような気がして、とても嬉しかったです。
四国にもう一つの故郷、アナザー・フルサトが出来たようなそんな感覚でした。

真珠には、「健康」や「長寿」といったさまざまな意味が込められますが、母貝に育まれることから、「家族への愛情の象徴」としての意味もあるそうです。アナザー・ジャパン1期生としての任期は、もうすぐ終わりますが、これからもどこかで真珠に触れる度、僕は今回の経験を思い出すことになると思います。

つくり手さんの真珠に込められた愛情。
宇和島市の真珠産業を支える家族愛。

そして、僕を温かく迎え入れてくださった宇和海真珠株式会社様の松本哲哉さん、松本俊泰さん、養殖場を訪問させていただいた浅倉家、佐々木家、中村家の皆さんから頂いた見返りのない愛を胸に、このnoteを締めたいと思います。

宇和島市の皆さま、本当にありがとうございました。
末筆ながら、このnote記事にかえて、皆さまに感謝申し上げます。

最後まで、お読みいただきありがとうございました!
日本の宝である真珠の魅力が多くの皆様に伝わりますように。
宇和島市の真珠もお取り扱いしているアナザー・チュウゴクシコク企画展は、8/6(日)までの開催です。是非店頭まで綺麗な真珠をご覧にお越しください!
そして、記事のスキとシェアのほど、どうぞよろしくお願いいたします!

今回のライター:Reon Fujita (チュウゴクシコク)


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